第7話 王の力
セントレイスで戦いが激しさを増している時と同じく、クロエとアリスはキルネ本部の正門でグラニアと対面していた。
「ふむふむ、流石は弐王だな。一人でキルネ本部の周辺に配備されている魔獣全てを一掃してしまうとは」
クロエ達の周辺には大量の魔獣の死骸が散乱していた。
「師団長だな。今の俺はあまり温厚じゃない、道をあけるか死ぬかさっさと選べ」
クロエの挑発的な言葉に、グラニアは高笑いを返す。
「はっはっは、なんとも粋がいいな! キルネ本部に単身で攻め込んでおいて、これ程強気な奴は初めてだ」
グラニアの態度を見てや、話しても無駄だと判断するとクロエはアリスに声をかける。
「アリス、自分に結界を張れ。そして一瞬も気を緩めるな。俺はアリスの子守りをするつもりはないぞ」
クロエの言葉に、アリスは力強く頷いて答えた。
「分かっています。覚悟してクロエさんについてきました、私のことは気にしないでください」
グラニアが剣を強く握ると、両者が臨戦態勢に入る。
「クロエ=エルファーナ。私が退くことを選ぶはずがなかろう! いざ、勝負……」
グラニアが意気揚々と戦いを始めようとした時、クロエから放たれる創遏を感じ、グラニアの顔色が無意識に青ざめていった。
クロエが放っていた創遏は、王創とは違う異質なものであった。
──王喰──
そう名づけられた力は、弐王であるクロエとロランにしか使うことができない、全てを飲み込む力。
体内から放出される王創の全てを、再び自分の体内に閉じ込める。
その時に王創を極限まで圧縮することにより、王創を纏った時とは更に別次元の力を体に宿す。
その際、本人の片目は自らの王創と同じ色に染まる。
強大過ぎる力は、その圧力により自分の周囲のか弱い人々を死滅させてしまう。
グロースでもこの力を研究しているが、現状ではクロエとロランの二人しか使いこなすことができず、二人が弐王と呼ばれるようになった由来でもあった。
クロエの片目が黒く変色する。
王喰状態に入ったクロエの創遏の影響で、周囲に漂う自然の創遏が膨張し、アリスの張った結界を圧迫する。
ただその場に存在するだけで、辺りのものを破壊しようとする圧倒的な脅威。
王喰状態になったクロエに、グラニアは無意識に恐怖を感じていた。
(おかしい……こんな力が存在するなんて……)
一歩一歩クロエが近づく度に、額から冷や汗が流れ落ちる。
「さて、死ぬ覚悟はできたか?」
本能に直接圧力をかけてくる創遏に、グラニアは立ちすくんでしまう。
そんなことにはお構い無く、クロエが剣を構えたその時であった。
「クロエ殿!! その勝負待って下さい!!」
叫び声がクロエを引き留める。
声の主はロドルフであった。
クロエが振り返ると、その後方にはロドルフの他に、カイト達も到着していた。
「なんだ、意外と早かったな」
クロエが創遏を抑えると、変色した片目は元に戻り、王喰は解除される。
「クロエさんが周辺の魔獣を一掃してくれていたので、直ぐに追いつけましたよ」
カイトがクロエに話しかけると共に、ロドルフも話し出す。
「クロエ殿、戦いを止めて申し訳ない」
「ロドさん、一体どういったつもりですか?」
ロドルフはグラニアを睨みつけながら理由を話した。
「グラニアは私の弟、エルマンの部隊に多大な被害をおよぼした。奴のことは、兄である私がケジメをつけなくてはならん。ここは譲ってもらえないか?」
「そういうことですか。俺は構いませんよ。ロドさんがきっちりあいつを抑えてくれるなら、俺は先に進むだけだ」
そういうと、クロエはグラニアを無視し正門の方に歩いていく。
「待て! そう簡単に通すと思っているのか!?」
グラニアがクロエを止めようとするも、クロエが鋭い眼差しでグラニアを睨みつける。
「やめとけ、お前は俺に恐怖を覚えた。素直にロドさんの相手をするんだ」
クロエが放つ殺気に圧倒されたグラニアに、抗うすべはない。
悔しさに震え、ロドルフ以外のメンバーが本部に近づくことを止めることができなかった。
「これ程の屈辱……私が力に怯えて屈するなど。エンド様以外にこんなことが……」
ロドルフが斧を作り出し戦闘態勢に入る。
「弐王に怯えるのは恥ではない。あの二人の力は常人の域では計り知れん。それよりも、今は私の相手をしてもらうぞ」
「どちらにせよ、こんな失態をしてはエンド様に殺されるしか未来はない。せめて貴様の命だけでもとらせてもらう!」
ロドルフとグラニアが戦闘に入る。
ロドルフにグラニアを任せたクロエ達一同は、キルネの巨大な正門に到着した。
百メートルはあるであろう巨大な門に、カイトは戸惑っていた。
「こんな巨大な門をどうやって開けるのですか?」
ロランが名乗り出る。
「俺が開けようか」
そういうロランの前にクロエが割って入った。
「いや、俺がやるよ。皆、離れてくれ……」
クロエの言葉に、全員が少し距離をとる。
全員が距離をとったことを確認したクロエが、右手に創遏を集中する。
クロエが創遏を集中し作ったのは、巨大な金槌であった。
「クロエさんが金槌?!」
クロエが作った武器に一番驚いたのはカイトであった。
「クロエが剣以外を作るのを見たのは初めてかい?」
驚くカイトにロランが話しかける。
「はい! クロエさんが剣以外を作るのは初めて見ました!」
「自分の使い慣れた武器を作るのは創成の基本だ。それを極めるのも悪くない。だが、クロエや俺は固定概念に囚われたりはしない。数ある武器を均等に使いこなせれば、それだけ戦闘に選択肢ができる。カイト君に直ぐにここまでやれとはいわないが、クロエをしっかり見ておくがいい」
クロエが深く息を吸い、創遏を急激に高める。
「おぉぉおぉらぁあぁぁぁーー!!」
クロエが思いっきり振りかざした金槌は、巨大な正門に衝突した。
その瞬間、轟音と共に周囲に衝撃波が発生し、巨大な正門が粉々に砕け散る。
「す……すごい……」
カイトとナナがクロエの迫力に圧倒されていた。
「なに腑抜けた面している。こっからが本番だぞカイト、気を引き締めろ……」
クロエ達がキルネ本部に乗り込んだのを確認したロドルフは、すぐさま黄緑色の王創を放つ。
「さて、グラニア……今まではお互い本気で殺り合うこともなかったが、今回ばかりは決着をつける時のようだな」
グラニアも緑色の王創を放ち、ロドルフに向かい剣を突きつける。
「クロエ達を見逃し、貴公にまで負けたとあればキルネに私の居場所はなくなるだろう。私は負けるわけにはいかない!」
ロドルフとグラニアの王創がぶつかり合い、今まさに二人の戦いが始まろうとしていた。