第5話 基礎概念
ドルドームの攻撃が当たる瞬間、何とか自分に結界を張りステインは直撃を避けた。
しかし、ドルドームの強烈な攻撃を微弱な結界で防ぎきることができず、ステインの体はボロボロで立つのがやっとである。
「ふむ……しぶといのぅ。だが、そんなボロボロでは儂に勝つことはできんだろぅ」
押せば倒れてしまいそうなステインに、ドルドームが止めを刺そうと近づいてくる。
「今、楽にしてやるぞ……」
ドルドームが創遏を練り法遏を唱えようとした時、先にステインが一つの法遏をドルドームに向かって放つ。
「……これが儂の最後の悪あがきじゃ」
ステインがドルドームに放った法遏は、樹木などの成長を促す低級法遏であった。
「なんだこれは? 儂を馬鹿にしとるのか? こんな法遏は基礎中の基礎、最も低レベルな成長法遏。ましてこれは、植物の成長を早めるだけで人間にはなんの効力もない」
ステインの意味不明な行動に、ドルドームは苛立ちを表にする。
「ファンディング最強と呼ばれる大天魔導士の最後がこれか? 追い詰められ、最後に放つのがこんな基礎法遏。なんと拍子抜けか」
ドルドームが上空に向かい手をかざすと、超巨大な魔法陣が空に浮かび上がる。
「儂に感謝せい。ルーイン最強の魔導士である儂から、ファンディングの大天魔導士に対するせめてもの敬意じゃ。封印されし禁戒法遏の一つ、空間消滅法遏『トルティマーニャ』。これでお前を空間ごと削除してやろう」
ステインは頭上に作られた超巨大な魔法陣を見上げ、それが何かを直ぐに察した。
「禁戒法遏。三千年前に起きた神々の争いで使われた法遏。強大過ぎるその力を制御できる者がいなかったために封印されたのじゃぞ。その理を魔導士が破ってどうするのじゃ!」
「簡単なこと。儂の力は禁戒法遏も完璧に制御する。お前のような基本から離れることもできんような奴には、一生手にすることはできん力よ!」
ドルドームが更に創遏を上げると、魔法陣が光輝き始める。
「さぁ、終わりじゃ!」
ドルドームがトルティマーニャを放とうとしたその時、ドルドームの右腕から樹木の芽が数本生えてきた。
「……なんじゃこれは?」
ステインがドルドームに語り始める。
「やっと悪あがきが効いてきたのぅ。お前さんに放った只の成長法遏。そいつでお前さんの右腕に仕込んだ大樹の種を急成長させておる」
「大樹の種だと?! そんなものをいつの間に?!」
「儂が放った炎の龍、それを相殺するために水の龍を放ったであろう? あの時にできた水蒸気で視界が悪くなった一瞬に、大樹の種をお前さんに空間転移しておいたのじゃ」
ドルドームの腕を主軸にし、大樹はとてつもないスピードで成長を続ける。
「こんな、こんなもの!」
必死に腕の大樹をむしり取ろうとするも、成長スピードの速さに追いつかないドルドーム。
「バカな、成長が速すぎる! いくら成長法遏といっても、大樹がこんな速さで成長するなんて異常だ!!」
「木々を使う法遏は低級なものが多く、好んで使う者も少ないであろう」
どんどん自分を蝕む大樹に、ドルドームが焦りを隠せないでいた。
(この異常な成長スピード、奴の膨大な法力がそうさせるのか?!)
「法遏の本質は自然の力。自然の力を成長させ増大させる、この基礎に限界などない。基礎を怠る人間は例外なく底が知れるわい」
ステインが傷ついた体を起こす。
「おぬしは自らを自評し、ボロボロの人間を一人殺すために禁戒法遏に手をつけおった。その愚かな行いを悔やむがよい」
右手を大樹に侵食されたドルドームは、トルティマーニャの制御をできなくなっていた。
「まずい! このままでは!」
トルティマーニャが暴発し、術者であるドルドーム本人に向かって発動した。
「そんな、そんなバカなぁぁあぁー!!」
トルティマーニャの光に飲み込まれ、ドルドームの体は跡形もなく消滅する。
「ルーイン最強の魔導士の最後が自爆とは、なんともつまらん戦いじゃったのう」
傷を負いながらも、ステインはドルドームとの戦いを制した。
ステイン達の戦いと時を同じく、各地で隊長と師団長の戦いが始まっていた。
女師団長ジャムと対峙するルディ。
二人はお互いに創成を使いこなし、大量の武器で牽制しあっていた。
「この間はお互いに探り合いで終わったからね、今回は決着つけるよ」
ルディが飛び交う大量の武器を掻い潜り、ジャムの懐に飛び込む。
「……」
ジャムはルディの剣を無言で捌く。
その眼には、迷いがあった。
「どうしたんだい? そんな無言を決め込むような性格じゃないだろ?」
何かを考えている様子のジャムは、ルディから少し距離をとる。
「あなたは気にならないの?」
ジャムの意味深な言葉の意味を、ルディはすぐに察した。
「やっぱり何かひっかかっているみたいね」
ジャムが攻撃を止め、疑念をぶつける。
「私には産まれて直ぐ、生き別れた双子の姉がいると死んだ母から聞いたことがある」
「双子? 確かに私達は似すぎている。見た目、性格、戦い方、それに私には小さい時に孤児でグロースに拾われたという過去がある。出来過ぎているくらいね」
ジャムは構えた剣をしまった。
感情が昂り、心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。
「私はずっと生き別れた姉を探してきた。あなたは、私の姉さんなの?」
ルディは、鋭い目つきで威嚇した。
「剣を構えなさいジャム。私達が姉妹なのかなんて、今は確認することなんてできない。それにあんた達は侵略者、私達の敵よ!」
「そんな、あなたは姉さんなのでしょ?! 私はやっと出会えた姉さんと戦いたくはない!」
戦意を失い無防備なジャムに、ルディは容赦なく斬りかかった。
「くっ……」
ルディの攻撃を正面から受け、ジャムは胸元から血を流す。
「あんたは仮にも師団長なのでしょ? 戦いに私情を挟むのは死に向かい歩くのと同じ。私はグロース第三部隊 隊長としての任務を全うする。私の妹だというなら戦いで証明してみなさい」
ルディの高圧的な態度に動揺しながらも、ジャムが再び剣を構える。
「情けない顔だね、そんな度胸も信念もない奴が私の妹? 笑わせるんじゃないよ!」
ルディの攻撃を防ぐのでジャムは手一杯であった。
「あなたには私の気持ちが分からない。母は、毎日のように姉の写真を見つめて泣いていた……」
涙を浮かべるジャムに、ルディは容赦なく攻撃を続ける。
そこには、慈悲といった甘い感情は一切ないように見えた。
傷ついた体に喝を入れ、ジャムはルディの攻撃を跳ね除け距離をとる。
「あなたに聞く気がなくても話してあげる」
ジャムは一方的に自らの過去を語り出した。




