第3話 エンドとティナ
ティナが閉じ込められている球体は、歌姫の力を解析するための装置である。
歌姫の力を他者に移す方法は、まず力の解析を行い、歌姫と創遏を分離させることにより、第三者へと力を移植するものであった。
「これで、念願である歌姫の力が我々のものになるのですね」
高揚するアーサムが、装置に近寄り手を当てようとする。
「アーサム、この所業は絶対に失敗を許されません。不用意に装置に近寄ってはいけませんよ」
装置に触ろうとするアーサムをレイズが止めた。
「これは申し訳ありません。私としたことがつい興奮してしまいました」
先に来ていたメルドが話に割って入る。
「それにしても、ネルチアが生きていれば作業は圧倒的に早く終わっていたであろうに。しくじりおって」
メルドが悪態をついていると、奥の部屋からエンドが歩いてきた。
「亡き者を貶すことは許さんぞ」
レイズや他の幹部がエンドに向かい膝を突く。
「申し訳ありません、エンド様……」
エンドはティナを見つめながらクルルに話をふった。
「クルル、解析はどこまで終わっている?」
クルルが装置を動かすと、球体の前に沢山の文字とゲージのような線が浮かび上がる。
その数値を解析したクルルは、困った顔をしながら答えた。
「現状の解析は十七パーセントです~。思いのほか解析に時間がかかりそうです~エンド様。ネルチアちゃんがいれば、倍以上の速さで解析できたのにね~」
「あとどれくらいの時間がかかる?」
「そうですね~、今のペースだと三日ってとこじゃないですか~?」
「三日か。レイズ、ファンディングの動きは把握できているか?」
「勿論でございます。我々がファンディングから撤退して程なく、次元の裂目が発生したのを確認できております。その時に確認できた創遏の数は七つ。恐らく、精鋭部隊がルーインに駐在する部隊と合流後、此方に攻め込んでくるでしょう」
グラニアも話に参加する。
「七つか、少なくともクロエは此方に来ているでしょう。どう対応されるエンド様?」
戦闘狂であるグラニアは滾る血を抑えきれず、ウズウズと体を震わせていた。
その意を察するようにエンドは即答する。
「お前達の言いたいことは分かっている。これより全師団に命ずる。リーンハイン、レイズ、グラニアは本部にて俺と共に攻め込んでくる奴らを相手にする。他は全勢力をもってグロースを潰してこい!!」
エンドが声をあげると、リーンハイン、レイズ、グラニア以外の幹部が瞬時に奇襲の準備にとりかかる。
「エンド様、俺達は本部の外で待機していればいいですか?」
リーンハインがエンドに問いかける。
「そうだな、グラニアは門前で敵を迎え撃て。リーンハインとレイズは中層部にて待機。俺はここで戦況を楽しむとするか」
笑いながらリーンハインが言葉を返す。
「自分は最深部で見物ですか。全く、人使いの荒いお方だ」
「リーンハイン、お前はクロエの相手をすることになるだろう。今回は奴も本気でくるぞ、気を引き締めておけ」
「分かっていますよ。自分自信ないんで、いざとなったらエンド様のところまで逃げますからね」
そういってリーンハインはその場を後にした。
「エンド様、そろそろ私達も失礼させて頂きます」
「ああ、任せたぞ」
レイズとレオ、グラニアも自分達の持ち場に向かっていく。
ティナと二人っきりになったエンドは、おもむろティナへ声かけた。
「さて……気がついているのだろ?」
ティナがゆっくりと目を開く。
「あら、気づいていたの?」
ティナが球体に手を当てると、球体から不思議な創遏を感じとることができた。
「不思議な液体ね。水中にいるのに、息もできて話すこともできるなんて」
エンドがティナの傍に寄る。
「いっておくが、この装置を破壊しようと思っているならやめておけ。この球体には俺の創遏が練りこまれている。生半可な力で壊そうとすれば、逆に痛い目にあうぞ」
「仮に壊せたとしても、あなたがここにいたら逃げ出すのが無理だって分かっているわよ。そんなことより、あなたの目的は一体なんなの?」
玉座を作り出すと、エンドはティナと向かい合うように腰をおろす。
「何故同じことを何度も聞く? 俺の目的は絶対的な力、そのためには……」
「違うでしょ……」
エンドの言葉をティナは遮り、真意を問いただした。
「あなたの本心はそんなことではないわ。あなたの瞳の奥には、他の幹部の人達とは違う何かを感じる」
ティナの言葉にエンドは無言になり、目を瞑り少しだけ考えにふけっていた。
「もう一度聞くわよ。『あなた』の目的は何なの?」
エンドが深くため息をつく。
「まったく、面倒な奴だ。いいだろう、お前には特別に教えてやろう。」
「──────────?!」
エンドの思いを聞いたティナは驚愕した。
「なっ……そんな……それなら私達は協力できたはずよ!!」
「協力か……あいにく、この世界の奴らはそんなに聞き分けが良くないのでな」
エンドとティナが話していると、轟音と共に地響きが起こる。
「話はこれまでだ、早速来たみたいだな」
その頃、カイト達は遠征部隊の本部と合流していた。
「エレリオ殿、久しいですな」
遠征部隊 隊長 ロドルフ=サーチスがカイト達を出迎える。
「ロドルフ、急に押しかけてすまないな」
ロドルフとエレリオが握手を交わす。
「いえ、話は聞いております。事は一刻を争います、直ぐにキルネの本部に向かいましょう」
ロドルフを見てカイトは驚いた。
その姿はエルマンとかなり似ていたのだ。
「……エルマン隊長に似ている」
エレリオがカイトにロドルフを紹介する。
「そうか、カイト君は知らなかったね。遠征部隊 隊長のロドルフ=サーチス。エルマンのお兄さんだよ」
カイトと握手をするロドルフ。
その大きな手は、エルマンのように温かく底深い力を感じさせた。
「初めましてカイト君。君のことは聞いているよ。少しの間だがエルマンの部隊にいたみたいだね」
「初めまして。エルマン隊長にはとてもお世話になりました。今回の襲撃で大変なことになってしまいましたが……」
二番隊の被害を思い出し、俯くカイト。
「エルマンの重症、それにテスラや他の隊員達の死、とても辛い話だ。しかし君の活躍を聞いて、怒り狂いそうだった自分を冷静に保つことができた……ありがとう」
「そんな。俺がもっと早く皆の所に行けていれば、こんなに人が死ななくて済んだかもしれないのに」
ロドルフはカイトの肩に手を乗せて、悲しそうに答えた。
「それをいってくれるな。我々は加勢することも出来なかったのだ」
「いえ、そんなつもりは……」
焦るカイトにロドルフは笑顔で返す。
「分かっているよ。これより遠征部隊も戦闘に参加する。宜しく頼む、カイト君」
「いえ、此方こそ宜しくお願いします!」
エレリオと目を合わしたロドルフは、軽く頷いて出発の準備に取り掛かる。
「エレリオ殿、クロエとアリスが別行動をとっていると聞きました。我々も急ぎ、敵本陣に向かいましょう」
「そうだな、今よりキルネ本部の奇襲を行う。言うまでもなく、とても危険な戦いになる。皆、死ぬんじゃないぞ」
「了解!!」
カイト達がキルネ本部へと進行を始めたのと時を同じく、キルネ本部の周辺では大量の魔獣が死骸と化していた。
「さて、気を引き締めろよアリス。これからが本番だ」
「はいっ!」
クロエが一人で周辺の魔獣を一掃し、正門の前までたどり着く。
門前で待機していたグラニアは剣を構えると、クロエと一定の距離を空けてにらみ合っていた。
「弐王クロエ=エルファーナ、まさか単独でやってくるとはな」




