第2話 純情の理解者
グロースの研究開発室にある転送装置を使い、次元の裂目を発生させる。
膨大な創遏が作り上げる次元の裂目は、入る者の命を吸い込むかのように黒く禍々しく淀む。
初めての次元移動に、カイトは息を飲んだ。
ゆっくりと次元の裂目に体を入れると、視界がボヤけ、平衡感覚が失われる。
しかしそれは一瞬だけであり、すぐ元に戻った視力が目にした世界に、心を奪われた。
「……ここが……ルーイン」
目に映った景色は、カイトの想像していたものとはかけ離れていた。
広大な大自然、雲一つない蒼天、清々しく流れるそよ風。
その美しい世界に、カイトとナナとアリスは驚きを隠せないでいた。
「三人がルーインに来るのは初めてだね?」
リリーが三人に話しかける。
「どう? あなた達にはここがどう見える?」
カイトは目に写る世界が自分の想像と違い、困惑していた。
「正直、なんて美しい場所なんだと思いました。俺は、勝手にルーインは混沌とした大地が広がっているのかと思っていました。ナナはどう思う?」
「私もビックリした。ファンディングよりも自然に溢れていて、とても優しいエネルギーを感じる。こんなにも美しい場所なのに、何故ファンディングを襲った人達は、あんなにも禍々しい力を持っているのか不思議です」
リリーはナナの頭を優しく撫でる。
「そうだね、アリスはどう思った?」
最後に感想を聞かれたアリスは、リリーと目を合わそうとしなかった。
「確かに美しいです……でも、今の私にはそんなことどうでもいいです」
俯くアリスの肩を、リリーは引き寄せる。
「アリスの気持ちは分かっている。だけど焦ってはダメ。私達はルーインのことを知らなさすぎる。ここは敵の本拠地よ? なりふり構わず動いても、目的は達成できないわ」
アリスは何も答えず、無言であった。
「リリー、適当なことをいうな。今のアリスの気持ちを理解できるのは、アリス本人だけだ」
アリスの気持ちを代弁するよう、クロエがリリーに向かい口答えする。
「クロエ。あんたが苛立つのは仕方ないけど、それを私に当たるのは違うのじゃない?」
真顔で向き合うリリーとクロエの間に、ロランが割って入った。
「やめろ二人共、悪いのはキルネの奴らだ」
クロエとリリーがもめていると、二人の男性が此方にやってきた。
「お久しぶりです、エレリオ様!」
やってきたのは遠征部隊の副隊長 マルク=キーアと、軍師 ゼル=ブランバスであった。
「マルクにゼルか! わざわざ出迎えてもらって、すまないな」
エレリオとマルクが手を握る。
「エレリオ殿から此方へ来ると連絡があった時は驚きましたよ。セントレイスでは大変だったようで、遠征部隊が救援に迎えず申し訳ありませんでした」
ゼルはエレリオに頭を下げた後、拳を胸にあて敬礼を見せた。
「何をいう。遠征部隊の皆にはいつも戦場の最前線に立ってもらい、ファンディングにもなかなか帰れず本当に苦労をかけている。皆が普段からルーインで敵勢力を抑えていてくれているお陰で、ファンディングの住人は毎日安心して過ごせている。本当にありがとう」
「勿体ないお言葉です。さぁ本拠で隊長がお待ちです、どうぞ此方へ……」
遠征部隊の本拠へ向かおうとする一同だが、クロエがその場に立ち止まる。
「どうしたんですかクロエさん?」
その場から動こうとしないクロエに、カイトが尋ねる。
「俺は別行動をとらせてもらう」
クロエの身勝手な発言に対し、真っ先に反応したのはリリーであった。
「なっ! なに好き勝手いっているのよ!」
「俺は一人でティナを助けに行く」
「一人で?! あんた本当にティナを助ける気あるの?!」
怒るリリーをロランが制止する。
「落ち着けリリー。クロエは自分勝手な奴だが、誰よりも冷静に物事を把握している」
「ロラン……でも……」
「クロエ、俺はお前の力も人柄も信用している。何かあればすぐに俺達と合流するんだぞ」
「あぁ、分かっているよ……」
賛同を求めるように、ロランはエレリオの方を見た。
「親父もいいだろ?」
エレリオは軽く頷き、その行動を許可する。
「元より、クロエがこの状況で団体行動をとるとは思っておらん」
単独行動が決まると、クロエはアリスの傍に寄り、手を差し伸べる。
「俺は単体で敵の本拠地に乗り込む。アリス、一緒にくるか?」
突然の言葉に、アリスと一同は驚いた。
「私が一緒に?! でも……」
アリスの返事を遮るように、リリーがクロエの胸ぐらを掴んだ。
「あんたいい加減にしなさいよ?!」
クロエは掴まれた手を払い、威圧するような目でリリーを睨む。
「リリー黙っていろ、俺はアリスに聞いているんだ。俺と一緒に来れば、もしかしたら最短でレオと会えるかもしれない。だが、それ以上にかなりの危険を伴う。どうする?」
クロエを真剣な瞳で見つめるアリスに、迷いはなかった。
「悩むことなんてないです。私を連れて行ってください!」
即答するアリスをリリーが引き留める。
「何をいっているのアリス! あなたは歌姫なのよ?! どれだけ危険か分かっているの?!」
アリスは引き留めるリリーの手を払って答えた。
「分かってないのはリリーだよ。私にとってレオはかけがえのない大切な存在。レオを取り戻すためなら、どんな危険だって私を止める理由にはならない」
アリスの真剣な眼差しに、リリーは俯くことしか出来なかった。
「……クロエ、アリスに何かあったら私があんたを殺すよ」
「分かっている、すまないなリリー。行くぞアリス」
その場を去っていくクロエとアリス。
「アリスの気持ちを一番理解していたのがクロエだったなんてね。師匠である私が情けないね……」
落ち込むリリーの頭をロランが撫でる。
「仕方ないさ、実際に大切な人を奪われたのはクロエとアリスの二人だ。奪われたのがリリーだったら、俺はクロエみたいに冷静ではいられないだろう。見習わないとな」
一連の出来事を落ち着いて見ていたカイトとナナに、ロランが話しかけた。
「カイト君達は落ち着いているな」
「はい。クロエさん達とはしばらく一緒に時間を過ごしましたから、クロエさんのとった行動にはあまり驚きませんでした。むしろ、よく今まで暴れずに我慢していたなって。俺はクロエさんの力を信じています。アリスと二人で動いても、俺達が心配することはないと思います」
ナナも隣で頷く。
「アリスちゃんの今の気持ちは、私が想像できるような状態じゃない。唯一、対等な立場のクロエさんがアリスちゃんを勇気づけられると思います」
冷静な二人をみてリリーは驚かされた。
「まったく、私が一番甘ったれだったみたいだね。カイト君、ナナちゃん、それにアリス。三人の成長には驚かされるよ」
リリーの言葉を、エレリオも納得するように聞いていた。
「そうだな……若い子の成長とは本当に早いものだ。さぁ、我々はまず遠征部隊の本拠に向かうとしよう」
──キルネ本部。
遠征部隊の本拠から北西に行った場所、三千メートル級の山々が聳えるグランゼス山脈。
その上空に、巨大なキルネの城が浮いている。
帰還した幹部達が、大広間に次々と集結していた。
アーサムがレイズに話しかける。
「流石はレイズ様。ファンディングの主力の一人である、レオ=バルハルトを連れて帰るとは。私は恥ずかしながらシアンに断られてしまいました。いったいどのような手段を使ったのですかな?」
「ふっふっふ。心の乱れた若僧一人連れて帰るなど、容易いものですよ」
虚ろな瞳でレイズの後をついて歩くのはレオであった。
「さて、集まっていますね」
大広間にレイズが到着すると、既に幹部達が勢揃いしている。
その中央には緑色の液体が入った球体に、意識のないティナが閉じ込められていた。