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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第1章 始まりの歌
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第2話 二つの世界

「お前、ルーインの人間だな?」


 突如現れた男は、カイト達に襲いかかる災害に向かい剣を突きつけた。

 その無意識に漂う強者の後ろ姿を、この世界(ファンディング)で知らない人はいない。



 今より三千年前……。


 神話として語り継がれる争いが起きた。

 審判の刻と呼ばれる日に、一柱の神が世界に反逆したのだ。

 その反逆はとても大きな争いに発展し、それがきっかけでこの世界は二つに分断されてしまう。


 一つを勝者の世界『ファンディング』。

 もう一つを敗者の世界『ルーイン』。

 カイト達が生きるファンディングは、敗者として(さげす)まれたルーインによる復讐の業火が度々襲い掛かっていた。



「これはこれは、ファンディングの王がこの様な場所にくるとは」


 王と呼ばれた男は、自らに眠る創遏(ソウト)を集中し、己の活力に転換する。

 体に留まりきれず溢れ出る創遏(ソウト)は小さな光となり、辺り一面に飛び交っている。

 その美しい姿はカイトの心を魅了した。


 それと同時に、強大な創遏(ソウト)は周囲の空間に重厚な圧力をかけ、空気を捻じ曲げているような錯覚をこの場の全員に与える。


「周りが邪魔だな……弾けろ」


 男が軽く眼光に力を込めると、十数匹ほどいた犬型の魔獣が一瞬で弾け飛ぶ。

 先程までカイトを襲い追い詰めていた魔獣を、男はまるで風船を割るように容易く排除した。


「ふむ、これは分が悪いですね。ここは一旦退くとしましょうか」


 相手の力量を悟ったのか、ルーインの男は躊躇なく距離を空けると、再び作り出した空間の裂目へと姿を消す。

 なんともあっさりとした幕切れに、カイトとナナは呆然と立ち尽くしていた。


「何だったんだあいつ? おい、大丈夫か坊主?」


 声をかけられるも、カイトは緊張の糸が切れその場に座り込んでしまう。

 その後ろに立っていたナナも、口を開けたまま立ち呆けている。


「お~い?」


 固まったままのカイト達に向かい、目を開けたまま気絶しているんじゃないかと心配した男は目の前で手を振った。

 はっと我を取り戻したカイトは、少し震えながら男に向かい指を差すと、驚いている理由を語りだす。


「あ……あなたは、この世界の絶対王者『弐王(におう)』のク、クロエ=エルファーナ……さんですよね……?」

「私……初めて生で見た」


 見た目からは二十代前半のような若々しさがあるが、携えた雰囲気は三十代半ばのような大人の風格もある。

 そして、トップモデルかと思うようなスタイルと顔立ち、男女どちらから見てもまさにイケメンという言葉が相応しい。


 そんな完璧な男を前に固まっていると、後ろから違う完璧な存在がゆっくりと歩いて近づいてくる。

 それに気づいたカイトとナナは、閉じかけていた口が再び大きく開き、顎が外れんばかりに驚いた。


「大丈夫だった? 怪我はない?」


 銀色の長い髪をサラサラと靡かせ、見る者全ての心を支配する。

 まさに女神という言葉が相応しい、可憐な存在感漂う女性が近づいてきた。


「あ……あ……あ」


 カイトとナナは極度の緊張に、口から言葉が上手くでてこない。

 自分達の目の前に立っているのは、先ほどステージで歌っていた歌姫の一人、ティナ=ファミリアであった。


「「ティ、ティ、ティナさ、ん?!」」


 二人同時にあげた声は、緊張のあまり片言である。

 そんな少年少女に、ティナは優しく微笑みながら声を返した。


「ふふ、そんな緊張しなくて大丈夫よ。助けにくるのが遅くなってごめんね」

「いや、そんな。あ、ありがとうございます!」


 カイト達はティナとクロエに頭を下げお礼をする。

 そして再びティナをまじまじ見ると、思わずナナは顔がにやけてしまった。

 ずっと憧れであったその一人が、目と鼻の先に立っているのだ。


「あ、あの。もし良ければ握手なんかしてもらえたりしますか?」


 勇気を振り絞りナナは手を差し出した。

 ナナの純粋な気持ちにティナからは自然と笑みがこぼれ、その手を優しく握り返す。

 手を握ったままカイトに目を向けると、足に負っていた傷にティナは気がついた。


「握手はいいけど……彼、足を怪我してるわよ?」


 カイトの左足には、魔獣の爪がかすったような切り傷が出来ていた。

 多少の血が滲んではいるが、本人すら戦いに夢中で気づいていない程の、たいしたことはない怪我である。


「あっ、いつの間に。こんなのはかすり傷なんでへっちゃらです!」


 丈夫さをアピールするカイトであったが、ティナは座り、カイトの足に手を当てながら創遏(ソウト)を集中させる。


「駄目よ、バイ菌が入ったら大変」


 突然、優しい声でティナが歌い始めた。

 歌声と共にティナの手のひらがフワッと光ると、ラベンダーのような心地の良い香りのそよ風がカイトを中心に巻き起こる。

 すると瞬く間にカイトの傷口が治癒され、同時に痛みも消えた。


「凄い……これが『(いやし)の歌』」

「はい、これでもう大丈夫!」


 これくらい朝飯前と言わんばかりに傷を癒すティナに、カイトとナナはただ見惚れることしかできなかった。


「おい、そろそろ行くぞティナ」

「そうね。……ふふ、何だか二人とは不思議な縁を感じるわ。またどこかで会いましょう」


 固まったままのカイトとナナに笑顔で手を振り、ティナとクロエはその場を去っていく。

 その後ろ姿が見えなくなるまで、カイト達はその偉大な背中を目に焼きつけていた。


「なんだか……凄い一日だったね」

「……そうだな」


 色々な出来事の連続に、ナナは頭を抱えながら空を見上げた。


「弐姫のデュエットライブ見て、鼻歌を歌ったらルーインに襲われて、最強の弐王が助けてくれたと思ったら、憧れのティナさんが目の前に~……色々ありすぎて頭がパンクしそぉーー!」


 髪をくしゃくしゃと掻き回しながら興奮するナナとは対象的に、カイトは静かに自分の手を見つめていた。


「どうしたのカイト?」

「いや……とりあえず帰ろうか」


 煌めく星空に笑われているようであった。

 強くなると決めたあの日から、自分なりに鍛え、剣を振り、ただがむしゃらに生き、グロース入団も決まって自信に満ちていたはず。


 十年かけて作り上げた自信は、たった十数分の出来事に跡形もなく壊されたのだ。


(俺は……弱いままだった)


 震える拳を握りしめ、彼は何を思うのか。



 それから一ヶ月。

 心が落ち着かぬまま、グロース入団の日を迎えることになった。

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