第1話 奪還作戦
──グロース本部 会議室。
会議室にはエレリオと各部隊長、弐王、カイトとナナ、リリーとアリスが集まっていた。
いつもの会議とは明らかに違う緊張感が、空気を重たくしている。
「これより緊急会議を始める」
エレリオが口を開き会議が始まった。
「今回の襲撃での被害は甚大である。歌姫ティナの略取、レオの失脚、第二部隊の壊滅的ダメージ、セントレイスの約十分の一が崩壊……」
即席で作られた資料に目を通しながら、ルディはエレリオに尋ねた。
「酷くやられましたね。エルマンの容体はどうなのですか?」
「今は治療を受けている。命は大丈夫そうだが、まだ意識が戻らない。彼が身を張り、第三師団長のグラニアを相手にしてくれていなければ、セントレイスの被害は更に酷いことになっていたであろう」
カイトが話に割って入る。
その表情は暗く、第二部隊の被害を全て自分の責任として背負おうとしているのが見て分かった。
「エルマン隊長の所にはネルチアも来ていた。一つの部隊で二つの師団を相手にすることになってしまった。俺が救援に行くのが遅かったばかりに、テスラさんや二番隊の皆は……」
テスラ達の死を自分の責任とカイトは嘆く。
「カイト君。ネルチアを討ち取った君の活躍がなければ、戦況は更に悪化していた。仲間の死を背負い込むのはやめるんだ」
俯くカイトの肩を、エレリオは優しく撫でた。
「……でも」
落胆しているカイトに向かってシアンが声を荒げる。
「ウジウジ鬱陶しい奴だな!! 死んだ奴が弱かっただけだ!!」
「なっ!! 何てことを言うんだ!!」
シアンの荒い口調がカイトとぶつかり、二人は激しく口論を始めた。
「戦争だぞ!? 死人がでるのは当たり前だ! お前は死ぬ覚悟もないのに戦場に立っているのか?! 弐王の弟子ってのはとんだ甘ちゃんだな」
「死ぬ覚悟と死んでしまうことは全然違う!! それに戦場に立つ前に皆が心に決めるのは死ぬ覚悟じゃない、生き抜く覚悟だ!! 誰も死にたくて戦場に立ってなんかいない! そんなことも分からずによく隊長になれたな!」
苛立ちに任せ、カイトが机を思いっきり叩いた。
「何が生き抜く覚悟だ。死んだらそんな綺麗事は何の意味もない。弐王が甘いからこんな弟子が育つんだろうな」
シアンがここぞとばかりに弐王を睨みつける。
「クロエさんやロランさんは関係ないだろ!?」
「関係ないだと? 歌姫ティナを守れず、レオも敵の総司令官と共にルーインへ消える。こんな失態だらけでよく世界最強を名乗れたもんだ」
「貴様っ!!」
我慢の限界に達したカイトは、シアンの胸ぐらを掴む。
「やめろカイト!!」
カイトの行動を抑制したのはクロエであった。
「クロエさん……」
「シアンの言う通りだ。俺が判断を誤ったせいでティナがさらわれた。レオも、普段一緒にいるロランがしっかりしていればこんな事態にはならなかったかもしれない」
クロエの言葉にアリスが思わず叫ぶ。
「違います!! クロエさんやロランさんはいつもレオに良くしてくれた。私が、私がもっとしっかりしていたら……」
耐えきれず涙を浮かべるアリス。
その思いつめた表情を見て、シアンも悪態をつくのをやめた。
更に重くなった空気を取り払うように、エレリオが本題に入る。
「起きてしまったことを言い争っていても意味はない。これよりティナとレオの奪還作戦のメンバーを決める」
誰よりも先に、アリスが手を上げ志願した。
「私はレオを助けに行きます」
ルディがアリスを止める。
「何いっているんだい! 歌姫が自らキルネに乗り込んでどうするの!」
しかし、止めようとするルディを他所に、リリーも奪還作戦に志願する。
「私もアリスと一緒に行くわ。親友のティナ、それにレオを奪われて大人しく待ってはいられない」
クロエとロラン、カイトも一歩前に出る。
「言うまでもなく俺とクロエは行くぞ。カイト君も来るだろう」
ロランがエレリオに提案する。
「私も行きます……」
それに合わせて、ナナが手を上げ志願した。
「ナナ?! どれだけ危険か分かっているのか?!」
カイトは思わずナナをひき止める。
「私にも救いたい人がいるの。それにカイトが傍にいてくれるんでしょ?」
カイトの言いたいことは分かっている。
だが、ナナは自分の意思を誇張するようにカイトの手を強く握った。
「そうか……そうだよな……」
手から強い決意を感じ、カイトがナナの手を握り返す。
皆の意見を聞き、エレリオは腕を組んで考え込んだ。
(さて……どうしたものか……)
今までの流れを黙って聞いていたステインが、エレリオに助言する。
「歌姫全員がルーインに行くことを戸惑っているのであろう? 案外、それが最善策かもしれんぞい」
エレリオが真意をステインに尋ねる。
「どういうことだ?」
「此方から襲撃を行い、戦力が分散することは相手も予測しているだろう。それを見越して、直ぐにキルネからの襲撃がもう一度あるであろう。その時にまさか、歌姫全員が攻め込むメンバーに入っているとは相手も想像しんだろうな。ならば奇策ではあるが、それにかけてみるのも悪くはない」
ステインの言葉に強い説得力を感じ、エレリオが決心を固める。
「よし、これより襲撃班と防衛班のメンバーを決める。襲撃班はクロエ、ロランを筆頭にリリー、アリス、カイト、ナナ、そして私が同行する。最小限の人数でルーインに向かい遠征部隊と合流。その後キルネに襲撃を仕掛ける。我々に次元を越える手段を乱用する技術はない。一度次元を越えたら数日は帰ってこられないだろう。残りの全部隊はキルネからの襲撃を予測し、セントレイスの防衛を任せる。私がいない代わりに、全指揮権はラヴァルへ兼任する。状況は此方に不利な点が多い、これは世界第七戦争となる大規模な争いになる。皆の力を信じるぞ」
「了解!!」
エレリオの命令に全部隊が声を合わせ返事をする。
「これにて会議は終了とする。ルーインには明朝進行する。襲撃班は午前六時に研究開発室に集まってくれ」
会議が終わり、皆が解散する。
明朝、グロースの屋上でクロエは一人セントレイスの街並みを眺めていた。
そこへカイトとナナがやってくる。
「クロエさん、意外と落ち着いているのですね」
「そう見えるか?」
「昨日の会議。シアンさんに罵声を浴びた時、暴れ出すのじゃないかと思いましたよ」
クロエが拳を握りしめる。
カイトはクロエの内から煮えたぎる怒りを感じ取っていた。
「ここで餓鬼みたいに嘆いても何も起きない。最速でティナとレオを助けに行く」
クロエの横にカイトが並ぶ。
「そうですね……絶対に助けましょう」
そこにロランとリリー、アリスもやってくる。
「クロエ、今回は王喰を使うのに戸惑う理由はない。キルネを消し炭にするぞ」
「そうだなロラン、奴らに後悔させてやる」
クロエが握った拳に力を込めると、同時に後ろから声が聞こえた。
「……私もこんなに怒りを感じるのは久しぶりだ」
声の主は、最後に現れたエレリオのものであった。
その表情は一国を背負う人間というより、子供に危害をくわえられ、純粋に怒りを剥き出しにする親の顔であった。
「まぁ、この怒りはキルネに向けてというより……無能な自分に向けてのものだがな……」
「親父……」
襲撃班が揃い、全員が改めて気を引き締める。
「これより、奪還作戦を開始する!!」