第34話 女の覚悟
深く染まる黒い瞳に、華やかな二人の歌姫が色を添える。
歌姫と対峙したエンドは、真っ黒な強い憎悪に包まれていた。
ナナは身を刺すようなその憎悪に恐怖する。
しかし、ティナはエンドの奥底にある何かに違和感を感じていた。
「お前達は二人共ルーインに来てもらうぞ」
ティナはナナの前に立ち、庇うように身を呈して剣を構える。
「何故あなた達は私達を連れて行こうとするの? 無理矢理連れていかれても、私達があなた達に協力することなんてないわよ」
ティナの言葉にエンドは笑いながら答える。
「協力など初めから求めておらん。お前達が我々に逆らおうが、キルネでは既に歌姫の力を強制的に引き出し、その力を他者へとうつすための設備が完成している。お前達は只のエネルギー源になればいいのだ」
エンドの返答に、ティナとナナは目を見開いて驚いた。
「歌姫の力を他者にうつすですって?! あなた達はそこまでして何を手に入れたいの?!」
「知れたことを。ルーインでは力が絶対。ファンディングのような生温い世界では考えもせんだろうが、力を手に入れるためなら何でもする奴はいくらでもいる。他者に歌姫の力を奪われる前に、我がその力を奪いに来たまでだ」
エンドの無茶苦茶な言動に、ナナは思わず声を荒げた。
「なんて勝手なの!! 歌の力はそんなことのためにあるんじゃない!」
「自分に秘められた力が如何なるものか、理解もできていない小娘が粋がるな!!」
ナナの軽率な怒りに、エンドは創遏を高め威圧する。
エンドから放たれる創遏を感じ、圧倒的な力の差を悟ったティナは冷や汗を垂らした。
(まずい……私では相手にならない……)
救いを求めるように、思わずクロエに視線を向ける。
クロエはティナの視線を感じるも、相変わらず防御に徹するリーンハインに行く手を阻まれていた。
(くそったれ……ティナの方がヤバいってのに、コイツの守りが硬い)
クロエが焦っているのを見たリーンハインは、少し余裕の笑みを浮かべて挑発した。
「まぁまぁそう焦るなよ。焦ったところで俺が徹底的に防御に徹する以上、あんたがエンド様の元にたどり着くことなんてない。仮に俺を倒せたところで、エンド様には勝てない。諦めた方がいいよ」
「勝手なことをぬかしやがって。俺をあまり舐めるなよ……」
クロエは大きく深呼吸をする。
何かを決意すると、真剣な眼差しでリーンハインに集中した。
(仕方ない……ティナとナナは俺が絶対に守る)
クロエは額に手を当てると、そのまま王創を一点に収束する。
王創がクロエの体に凝縮されていき、急激に高まる創遏によって辺りの大気が重圧を帯びていく。
まるでクロエ自身が重力を放っているかのような圧迫感に、リーンハインの表情が一変した。
「俺を怒らせたことを後悔するなよ、リーンハイン」
「おいおい、こんな力は聞いてないぞ……」
クロエを覆っていた王創が全て身体の中に流れ込むと、ゆっくり片方の瞳の色が変化を始める。
「クロエ!! その力を使ってはダメ!!」
今にもクロエの力が解放されると思われた時、ティナの叫びがそれを止めた。
「何故だティナ! 俺が王喰を使わなければこの状況を打開出来ないぞ!」
「私が言わなくても分かっているでしょ!? クロエが王喰を使えば戦況が変わるかもしれない。けどここはコンサート会場よ! クロエがその力を解放したら、観客の皆がクロエの創遏に耐えきれずに死んでしまう! それが分かっているからクロエは力を抑えているのでしょう?!」
クロエは自身の判断の遅さに苛立っていた。
「あぁ、全ては俺の甘さが引き起こした事態だ。だからティナがなんといおうが、俺はティナを守るために力を使う!」
ティナの言葉に構わず、クロエは力を解放しようと創遏を高める。
「バカッ!! どうせ私に嫌われても私のことを守ろう何て考えているんでしょ! もしもクロエが力を解放して観客の皆を死なせたら、私もこの場で一緒に死ぬわ!!」
クロエの心を見透かしたティナの言葉は、クロエが何をされたら一番困るか、的確に捉えていた。
「なっ……ティナ!! 今の状況が分かっているのか!?」
クロエを見つめると、ティナは強張る頬で無理やり微笑んだ。
「クロエ……私はあなたを信じているから……」
そういうと、ボソボソと呟くように法遏を唱え、一瞬でナナを丸い結界に閉じ込める。
「ッ!? ティナさん! 何ですかこれは!?」
ティナは結界に手を当てると、ナナに優しく話しかけた。
「ナナちゃん……あなたには未来がある。もしも私が戻れなかったら、私の代わりにファンディングに光をもたらす歌姫になって」
ナナは何が起きているのか分からず、結界の中で困惑していた。
「……ティナさん……一体何をいっているのですか」
困惑するナナを他所に、ティナが再び法遏を唱えると、ナナがその場から結界ごと消えてしまう。
「空間転移か……中々高度な法遏を使えるみたいだな」
何もせず、エンドはその場で立ったままティナの行動を見ていた。
「空間転移を止めようと思ったら止められたはずでしょ? 案外優しいのね」
ティナは再び剣を構えるも、そこからは戦闘の意が感じられなかった。
「やめておけ。お前がもう一人の歌姫を逃がしたということは、覚悟ができたのだろう?」
戦う気がないことを悟ったエンドは、剣をしまいティナの元に歩み寄る。
「そうね、私がルーインまでついていくわ。その代わり、今すぐ全部隊を撤退させなさい」
「ハッハッハッ……あまり交渉が上手くないようだな。お前は連れていくが、部隊を退かせる意味はないであろう?」
エンドがティナの腕を掴もうとするが、それよりも先に剣を自らの首に当てるティナ。
「女の覚悟を甘くみないで……あなた達が退かないというなら、私はここで自害するわ。そうなったら、怒り狂ったクロエを止める人は誰もいないわよ」
ティナの強い眼差しを見て、エンドの表情は真剣になる。
「中々度胸のある女だ。いいだろう、今のお前の心意気を評価し部隊を退散させるとしよう。我々の目的は十分に達成した。リーンハイン、皆に退却の合図を送れ」
「了解しました」
エンドの言葉を受け、全部隊に思念で退却の命令を出すリーンハイン。
それを見たクロエが激怒し、ティナの元へ行こうとする。
しかし、リーンハインが邪魔をするように割って入った。
「ティナ! お前何考えているんだ!!」
泣き出しそうな気持ちを抑え、ティナはクロエに笑顔を飛ばす。
「クロエ……ゴメンね……」
そう言い残し、エンドと共に次元の狭間に消えていった。
「ティナーーーー!!!」
リーンハインを押し退けティナがいた場所までたどり着く。
しかし、既に次元の狭間は閉じてしまった。
ティナを守りきることができず、クロエはその場に項垂れる。
「良かったじゃないか。エンド様が来たにも関わらず、彼女の判断のおかげで被害が最小限ですんだ。彼女に感謝するんだな」
そう言い残しリーンハインも次元の狭間に消えていった。
敵がいなくなると、次第に観客達は落ち着き、各々が好き勝手に言葉を発する。
「なんだ? ルーインの奴ら帰っていったぞ?」
「弐王がやってくれたのか?!」
「歌姫はどうなったの? 私達は助かったの?!」
「助かった! 俺達は助かったんだ!」
(こんな糞どもを守るためにティナを犠牲に……俺は……)
「くそったれがぁーー!!」
怒りを抑えきれないクロエがステージを殴りつけると、跡形もなくステージは吹き飛んでしまう。
そのクロエの姿を見て、観客達は静まり返った。
(ティナ……絶対に助けるからな……)