第33話 別世界の王者
セントレイスから退却し、クウェンツは何もない海の上で考えにふけっていた。
(何故俺は退いたのか……)
涙を流しながら訴えるカイトの姿が、脳裏に焼きついている。
ネルチアの遺体を抱えたまま、クウェンツは自分の行動に疑問を抱いていた。
(もしネルチア様が生きていたら、俺は殺されているな……)
一方、コンサート会場ではクロエとリーンハインの戦闘が激しさを増していた。
黒い王創を放つクロエに対し、リーンハインも青い王創を放っていた。
クロエの怒涛の攻撃をギリギリのところで受けきるリーンハイン。
拮抗する二人は、留まることなく剣を交えていた。
「流石に第一師団長だな。俺の攻撃をこれだけ受けきる奴は久しぶりだ」
「こっちは既に手一杯だけどね~」
クロエの攻撃を受けきりながらも、リーンハインは積極的に反撃をしようとしなかった。
(食えない奴だな……ギリギリで受けきっているように見せて、実力の半分も見せてない……)
クロエはリーンハインに攻撃を仕掛けながら実力を推し量っていた。
「やらしいね~。俺の実力を推し量るような戦い方。弐王のクロエはもっと大胆で、敵を躊躇なく叩きのめすタイプだと思っていたけど、案外慎重なんだな」
クロエが自分の実力を探っていることに、リーンハインは気づいていた。
「馬鹿な振りして大した奴だな。相手の動きをしっかり把握してやがる。先にいっておくが俺はお前を少しも甘く見ていない。剣を合わせただけで、お前が相当の実力者だってことは分かっている。これ程の奴はそう滅多に会えないからな、こっちも少しは慎重になるさ」
会話を続けながら、二人は激しく剣をぶつけ合う。
「弐王に褒められるとは感激だね~。だけど、遠回しに自分は凄いっていってるよな」
クロエの攻撃を全て受けきるも、絶対に自分からは攻めないリーンハイン。
それが何を意味するか、考えれば簡単な話だ。
(こっちの攻撃は受けきるくせに、自分からは絶対に攻めてこないな。時間稼ぎが目的か?)
「なぁ、お前の目的は時間稼ぎか?」
クロエが率直に問う。
「まぁ、そんなところだな」
その質問に、リーンハインは素直に答えた。
「えらく素直だな?」
「まぁ、変に誤魔化したって意味ないだろ? 俺がエンド様に命じられたのは、コンサート会場にいるであろう弐王クロエ=エルファーナの足止め。お前さんが察している通り、全力でお前さんの足止めに専念させてもらうよ」
リーンハインからエンドという名前がでると、クロエは眉をピクッと動かして反応をする。
「エンド=リスタード。キルネのトップであり、実質ルーインを仕切っている野郎だな」
「そうだ、俺はエンド様の直属の部下。普通、師団長はキルネの司令官であるレイズに命令を受け従うが俺は違う。直接エンド様に命を受け、それに従う……」
「そのエンドが直々に俺の足止めを命令したってことは、それ相応の意味があるってことだな?」
「その通りだ。まぁ理由は直ぐに分かるさ」
クロエとリーンハインのやり取りを、ティナとナナはステージから見ているしかできなかった。
(クロエの攻撃を全て受けきっている、相手の男も相当な実力者ね……)
ナナが心配そうに俯いている。
「ティナさん、クロエさん大丈夫でしょうか?」
ティナはナナの手を優しく握り、いつでも戦闘態勢に入る決意を決めていた。
「そうね、大丈夫っていってあげたいけどあまり良い状況ではないわね。クロエが苦戦するのは久しぶりに見たわ……ナナちゃんは私から離れないようにして」
「そんな……何でこんな争いをするのですか?」
「それは、私達のせいよ。歌姫の力、四凰の歌の力は一つで世界の均衡を変えてしまうほどに強大なの。その四つ全てがファンディングにある。私がもしルーインの人間だったら、それは恐怖でしかないわ」
ナナは悲しみに眉をしかめた。
「歌は……世界を壊すものじゃないのに」
──その時であった。
落ち込むナナの思いとは裏腹に、轟音と共にクロエとリーンハインの傍で新たに大きな次元の裂目が発生した。
クロエは警戒し、リーンハインから少し距離をとる。
(増援か? 面倒だな……)
次元の裂目から一人の男が姿を現した。
その男から放たれる禍々しい創遏に、クロエの顔つきが変わる。
「これは……只者じゃないな……」
リーンハインは、現れた男に向かい跪く。
「やっと登場ですか、エンド様……」
「リーンハイン、遅くなったな」
「エンド様がルーインを離れるのはリスクが大き過ぎですから、仕方ないですよ。エンド様が来たということは、最終段階みたいですね」
「ああ、先程レイズから目的の達成の報告があった。後は歌姫を連れて帰るだけだ」
クロエの方を見るエンド。
「初めましてだな、クロエ=エルファーナ」
話しかけると同時に、エンドは殺気を飛ばす。
しかしエンドの殺気を正面から受けるも、クロエは全く動じなかった。
「さすが弐王だな。俺の殺気を正面から受けて動じなかった奴は初めてだ」
エンドに向かい、クロエが剣を構える。
「お前がエンドか。キルネのトップであり、実質ルーイン最強の男。まさか直々にやってくるとは思わなかったな」
「俺はファンディングを甘く見ていない。特に弐王、お前達は直属の部下に欲しいくらいだ」
エンドが右手に集中すると、クロエの剣に似た黒い長剣を作り出す。
「だが、今回の目的はこっちだからな」
エンドがコンサートに作られた結界に向かい剣を振るうと、ティナが作った強固な結界が一撃で粉々に崩壊する。
「なっ! ティナの結界が!」
「リーンハイン、クロエの相手は任せたぞ」
「承知しました……」
エンドはクロエを無視してティナ達の方に向かった。
「待て!!」
クロエがエンドの後を追おうとするも、リーンハインが間に割って入る。
「くっ、どけっ!!」
すぐに蹴り飛ばそうと足を振りきるが、それをリーンハインは両手で受け止める。
「言っただろ、俺は時間稼ぎだ。お前の邪魔に全力を注がせてもらうよ」
「……糞が」
コンサート会場では結界が崩壊したことにより、観客達が暴れ、逃げ惑い大混乱になっていく。
ティナもエンドが現れたことに動揺が隠せないでいた。
(これは本当に不味いわね……ナナちゃんだけでも私が……)
双剣を作り、ティナが戦闘態勢に入る。
「ナナちゃん! 私が時間を稼ぐから逃げて!」
「そんな! 私だけ逃げるなんて!」
「いいから早く! 今の私には少しの余裕もないの!!」
ティナの焦る顔を見て、どうすればいいかナナは戸惑っていた。
「そんな……私だけ逃げるなんて……」
そうこうしていると、エンドがティナ達の前にたどり着く。
「何をいっている。二人共ルーインに来てもらうぞ」




