第32話 戦場の本質
カイトは怒りのままにネルチアに斬りかかる。
しかし、そんなカイトを邪魔するように、一人の男がネルチアとの間に割って入ってきた。
「ネルチア様、ここは私にお任せください」
割って入ったのは第八師団長 副師団長のクウェンツ=ガルムードであった。
「クウェンツ下がりなさい。この子の潜在能力を甘くみてはいけないわ。あなたが勝てる相手ではないわよ」
意気揚々と前に出るクウェンツだったが、ネルチアは下がるように命じた。
「……分かりました、ネルチア様。どうかお気をつけて」
不服ながらも後ろに下がるクウェンツをよそに、ネルチアは意気揚々と大鎌を振りかざしカイトに近づく。
カイトはテスラの死を目の当たりにし、怒りで我を失っていた。
「よくも、よくも皆を!!」
怒りに支配されるカイトは、ただ雑に剣を振るってネルチアを威嚇した。
「ふふ、戦争は初めてかしら? 戦場で他人の死を悲しむなんて、僕は優しいのね」
そんな集中に欠けた攻撃が師団長に届く筈もなく、ネルチアは笑いながらカイトの攻撃を全て受け流す。
「何が可笑しい!! 人の命を簡単に奪って、お前達はいったい何がしたいんだ!」
「ここは戦場よ? 死を人のせいにするのは良くないわ」
「貴様達が勝手に攻め込んできたんだろ!!」
「あら、あなたは何も知らないのね。自分達が正義だと思っているの?」
ネルチアが大鎌をもう一つ作り出し両手に構えると、創遏を更に高めた。
その創遏に呼応するように刃が黒光りし、不気味な圧迫感を放っている。
「あなた達ファンディングの人間は、ルーインを蔑み、危険な存在だと勝手に決めつけ、今までに数々の圧抑行為を行ってきた」
大鎌を振るい、猛烈な連続攻撃でカイトを圧倒していく。
「くっ……」
ネルチアの猛攻にカイトの防御は間に合わず、咄嗟に後方へと距離をとる。
「あなたは、ファンディングによって殺されていったルーインの人々を見たことがあるの?」
刃をカイトに向け、ネルチアは言葉を突きつける。
それに対し、カイトは言葉を返すことができなかった。
「私達キルネは確かに残虐非道。弱い者や歯向かう者には容赦しないわ。ルーインはファンディングと違い弱肉強食、強さこそが全てなの。あなたは私達が悪だと決めつけ、私達の生きている環境も理解しようとせず全てを否定するのかしら?」
ネルチアが創遏を刃に集中すると、大鎌に黒い炎を纏わせる。
「お前達にどんな事情があるか知らないが、俺は自分の知っている人を今殺されたんだ! お前がなんと言おうが俺はお前のことを許さない!」
カイトも創遏を高め、赤い王創を体から解き放つ。
「もうこの間の力を使いこなせるのね、恐ろしい子だわ」
王創を発動することで、爆発的に身体能力が高まっていく。
深紅の光を纏ったカイトは、ネルチアと対等以上に剣を交え始めた。
「くぅっ……」
王創を放つカイトの動きは、先程とは別人であった。
カイトは攻撃を軽々と跳ね除け、次第に追い込まれるネルチアは焦りを見せ始める。
「この前までひよっこだったのに、別人のような強さね」
クロエとの修行の成果もあるが、それ以上に強い怒りがカイトの力を引き出していた。
「よくもテスラさんを……よくも皆を……」
怒りでカイトの王創が更に大きく、濃くなっていく。
しかし、大きくなるにつれてだんだんと創遏が不安定に乱れていた。
その僅かな創遏の乱れにネルチアは気づいていた。
「人は絶望を恐れるくせに絶望を欲する。この副隊長は私と対面して絶望した。しかし、更なる絶望を求め私に立ち向かってきたわ。本当に馬鹿な生き物だと思わない?」
カイトを挑発するネルチア。
「これ以上テスラさんを侮辱するな……」
「馬鹿を馬鹿といって何が悪いの? 私に勝てるわけないのに立ち向かうなんて、馬鹿以外に何て呼べばいいのかしら?」
ネルチアの見え透いた挑発に、カイトの怒りは止まらない。
(さぁ、もっと怒りなさい。怒りで我を忘れれば、いかにあなたの中に凄い力が眠っていようが、まともに使いこなせるはずがない)
強者同士の決着は、片方が一瞬の隙を見せた瞬間に決着がつく。
「きさまぁぁー!!」
怒りに任せカイトは剣を振り下ろす。
「隙だらけよ坊や!!」
怒り狂うカイトに、ネルチアは大鎌を振り上げ斬り裂いた。
しかし、ネルチアの攻撃はカイトの残像と共に空を斬る。
(さっきまで目の前にいたのに!? どこに?!)
「ネルチア様!!」
クウェンツが大声で叫んだ。
「ネルチアーー!!」
カイトが超スピードでネルチアの背後に回り、剣を振りぬいた。
「!?」
カイトの攻撃に反応しきれず、ネルチアの胴体が横に真っ二つになる。
(この子……怒りを……乗り越えた……)
口から血を吐き、ネルチアは崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ……」
全力の一撃に創遏を大量に使い、カイトから王創が消える。
「ネルチア様ー!!」
ネルチアの元にクウェンツが駆け寄った。
「クウェンツ……私は……」
今にも絶命しそうなネルチアを、クウェンツが抱き締める。
「ネルチア様! ネルチア様ー!!」
涙を流しながら、クウェンツはただひたすらにネルチアの名を叫ぶ。
「うるさいわよ……クウェン……ツ……」
最後に弱弱しくかすれた声でクウェンツの名を口にし、ネルチアは力尽きていく。
「……ネルチア様」
ネルチアの力尽きる様を、カイトは呆然と見つめていた。
「……貴様」
立ちすくむカイトをクウェンツが睨みつける。
「よくもネルチア様を……」
怒るクウェンツを見て、先程まで怒り狂っていた自分の姿をカイトは感じとっていた。
「俺は……」
カイトはクロエの言葉を思い出していた。
(お前が殺した相手にも大切に想う人がいる……俺達は正義じゃない……お前は何のために戦う……)
先程まで自分の信念を忘れ、怒りに身を任せていた自分を思い出し涙が溢れだす。
「何故貴様が涙を流す……」
剣を構え、怒りのままにクウェンツが歩み寄る。
「俺は……俺はいったいどうすればよかったんだ……」
クロエの言った言葉の重みを知り、カイトは戦意を失っていた。
「俺は大切な人を守りたいだけだと思っていた。でも、実際は目の前に自分が認めたくない現実が現れた途端に怒りで我を失い、更なる憎悪を作り出しただけだ。俺は自分が正義なのか悪なのか分からない、そんなことはどうだって良かったはずなのに……なぁ……いったい俺はどうすれば良かったんだ?」
涙を流しながらカイトはクウェンツに訴えた。
そんなカイトの姿を見て、クウェンツの心が冷静を取り戻す。
(こいつは他の奴とは違う……普通の人間は自分が正義だと決めつけ、自分の行いを全て正しいと決めつける。俺だってそうだ……なのにこいつは、憎んだ相手を殺したのに自分のことよりも相手の気持ちを考えている……)
構えた剣をクウェンツはゆっくりとしまう。
「お前がどうすれば良かったなんて俺には分からん。だが、お前の気持ちは今の俺には少し分かる気がする。俺の名はクウェンツ=ガルムード。ここはお前の気持ちを尊重し、一旦退かせてもらう。次に会った時はネルチア様の仇を取らせてもらう」
そう言い残し、クウェンツはその場を去っていった。
クウェンツが去り、一人になったカイトがテスラの元に近寄る。
(……テスラさん)
テスラの亡骸を抱き締め、カイトは涙を流すことしかできなかった。