第30話 潜在能力
セントレイス周囲は戦禍が激しくなっていた。
各部隊長が指示を出し応戦するが、圧倒的な数の魔獣が市民に襲い掛かる。
「魔獣だーー!!」
「助けてくれーー!」
市民達が逃げ惑う中、テスラが部隊を連れて現れる。
直ぐ様あたりを見渡し現状を把握したテスラは、間髪入れず部隊に指示を出した。
「みんなは私達が守るよ! 全員魔獣の殲滅にかかれ!」
テスラの指示で魔獣達が次々と倒されていく。
(それにしても凄い数だね、このままじゃじり貧だ。隊長達が幹部を何とかしてくれたら戦況も変わるのだけれど……)
一体一体の魔獣にそれほどの脅威は感じないものの、倒しても次々と湧いて出る圧倒的な数に苦戦をしいられる。
(他の部隊はどうなっているんだ? 応援が無いってことは他も押されているのか?)
テスラの思惑通り、各部隊の副隊長達も無尽蔵に現れる魔獣を相手に苦戦していた。
「二番隊の意地の見せ所だね! 少しでも早く魔獣を殲滅して他の部隊の応援に行くよ!」
他の隊員達を鼓舞するテスラであったが、目の前に突如絶望が舞い降りた。
見覚えがある姿。
忘れる筈がない。
対峙したのはネルチアであった。
「……こいつは」
「あら? 見たことがあると思ったら、泉で会った副隊長さんね?」
テスラの額からは無意識に冷や汗が流れる。
以前やられた出来事を、体はしっかりと覚えていたのだ。
(これはヤバいね……隊長達は他の幹部で手一杯なのに……)
明らかに余裕がないテスラを見て、ネルチアは不気味に笑う。
「うふふ。あの時は殺しそびれちゃったから、今度はちゃんと殺してあげないとね」
ゆっくり向かってくるネルチアに、テスラは意を決して槍を構えた。
(くそ……少しでも時間を稼ぐしかない……)
一方、セントレイス南部では第一番隊と第七師団が交戦していた。
ラヴァルが隊員達に指示をだし、市民の護衛を行っている。
瞬時に状況を把握し、如何に対応するかラヴァルが考えていた。
(空には竜の魔獣ガーラントが約二百、地上にも数多の魔獣と人型の雑兵が合わせて約八千。凄い数だな。それに比べ、セントレイスに配備されているグロースの隊員は約千三百人。このままではまずいな……)
対策を考えるラヴァルの元に、第七師団長シフが現れる。
「貴方は第一部隊隊長のラヴァル=リンガットとお見受けします」
王創を纏い、ラヴァルが戦闘態勢に入る。
「師団長だな。丁度いい……数で圧倒的に差がある以上、司令塔を叩き潰すのが先決だと考えていたところだ」
シフも剣を作り出し戦闘態勢に入った。
「これはこれは、キルネの師団長を甘く見ると痛い目にあいますよ」
二人が剣が交わさり、辺りに衝撃がほとばしる。
「これ程の大規模な襲撃、貴様らの目的はなんだ?」
「面白いことを聞きますね。それを素直に教えると思いますか?」
「だろうな。まぁ、答える気がないなら消すまでだ」
「第一部隊長が落ちれば此方が大分優位になるでしょう。私も頑張らせて頂きますよ」
ラヴァルが戦闘を始めた頃と同じくして、ルディも第四師団長ジャムと対峙し、各部隊長と師団長の戦いが始まっていた。
さらに、コンサート会場にも遂に次元の狭間が発生し、クロエが戦闘態勢に入っていた。
「やっとこさここにも襲撃か……」
クロエが剣を構えると、次元の狭間から一人の男がゆっくりと歩いてきた。
「なんだ? コンサート会場には俺がいることくらい分かっていただろ? 一人で来るとは大した度胸だな」
クロエが男に話しかけと、男はやっぱりかとため息をついた。
「ま~な~。俺だってこんな面倒な奴を相手にしたくないっての。何で俺が弐王の相手を一人でしなきゃいけねーのよ」
男はやる気の無さそうに頭をかきながらクロエに近づいた。
(こいつは強いな……)
内に秘めた力をすぐに察し、クロエは相手の力量を見極める。
「やる気の無さそうな感じだが、なかなか強そうじゃねーか」
クロエは迷うことなく王創を纏い、男に向かい剣を突きつけた。
「あ~あ~、やっぱやらなきゃ駄目? エンド様もいないし、のんびりしたいな~」
「随分と余裕だな、名は何という?」
「名前~? 俺は第一師団長のリーンハイン。名前何て聞いてどうす……」
リーンハインが話している最中に斬りかかるクロエ。
しかし、一瞬で剣を作り出し、クロエの一撃を軽く受け止める。
「おいおい、人に名前を聞いといていきなり斬りかかるってそりゃないぜ」
「何いってやがる。このくらいの攻撃何てことないだろ?」
更に止まることなくクロエは連撃を繰り出す。
クロエの攻撃を全て受け返し、逆にリーンハインは一瞬でクロエの背後に回ってみせた。
「あらよっと!」
クロエに斬撃を飛ばすリーンハイン。
しかし、リーンハインの斬撃をクロエは素手で弾き飛ばす。
「さすが弐王だね~。これは戦い方を考えるかな」
クロエが戦っているのを、ステージからティナとナナが見上げていた。
「ティナさん、相手の人クロエさんと互角に戦っています」
クロエと対等に戦うリーンハインを見て不安を抱くナナ。
「そうね。お互いにまだ全然本気じゃないけど、相手の人はかなりの実力者ね。だけどクロエから逃げるよう指示もない。それに、私達が不安を見せたら会場にいる皆が不安になるわ」
会場が少しざわめいていた。
「おい、コンサート会場が襲撃されているぞ」
「結界があるし弐王もいるんだ、大丈夫だよ!」
「だけど弐王と互角にやり合っているぞ……」
次第に騒ぎ出す観客達。
「みんなー! 大丈夫! クロエがいるから安心してー!」
ティナは観客を落ち着かせようと声をあげた。
(まずいわね、今騒ぎが大きくなるとクロエの負担も大きくなる……)
クロエとリーンハインの戦いもだんだんと激しさを増し、結界越しでも会場が地震のように揺れる。
「やっぱりここにいたらまずいんじゃないか?」
「結界が壊れたらおしまいだぞ!?」
観客達が不安にかられ、騒ぎがどんどん大きくなっていく。
「みんな! 落ち着いて!」
ティナが観客に声をかけるも、その声は騒ぎにかき消され届いていなかった。
(このままじゃ……)
焦りを見せるティナの横で、ナナは大きく深呼吸をする。
ナナが無意識に自分の創遏を引き出し、歌を歌い出した。
「なんだ、この歌声は……」
さっきまでざわめいていた観客達が静まり、ナナの方に注目する。
(ナナちゃん……これは……)
ティナも突然のナナの歌声に聞き入ってしまった。
(四凰の歌の一つ、統率の歌……こんなタイミングで自分の力を引き出すなんて……)
ナナが歌い終わると同時に、観客に向かって笑顔を見せる。
「みんな、大丈夫だから安心して!」
ナナの言葉に歓喜する観客達。
「凄いじゃないナナちゃん!!」
「ティナさん、何とかしなきゃって思ったら無意識に……」
「ナナちゃんのおかげで騒ぎが静まったわ、ありがとう」
「いえ、私はそんな……」
褒められナナは恥ずかしそうに照れていた。
(これが彼女に眠る力……)
ナナの力の底深さに、ティナは少し恐怖を覚えた。
「あとはクロエが何とかしてくれるはず」
「そうですね、クロエさんなら大丈夫ですよね!」
その頃、コンサート会場で事が起きると同時に、カイトもセントレイスに到着しようとしていた。




