第28話 夢の舞台
ティナとナナのコンサート当日。
コンサート会場はリリーとアリスの時と同じく、大勢の人々で埋め尽くされていた。
控室で準備をしているティナ達であったが、ナナは緊張で震え上がっていた。
「大丈夫? ナナちゃん」
「全然大丈夫じゃないです……もう少しでステージが始まると思うと……緊張で倒れそうです」
「深呼吸してリラックス! 今日はリリーやアリスちゃんが応援に来られなくなったけど、カイト君がもうすぐしたら見回りからもどるでしょ? ナナちゃんの出番は私が一曲歌い終わってからだから、それまではカイト君とゆっくりして」
「ありがとうございます、ティナさん……」
コンサート開始の時間が間近に迫る。
一足先に準備を終えたティナの顔つきは、いつもより躍動感に満ちていた。
「よし……じゃあ私は先にステージに向かうから、出番になったら自信をもって出ておいで」
そう言い残し、先にステージへ向かい歩いて行く。
その後ろ姿はとても心強く、いつもの優しいティナというよりは、気品漂う一人の歌姫の姿であった。
一人緊張がとけず、オドオドするナナの元にカイトがやってくる。
「ナナ! 大丈夫か?!」
「カイト~……心臓が破裂しそ~……」
ナナはプレッシャーに潰されそうになっており、半べそをかいていた。
当たり前である、初めての舞台が弐姫とのデュエット。
いきなり十数万人の観客の前で、堂々と歌えるわけがない。
「ナナなら大丈夫。沢山練習してきたし自信もてよ! クロエさんが一人で会場の見張りをやってくれているから、俺はステージの横にいられるようになったし、安心して歌ってこいよ!」
「クロエさん気を遣ってくれたんだ。さり気無く優しいとこあるよね」
「そんな言い方したら怒られるぞ」
明らか様に動揺するナナを、カイトは笑顔で和ませる。
そのお陰か、さっきまで強ばっていた顔つきも自然と笑みを浮かべていた。
「やっぱりカイトといると安心する」
ナナはカイトに寄り添うように肩を当てる。
「夢の舞台だもんな、緊張して当たり前だよ」
「本当に私が歌姫になる時がくるなんて、夢みたい」
「だけど夢じゃないのな。俺も緊張してきた」
カイトとナナが話しているとステージ開幕のアナウンスが入り、ティナがステージに登場。
会場が一気に盛り上がりを見せる。
「……始まったな」
ティナが歌いだし、夢の舞台が開幕した。
「ナナさん、まもなく出番です」
一刻、一刻と出番が近づき、遂にスタッフがナナを呼びに来る。
「ふぅ~……行ってくるね、カイト」
「ああ、最高に楽しんでこいよ!」
カイトと別れ、ゆっくりとステージに向かい歩くナナ。
(大丈夫……カイトも見ていてくれている……)
自分自身を励ますも、ステージに近づくにつれ緊張感に潰されそうになっていた。
そのまま流れに任せ、遂にナナが夢のステージへ立つ。
すると、同時に物凄い声援が会場中に響き渡った。
「みんなー! この子が私の最愛の教え子、ナナよー!!」
「おーー!! ナナちゃーーん!!」
「カワイーー!! ナナーー!!」
ティナがナナを紹介すると、会場から更に大歓声が上がる。
ナナは──目の前の光景に圧倒されていた。
(これがティナさん達のいる世界……)
胸が高鳴り……今にも張り裂けそうだった。
「ナナちゃん? 大丈夫? 歌える?」
ティナの言葉は届いているのだろうか? その場で固まり、ナナだけ時が止まったようであった。
(これが私の憧れた舞台……歌姫のステージ)
胸に手をあて、ナナは一つ深呼吸する。
(ティナさんとリリーさんのコンサートを見たあの日、あの時は私がこんなステージで歌うなんて夢にも思えなかった。周りに憧れるばかりで、自分のやりたいことをやろうともしていなかった……でも、今は違う……)
自分の心臓の鼓動を──感じる。
(私……今を生きている……)
その時、ナナの顔つきが変わった。
「ティナさん、大丈夫です! 私、歌います!」
ナナの顔を見てティナは安堵した。
(ナナちゃん、乗り越えられたみたいね。もう私が心配することはないわ……)
ナナは精一杯に背筋を伸ばし、手を振りながら会場に挨拶をする。
「みなさぁーーん!! 歌姫の卵のナナでーーす!! 今日は精一杯歌うから、宜しくお願いしまーーす!!」
ナナの挨拶で会場のボルテージは最高潮である。
そんなナナの姿を見て、ステージ横のカイトも安心していた。
(ナナ、頑張れ!)
遂にナナの初めてのコンサートが始まった。
ナナが歌いだすと、その美声に会場全体が魅了される。
ナナの歌声に合わせるようにティナも歌いだし、ナナをサポートする。
二人の美しい歌声に、気づけば会場は静まり返っていた。
ナナとティナの二人が、完全に会場中の人々を虜にしているのだ。
二人が歌い終わると、静まり返った会場から今度はとてつもない歓声が沸き上がる。
「すげーーーー!!」
「なんて歌声だよ! ナナーー! 最高ーー!!」
歓声を浴び、ナナは感動した。
「ティナさん、私の歌で皆が喜んでくれているのですか?」
「そうよナナちゃん、今日は私とあなたの二人が主人公。私達が皆を楽しませるのよ」
言葉では表せないような爽快感に、ナナの腕に鳥肌が立つ。
「はいっ、頑張ります! よーし……みんなー!! まだまだ歌うぞーー!!」
「おぉぉーー!!」
ナナとティナの歌はどんどん会場を盛り上げていく。
──しかし。
無情にもその最中、轟音と衝撃と共にグロース本部上空、セントレイス全域、グロース第二支部に次元の裂け目が発生。
キルネの大軍勢が姿を現した。
全部隊に緊急連絡が入る。
「こちら第二支部! ルーインの襲撃に遭っている! 多数の魔獣、その中には幹部と思われる人型が二人! これより戦闘にはいります!」
セントレイスからも緊急連絡が入る。
「こちらラヴァル! セントレイス周辺と中央部にも襲撃だ! 人型を五人確認!! 相手の数が多く乱戦が予想される!」
更にグロース本部上空にも人型が二人と魔獣が攻め込んできた。
エレリオとロランが敵と対峙する。
「まさか同時にこれ程の大戦力を送り込んでくるとは。ロラン、リリーとアリスの護衛を任せるぞ!」
「何いってやがる親父。人型が二人、しかも一人は第六戦争の時に見たことがある。あいつはキルネの第二師団長メルドだ。守りに入っていては後手に回る。リリーとアリスなら自分達で強固な結界を張れる、ここは攻めに回るべきだ!」
「頼もしいな。これより全面戦闘に入る! 各自敵を殲滅せよ!」
襲撃があったセントレイス全域とは裏腹に、コンサート会場では襲撃はなく、コンサートは盛り上がりを見せている。
しかし、クロエとカイトはキルネの強大な創遏を感じ、大規模な襲撃が起きていることに気づいていた。
「クロエさん! この創遏の量は異常ですよ!? キルネが本格的に攻め込んできたんじゃないですか?!」
「ああ、確かにこれはヤバそうだな……」
事態に気づき、ティナもクロエの方を見る。
「カイト、ここは俺一人で守る。セントレイスの方にかなりの数の敵が集中している。お前は今すぐセントレイスの応援に向かえ!」
「でも……ここもいつ襲撃にあうか分かりません! 離れるわけには……」
「ここは俺一人で十分だ!! 早く行け!!」
クロエの未だ見たことのない真剣な表情に、事態がいかに深刻かカイトはすぐに理解した。
「分かりました。でも何かあったら直ぐ戻ってきますから!」
そう言ってカイトは急ぎセントレイスに向かう。
ティナとナナも心配しているが、クロエがコンサートを続けろと合図する。
「ティナさん、大丈夫でしょうか?」
「分からない。でも私達は今やるべきことに集中しましょう」
クロエを信じコンサートを続行するティナ。
それを確認したクロエは創遏を高め、戦闘態勢に入る。
(さて、ナナの初めてのコンサートだ。俺がカイトの分までしっかり守ってやるか)
遂にキルネとの大規模戦闘が始まった。




