第26話 それぞれの世代
リリーとアリスのコンサートが開幕。
十万人以上が入る超巨大なコンサートホールは満席で、会場の外にも大勢の人だかりができている。
特別観覧席では、カイト達がライブを見守っていた。
「こんな特別席でライブを見れるなんて、ティナさんとクロエさんのおかげですね」
カイトが会場の盛り上がりに圧倒される。
ライブを見るために会場内へ入ったのは初めてではないが、圧倒的な熱量に目を疑った。
「ティナさんとリリーさんのツインライブも凄かったですが、今回もとんでもない盛り上がりですね」
「今回はアリスちゃんの初めての大舞台だからね。彼女も歌姫として立派に成長しているわ」
ナナもカイトと同じく会場の空気に飲み込まれ、無言で呆けていた。
「あら? 大丈夫? ナナちゃんももうすぐこのステージで歌うのよ?」
「私があのステージで。ティナさん……とても無理な気がします……」
十数万の視線が全てステージに向けられる。
そんな異次元ともいえる世界に立つことを想像して、ナナはすでに臆病な心に支配されていた。
「何を自信失くしているの! すでに次のライブではナナちゃんのデビューを決めちゃったからね」
笑顔で話すティナに反し、ナナの顔が青ざめる。
「それにね、あのステージで一回歌ってみたらわかるよ。自分の歌声が皆の心を昂らせ、感情を操っているかのような感覚。その場を制するような感じ……初めてステージで歌った時の躍動感は、今でも忘れないわ」
「……私は今からプレッシャーに圧し潰されそうです」
「まぁ初めは仕方ないよね。でも、アリスちゃんは乗り越えたみたいよ」
開幕と同時に、アリスは生き生きと歌い始める。
その煌めく瞳には、怯えなどなかった。
「アリスちゃん……普段は大人しい性格なのに、あんなに楽しそうに歌っている」
アリスの力強い歌声に、ナナの心は一瞬で引き込まれてしまった。
会場もその歌声に魅了され、アリスコールが止まらない。
「こらぁーー!! アリスばっかり! 主役は私だぞー!」
アリスコールでふて腐れるリリー。
そんなリリーを挑発するように、アリスは会場に手を振った。
「リリー、頑張らないと私が会場の皆を虜にしちゃうよ~?」
「アリスーー!!」
「アリスちゃーん!!」
会場全体が更にアリスコールで包まれる。
「上等じゃないのアリス~。私の本気を見せてあげるわ!」
リリーが創遏を上げ、歌声に力をのせる。
今まで会場を支配していたアリスの歌声を、リリーはいとも簡単に塗り替えてしまった。
「まだまだこんなもんじゃないよー! 皆、私についてきなさーい!!」
リリーの本気の歌声を目の前にし、アリスはただただ圧倒される。
「私だって負けないんだからー!」
このままではいけないと、アリスはリリーの強烈な力の歌に必死でついていく。
「リリー! アリスー!」
二人が張り合い、高め合うことにより、会場は一層盛り上がりをみせる。
それはまさに相乗効果。
二つの歌声が完全にお互いを高めあっていた。
「……凄い」
歌に引き込まれ、ナナとカイトも鳥肌がおさまらない。
「ふふ、リリーがあんなに張り切っているのなんて久々に見た。リリーもアリスちゃんの成長が嬉しくてたまらないのね」
ナナは思わず息を飲み込む。
「ティナさん、私もあんなに堂々と歌えますか?」
「絶対に歌えるよ。ナナちゃんは、もう立派な歌姫なんだから」
ティナは自信満々にウインクで返事をした。
「私……やってみたい……」
気づけば楽しむことを忘れ、ナナはその歌を学ぶように真剣な眼差しでリリーとアリスを見つめていた。
──しかし、コンサートが盛り上がりを見せる中、グロース本部に緊急連絡が入る。
「こちら第二支部、支部長サルトだ! エレリオ司令官はいるか!?」
サルトの緊急連絡にエレリオが対応する。
「こちらエレリオ。どうしたサルト?!」
「第二支部付近にて次元の歪みが発生! 大量の魔獣が現れた! 至急応援を求む!」
「なんだと?! コンサート会場ではなく今度は第二支部が?! 直ぐに応援を向かわせる!」
エレリオがすぐさま指揮をとり部隊が動く。
その動きにクロエとロランが気づき目を合わせた。
「……何かあったみたいだな」
ロランの元にエレリオがやってくる。
「ロラン、第二支部が奇襲にあっている。今から本部は第二支部の応援にまわる。こちらの兵力がかなり減ってしまうが、これが奴らの狙いの可能性はかなり高い。ここを任せて大丈夫か?」
「今度は第二支部か。コンサート会場にはクロエもいる。全部隊を連れていっても何も問題ないさ」
「そういって貰えると助かる」
ロランとエレリオが離れたクロエに向かい相槌を打つ。
それに気づいたクロエは、エレリオにさっさと行くように手を振った。
「やっぱり何かあったみたいだな」
「クロエさん、俺達は行かなくて大丈夫ですか?」
カイトがクロエに尋ねる。
「あの感じ、ここはお前達に任せたってとこだろ。それに俺達が第一に優先すべきは、自分の歌姫を守ることだ。もし応援に来てくれといわれても、俺は行く気ないね」
「そうですか。俺もナナを置いていくわけにはいかないし、エレリオさん達に託すしかないですね」
カイトの肩を引き寄せクロエはコソコソと話す。
「カイトも自分の立場が分かるようになってきたな。いいか? こういう時、大抵ティナやナナみたいなタイプの女は、自分のために行かないことを嫌そうにするが、それに負けるなよ」
「……分かっています」
ティナとナナの方を見ると、案の定なにかいいたげな顔をしている。
「ティナ。言わなくても分かっていると思うが、ここもいつ襲われてもおかしくはない。いつでもナナと避難できる態勢をとっておけよ」
「分かっているわ。何かあってもここはクロエとカイト君、それにロランとレオ君もいるから大丈夫でしょ」
しかし、クロエ達の思惑とは違い、コンサートはそのまま進行し無事終わりを迎える。
「なんだ? コンサートが終わったけど結局こっちに襲撃はなかったな」
「第二支部の方は大丈夫でしょうか?」
カイトとクロエが経過を気にしていると、そこへロランとレオがやってきた。
「ロラン、親父から何か連絡はあったか?」
「ああ。さっき連絡があって、特に大きな被害もなく魔獣を殲滅できたみたいだ。しかし、相変わらず人型の幹部はいなかったらしい」
「一体何が目的なんだ?」
「分からんな。何にせよ、次のティナのコンサートも警戒しておいた方が良いだろう。俺とレオは一応周辺の見回りをしてくる。クロエ達はリリー達と合流して安全な所に避難していてくれ」
そう言い残すと、ロランとレオは見回りに行ってしまう。
「何にせよそろそろ幹部達がやってきてもおかしくはない。カイト、幹部達の中には俺やロランとやり合える奴らもいるかもしれない。気合入れておけよ」
「……はい」
ライブを終えたリリー達と合流するクロエ達。
「アリスちゃーん! 凄かったよ! 見惚れちゃった……」
ナナは飛びつくようにアリスへ話しかける。
「ありがとうございます! でももうヘトヘトです~」
「いっちょまえに私についてきたからね。大したものだよ」
「アリスちゃん本当に良く頑張ったね」
リリーとティナがアリスを褒める。
ずっと憧れであった二人に誉められ、アリスは素直に笑顔を見せた。
「へへ……ありがとうございます」
アリスはナナを見つめ、想いを託す。
「次はナナさんの番だよ、頑張ってね!」
「うん、私も頑張る! アリスちゃん、どんな感じだったか教えてよ!」
「はいっ!」
アリスとナナは二人で盛り上がる。
その姿を親のような目で見つめるのは、リリーとティナであった。
「新しい世代が育ってきたね、リリー」
「そうだね、楽しみだよ……」