第24話 レオとアリス
グロース本部の周りには、商売の起点となる城下街が軒を連ねる。
そこには多種多彩な露店が並び、飛び交う商人達の賑やかな声が、街の活気を表していた。
「アリスと二人で買い物に来るのは久しぶりだな」
「だね。最近は闘技大会があったりでバタバタだったから、中々ゆっくりできなかったね」
商店街を歩くのはレオとアリス。
いつも仲良く歩く二人の姿は、端から見れば恋人そのもの。
だが本人達にその自覚があるのかと聞けば、顔を逸らして恥ずかしそうに話を紛らわすだろう。
そんなピュアな少年少女の恋心は、いつも街の人々を温かくしていた。
「アリスはもうすぐライブだな」
「うん。次のライブは、リリーさんと一緒に出ることになったから大きなライブになるしね」
弐姫リリーとのデュエットライブ。
新人歌姫と弐姫のデュエットなど普通では考えられないが、その辺りは師弟関係ならではの待遇だろう。
「アリスも遂にリリーさんと一緒のステージに立つのか。今までずっと頑張ってきたもんな」
「まだまだだよ。やっとリリーさんと同じステージに立てるようになれたけど、もっと頑張らないと」
「あんまり無理するなよ。それにしても……今日は何を買いに来たんだ?」
「……ちょっとね」
何を買いに来たかはぐらかすアリスは、アクセサリー店の前でおもむろに立ち止まる。
「ん~、どれがいいかな~?」
「ネックレスでも買うのか? 普段そういうのあんまりつけないだろ?」
「ま~ね~……」
菱形の小さな宝石が埋め込まれたネックレスが気になり、一つ手に取った。
「お嬢ちゃんなかなか目が効くね。このネックレスはなかなか手に入らない特殊な石でできていてね。魔除けや浄化の力があるっていわれているのだよ」
「そうなんですか、何か一目惚れしちゃった。これ二つください!」
「あいよ! ありがとうね!」
同じ形のネックレスを二つ頼んだことに、レオは首をかしげた。
「二つも買うのか?」
「うん! 一つはプレゼント用!」
「そうか、誰にプレゼントする? 今から渡しにいくか?」
「ん~、それよりもお腹空いたからご飯買って、海でも見ながらご飯食べたいな~」
「そうだな、俺も腹減ったし飯にするか!」
買い物を済ませ、セントレイスの外れにある丘にやってきた二人。
「やっぱここは気持ちいい~。綺麗な海に優しいそよ風、落ち着く~」
「いい場所だよな。昔はよくここで星を見上げたな」
「……そうだね」
アリスは物思いにふけるよう、遠くを見つめていた。
「どうした?」
「レオは最近お父さんとどう?」
「……別になんともないよ」
「そっか……」
アリスの横に座ると、レオは目を隠すように顔をそらす。
父親の話がでるや、その顔色は曇り、視線は水平線に落ちていた。
「あいつは相変わらず俺のことなんかほったらかしで、どうでもいいんだろ」
「そんなことないよ……」
「まぁ仕事が忙しいのは分かっているよ。それに、この前の闘技大会でルーインが攻めてきた時は少し驚いた」
レオは咄嗟に指示を出し、指揮力の高さを見せるエレリオの姿を思い出す。
「あの姿を見た時、少しだけ格好いいって思っちまった……」
「きっとお父さんは誰よりもレオのことを大切に思っているはずだよ」
「そんなことはどうでもいいよ。あいつは母さんが病気で死んだ時も、仕事で帰ってこなかった。俺達家族よりも……仕事で格好つける方を選んだんだから」
レオの気持ちを聞き、アリスは悲しみに潰されそうになった。
「それに、俺にはアリスがいる。誰よりも俺のことを理解してくれている。それ以上何も望まないさ」
「……レオ」
「この話は終わり! 親父のことを考えるとムカついてくるだけだ」
「ごめんね、変なこと聞いて……」
「いいよ。さて、飯も食ったしネックレス誰かにプレゼントするんだろ? 送ってくよ」
「えっ、誰にあげるか本当に分かってないの?」
「?」
不思議そうにレオは首を傾げる。
あまりにも鈍感な性格に、アリスは呆れ顔であった。
「レオって本当に鈍感だよね」
「どういう意味だ?」
アリスがレオにグイッと顔を寄せると、首元に手を回してネックレスをつけた。
「えっ? 俺に?」
「もうすぐ誕生日でしょ?」
「……誕生日……すっかり忘れてたわ」
サプライズのつもりではなかったが、結果的に驚かせる形となって、アリスは思わず満面の笑みを溢す。
「私からのプレゼント! お揃いだからね!」
「まじか! すげー嬉しいわ! ありがとうアリス!」
少し照れるレオにそっと近づき、アリスは優しく口づけをした。
「!?」
突然の出来事は、レオの意識を硬直させる。
ゆっくりと思考が追いついてくると、唇にはまだ柔らかな感触が残っていた。
「私はずっとレオの隣にいるからね」
恥ずかしそうにモジモジするアリスの頬は赤く火照っている。
レオも顔を真っ赤に染めると、目を泳がせながら髪を搔いた。
「お、おうっ」
男らしく返事をしたつもりではあったが、その声はなんとも頼りない震えた声だった。
「プレゼントも渡したしセム・ステラに行こうかな」
「もうライブの準備始まっているんだっけ? リリーさんもいるんだろ? 俺も付き合うよ」
セム・ステラでは大掛かりなセットが作り上げられており、ライブの打ち合わせのためにリリーとロランがステージに立っていた。
「ロラン兄!」
「おう、レオにアリスか」
「ロランさんこんばんは、リリーさんは打ち合わせ中みたいですね」
「そうだな。今回のライブはアリスも参加するのだろ? せっかくだからリリーの所に行ってこい」
「はいっ!」
アリスが元気よく走ると、それに気がついたリリーは手を大きく振って喜んでいた。
「リリーさん! 私も話に入っていいですか?」
「アリス! ちょうど良かった! 打ち合わせのために呼びに行こうと思っていたんだ。今回のライブはかなり大規模でやるからね。アリスの初の大舞台だから気合入れてやるよ!」
ステージに立ちアリスが会場を見渡す。
そこには数万を軽く越える観客席すべてが、自分を見つめるように設置されていた。
「ふぇ~、私にこんな大きいステージでしっかり歌えるでしょうか」
「何いっているんだい! 私の教え子なんだよ、自信持ちな!」
「……分かりました」
「それに、私に恥かかせたら分かっているだろーねー」
リリーはニヤニヤと笑みを浮かべる。
「頑張りま~す……」
アリスは強烈な緊張感に襲われた。
「はは、まー気楽にやりな。いつものように歌えば大丈夫だよ。それに今回はティナやナナちゃんも見に来るみたいだからね」
「そうなんですか! ナナさんも来てくれるんだ。頑張ります!」
「ティナが言ってたけど、ナナちゃんもそろそろ歌姫デビューさせるつもりみたいだからね。格好いいとこ見せてやりな」
「ナナさんもデビューですか! 楽しみです!」
「アリスとナナちゃんだったら良いライバルになるね。私とティナが引退したら、次の世代は二人が引き継ぐんだよ!」
「そんな! リリーさんやティナさんが引退なんて嫌です!」
「引退したらだよ。あと百年は引退しないからね」
冗談を交え話す二人は笑顔であった。
そんな二人を、ロランとレオは離れた場所で優しく見つめる。
「アリスとは上手くいっているみたいだな」
「はいっ! 俺にはアリスしかいませんから……」
「アリスしかいないか……師匠に向かって良くいえるな」
軽はずみな発言に、ロランは横目で鋭く睨み付ける。
「そんなつもりじゃないですよ!」
レオは慌てて首を横に振った。
「ふっ、分かっている。からかっただけだ」
「頼みますよ~」
ロランはレオの頭を軽く叩いて笑いを飛ばす。
レオは暫くアリスを見つめ続けていた。
(俺に家族なんていらない……アリスだけ居てくれればそれだけで……)




