第23話 信念
カイトとクロエの修行が始まって、二ヶ月の月日が流れた。
「ただいま~」
朝早くから修行は始まり、夕方になるとカイトは毎日のように傷だらけで帰ってくる。
「おかえり、カイト。相変わらず傷だらけだね」
ボロボロのカイトを見て初めは心配していたナナであったが、今ではそれも日常となり、その姿に笑みをこぼすようになっていた。
「クロエさんほんと手加減ないからな~」
カイトが床に倒れこむと、ドシンっと大きな音が響く。
それが合図のようにティナが奥の部屋から現れると、口に手を当てながら失笑する。
「何いってるの。クロエが本当に手加減してなかったら、とっくにカイト君死んでるわよ」
「分かっていますよティナさ~ん」
ティナが癒の歌を歌い、カイトの傷が治っていく。
ここまでの流れが一つのルーティーンとなっていた。
「いつもありがとうございます。ティナさんの歌がなかったら、こんなハードな修行毎日こなせていないですよ」
「カイト君一人の怪我を治すくらい朝飯前よ。それよりクロエは一緒じゃないの?」
「クロエさんはいつものことで。酒でも飲んでテキトーに帰るって」
「本当にあの人ったら……」
椅子に座って項垂れると、カイトはそのまま愚痴を漏らす。
「それにしても。実際に組手していると分かるんですけど、クロエさんの戦いの才能って、やっぱぶっ飛んでいますよね」
ティナがカイトの愚痴に対し、敏感に反応を示した。
「そう思う?」
「だって、普段酒飲んでぐーたらしているだけなのにあの強さを維持しているんですよ? ロランさんですら鍛錬は怠らないって聞くのに、クロエさんは異常ですよ~。俺もあんな才能を持って産まれたかった~」
カイトの軽率な言葉に、ティナは少し不満そうであった。
「……そうなのかな。私はクロエのことを昔から知っているからそうは思わないけど」
「そうなんですか? どっちにしろクロエさんみたいな人には勝てる気がしないですよ」
「そんないじけてないで今日はもう休みなさい。明日も修行でしょ?」
「はーい」
その日、カイトはそのまま部屋に戻っていった。
その夜。
皆が寝静まった頃、扉が開くような物音に気づいてカイトは目を覚ます。
(こんな時間に何だ?)
部屋から外を見ると、修行場所である森の方に歩くティナの姿が見える。
(ティナさん? こんな時間になんで森なんかに……)
気になったカイトは、無意識にティナの後をつけていた。
修行場である森から、こんな夜中だというのに鋭い創遏が漂っている。
その正体は、一人で汗だくになりながら創遏を練り上げるクロエによるものであった。
「クロエ、相変わらずこんな時間まで無理して……」
ティナがクロエに話しかけると、彼は瞼を閉じて集中したまま言葉を返す。
「どうしたティナ? 見に来るなんて珍しいな」
「何で皆が見ていないところでそこまで努力するの?」
「俺は弐王だからな。世間からは英雄みたいなもんだ。英雄ってのはな、どんな時でも強くあらなくちゃいけない……誰よりもな」
ティナが持ってきたタオルで汗を拭き取ると、クロエは笑みをうかべながら話を続けた。
「笑っちまうよな。俺みたいなのが立派になったもんだ」
「クロエはずっと努力してきた。私は影でどれだけ苦労してきたか知ってるよ」
「どれだけ努力しても俺の罪は消えない。それに俺も歳をとった。若い奴より努力しなければ、俺に憧れている奴らに申し訳ないからな。それに……努力しているところなんて見られたらかっこ悪いだろ?」
ティナの心配をよそに、クロエは無邪気に笑ってみせる。
「バカっ! 私はクロエが無理をしているのが辛いの。でも、クロエが昔からどれだけ努力してきたか分かっているから、何もいえない」
ティナが涙を流すと、クロエはティナを優しく抱き寄せた。
「ありがとな。俺は、ティナが分かってくれているだけで十分だよ……」
カイトは、二人の会話を木の陰から聞いていた。
(俺は馬鹿だ……クロエさんが努力してないって? いったい何を見てきたんだ。いつも朝帰ってきているのは、夜に一人で修行していたんだ……)
自分に腹が立ち、カイトは強く拳を握り混んだ。
──次の日の朝。
「おはようございます!」
いつもよりずいぶんと早くカイトが起きてくる。
「カイト君おはよう! 今日は早いね。ナナちゃんはまだ寝てるし、朝ご飯もまだできてないよ?」
ティナが一人、朝ご飯の準備をしていた。
「俺も手伝います!」
「どうしたの急に?」
「何か体がウズウズしちゃって。早くご飯すまして、クロエさんが準備できるまでに一人で体でも動かそうかと思って」
「そんな急に張り切ると体がもたないわよ?」
「大丈夫です! 何か頑張りたいんです!」
昨日の出来事を見たとは言えず、カイトは適当にとぼけて返した。
「まったく、無理しないようにね」
「はい!」
カイトが準備を終わらせ、一人森に向かった少し後にクロエが帰ってくる。
「うぃー、あ~眠て~」
「おはよ、クロエ」
「あれ? カイトとナナは?」
「ナナちゃんは昨日、歌の練習を頑張り過ぎちゃってまだ寝てる。カイト君は何だかやる気満々だったわよ」
ティナは先程の出来事を笑いながら話す。
「たく、しゃーねーな……」
それを聞いたクロエは、嬉しそうに笑った。
「俺もちゃっと準備して行ってくるわ」
「うん、頑張ってね」
カイトは森で一人素振りをしながら考え込んでいた。
(それにしても何で……)
「雑念が混ざっているな」
迷いの見える太刀筋に、やって来たクロエが後ろから声をかけた。
「……クロエさん」
カイトは振り返りクロエを見つめる。
その目は、悩みに淀んでいた。
「どうした?」
「クロエさんは何故強さを求めるのですか? ティナさんのためですか?」
腕を組み、クロエは少し考えながら首を傾げる。
「ん~、逆に聞いていいか?」
「……はい」
「お前は何のために戦う?」
「俺は……大切な人を、ナナを守りたいから!」
「大切な人を守りたいか。なぁカイト、お前はこれからルーインの魔獣、そして人間を殺すこともあるだろう」
クロエの言葉にカイトは神妙な面持ちになった。
人を殺す。
カイト自身あまり気にしたことはなかったが、戦場ではそれを当たり前にこなさなければならない。
「お前が殺す相手にも、それぞれ大切な人や愛する者がいるだろう。それでも躊躇なく殺すことができるか?」
言い返す言葉が見つからない。
そんなカイトの情弱を狙うように、クロエは鋭い眼差しで質問を続けた。
「ナナの障害になる者だったら、赤ん坊だろうがナナの目の前で殺すことができるか?」
「……それは」
「それが出来なければ、ナナはいずれ死ぬぞ」
「!?」
ナナが死ぬなんてことを想像したことはないだろう。
それは絶対に起こりえないと勝手に妄想した、カイトの理想だ。
「いいかカイト、俺達は正義じゃない。相手によっては悪そのものだ。英雄ってのは、等しく邪悪でなければならない」
「……悪」
「全て分かった上で行動しろ。俺は悪に染まろうが、ティナを守り抜く」
クロエの言葉に、カイトは頭の中が真っ白になった。
(俺は一体どうしたいんだ。ナナを守りたい……けどそれはナナのためになるのか? 俺がナナのために無理や無謀なことをすれば、ナナの心を傷つけることになる時も……)
「もう一度聞くぞ。カイト、お前は何のために戦う?」
「……俺は」
瞼を閉じると、そこにいつも浮かぶのはナナの笑顔であった。
それを守りたい。
そんな気持ちは、ただの自己満足なのかもしれない。
だが、それでもカイトの信念は一つであった。
「俺は、初めから正義のつもりはない。ナナに嫌われ疎まれたとしてもナナのために戦う。ナナを愛しているから」
真剣な眼差しのカイトを見て、クロエは微笑んだ。
「全く……お前は本当、俺に良く似ている」
「俺は、クロエさんみたいに立派な人間じゃないですよ」
「まーなー! 俺ほど立派な人間はそーいないからな」
「なっ! 少し褒めたら調子に乗る!」
「さー修行を始めるぞ!」
「はいっ!」
(カイト、お前はまだまだ強くなる……)




