第21話 戦いの結末
まもなくレオとクロエの試合が始まろうとしていた。
闘技場中央でクロエと向かい合うレオは、始まりの鐘が鳴るのを待ちわびている。
「やっとクロエ兄と正式に試合ができる」
レオは高まる心臓の鼓動を抑えきれずにいた。
「試合になるかはお前次第だがな」
興奮するレオに反し、クロエは相変わらずの余裕である。
二人の相反する想いが今まさに真っ向からぶつかり合おうとしていた。
そして、ついに試合開始の鐘が鳴る。
「いくぞぉーー!!」
全快のレオが先手をとって斬りかかる。
しかし、振りかざされた剣をクロエは余裕で捌くと、退屈そうに欠伸をした。
「どうしたレオ? 王創は出さないのか?」
「出し惜しみしているわけじゃないけど、まずはクロエ兄にやる気を出してもらわないといけないからね」
レオが攻撃の手を強め、クロエに休む間を与えない。
攻撃を捌きながら、クロエはレオの成長を楽しんでいた。
(少し見ないうちに強くなったもんだ。カイトにレオ、それにラヴァルやシアンも。俺とロランが引退した後も安心だな)
「よしっ! レオの意気込みは良く分かった。俺もやる気出してやるよ」
そういうと、クロエは一瞬で体全体に黒い王創を纏う。
ロランのように派手な演出はないが、黒炎のように揺らめく光は、底知れぬ創遏を滾らせていた。
「そうこなくっちゃ!!」
それを見たレオもすぐさま黄色い王創を纏い、お互いに臨戦態勢に入る。
その様子を控室で眺めていたロランは、レオの楽しそうな顔を見て嬉しそうに笑みをうかべた。
(さぁレオ、思いっきりやってこい)
先にどちらが仕掛けるか。
そんな牽制ともいえるにらみ合いを数秒だけ続けると、意を決したレオが足に力を込めた。
「いくぞクロエ兄!」
レオが攻撃を仕掛けようとした──瞬間。
雷が落ちたような轟音と共に、闘技場上空に次元の裂け目が入り、大量の魔獣が姿を現した。
「なっ!?」
突然の出来事に、観客や選手達は空に目を奪われる。
「ルーインだぁぁーー!!」
一人の観客が騒いだのをきっかけに、会場は大パニックとなった。
瞬く間に騒ぎが大きくなり、会場の人々が我先にと逃げ惑う。
「みんな!!!! 落ち着くんだ!!!!」
あわてふためく会場に、物凄い声量の一声が響き渡る。
騒ぎを一瞬で鎮めたのは、エレリオであった。
「安心してくれ! この会場に張ってある結界はそんな柔なものではない。外に行く方が危険だ!」
エレリオの言葉に観客達は落ち着きを取り戻す。
「大会は中止する!! これより、各部隊に命ずる!! 五番隊は市民の安全を第一に行動しつつ結界の強化、及び負傷者がでた時の対処を。四番隊は五番隊をフォローしつつ、結界に近づく魔獣の排除。一番隊は更なる奇襲に備え臨戦態勢のまま待機。二、三番隊はセントレイス中央に現れた魔獣を全て排除せよ!!」
エレリオの咄嗟の指揮力を見て一番驚いていたのは、レオであった。
(……親父)
エレリオがクロエとロランに声をかける。
「お前達にも協力してほしいが、お前達に協力を要請する権限は私にはない。どうするかはお前達に任せる」
クロエはティナ達の方に目を配る。
ティナ達の所には、リリーと怪我の治療を終えたカイトも合流している。
ティナとリリーで更に強力な結界を張り、自分達で防衛態勢を整えていた。
「クロエ、こっちは大丈夫だから私達のことは気にしないで!」
周りを見渡し、魔獣以外に人型の幹部がいないことをクロエは確かめる。
「さて、どうしたものか」
考えるクロエにロランが話しかけた。
「クロエ、ルーインの奴らは俺が片付けてやる。お前はレオと楽しんでくれ」
「そうしようと思ったところだ」
それを聞いて喜ぶ反面、レオは不安そうに顔をゆがめる。
「本当にそっちに行かなくていいんですかロラン兄?」
「ああ、アリスのことも心配するな。お前はたっぷりクロエにしごかれてこい」
「っ! ありがとう、ロラン兄!」
「そういうことだ親父! 俺はレオと続きをやらせてもらう」
クロエの言葉にエレリオは頷いて答えた。
「レオ、クロエを殺すつもりでやってこい」
そう言い残し、ロランはその場を後にする。
「だとよ。さっき親父もいったが大会は中止になった。ということは、俺がこの指輪を外しても何の問題もないってことだ」
クロエは制約の指輪を外し、レオに意思表示した。
「この意味が分かるな?」
緊迫した空気に、レオは思わず生唾を飲み込んだ。
「……クロエ兄も、俺を殺す気でくるってことだろ」
気持ちが昂るのをレオは抑えきれないでいた。
「そうだ。だからお前は、自分の限界を越えるまで創遏を上げてかかってこい」
「限界を超えるまで?! そんなことしたら精神と体のバランスが崩壊して暴走するよ!」
「お前が暴走したくらい俺がなんとでもしてやる。こんな機会は滅多にないぞ、自分の全てを俺にぶつけてみろ!」
クロエの言葉にレオは覚悟を決める。
「流石クロエ兄だ。俺が暴走したら、後は任せたよ」
創遏を限界一杯まで上げると、体から王創が弾け出す。
それと同時に、レオの理性が飛びかけ、目は赤く血走っていく。
「いく……ぞ……クロエ兄……!」
次の瞬間、二人の剣が激しくぶつかり、衝撃波が闘技場に響き渡った。
一方、魔獣を迎撃する二番隊と三番隊。
そこにロランが合流する。
「エルマン! ルディ! 正面の大群は俺一人で排除する。そっちは左右に散った奴らを頼む!」
ロランの発言にルディが驚く。
「正面を一人でっ?! とんでもない数だよ!」
数千は越えているであろう魔獣の群れが、正面から次々と湧き出ていた。
「あんな雑魚ども、何千いようが何万いようが変わらんさ」
ロランが王創を纏い、剣を構える。
その凛と佇む姿は、まさに王の貫禄を纏っていた。
「ルディ、ここはロラン君に任せて我々は他にあたるぞ!」
エルマンがルディに指示を出す。
「全く。弐王ってのはどっちも無茶苦茶なんだから!」
そういって左右に展開するエルマンとルディ達。
「さて、少しは俺を楽しませろよ」
躊躇することなく、ロランは魔物の大群に突っ込んでいった。
その頃、闘技場ではレオとクロエの戦いが更に激しさを増していた。
レオはギリギリ理性を保ちながらクロエと剣を交わす。
「やるな~レオ。俺もここまで力を出すのは久しぶりだぞ」
今にも自分の創遏に飲み込まれそうなレオに反し、クロエは嬉しそうに戦っていた。
「く……そ……楽しそうに戦いやがって……こっちはとっくに限界だってのに……」
クロエに猛攻を振るうレオ。
エレリオはそんな二人の戦いを、遠目で眺めていた。
(レオ……自分の息子が知らぬ間にあんなに強くなって……本当にクロエとロランには感謝しかないな)
「傍にいてやれなくてゴメンな……レオ」
一人呟くエレリオであった。
「それにしても、おかしいな」
エレリオが異変に気づくと同時に、ロランも異変に気づく。
(……何かおかしいな)
既に殆どの魔獣を殲滅し終わっているロランが、エレリオに声をかける。
「親父! 気づいたか?!」
「ああ、セントレイス中心部に攻め込んでくるなんて今までになかったのに、敵の戦力が乏しすぎる。これほど大胆な奇襲を仕掛けておいて、幹部達が一人も襲撃にこないのはおかしい」
「俺もそう思ったところだ」
エレリオと話しながら、残った魔獣を一瞬で殲滅するロラン。
「これで終わりか? 呆気なさすぎる」
ロランとエレリオは不吉な予感を感じ取っていた。
魔獣を一掃すると同時に、レオに一撃を与え気絶させるクロエ。
「親父、こっちも終わったぞ」
ボロボロのレオをクロエは肩に担ぎ上げた。
「敵の増援もなさそうだな。ひとまず、隊長達とクロエ、ロランは司令室に集まってくれ」
エレリオが皆に召集をかける。
戦闘が落ち着き、カイトはティナと状況を伺っていた。
「いったい何がどうなっているのですか?」
「私も分からない。でも何か嫌な予感はするわね」
今回の奇襲で被害は出なかったものの、一同には大きな不安が残された。