第20話 内なる力
Bブロック 第三試合 カイトVSロラン
ロランがステージに現れると、観客席は本日一番の盛り上がりを見せる。
クロエとは違い、普段からグロースと共に最前線を戦うロランは、セントレイスで莫大な人気を誇っていた。
とてつもない声援が会場を飛び交っているが、ステージで対峙する本人達の耳には届かない。
客観的には分からない緊迫が、二人を包み込んでいた。
「ロランさん、宜しくお願いします」
「……」
カイトはロランに軽く挨拶するも、戦闘態勢に入ったロランは返事をしない。
控室ではまったく見せなかった、戦士としての面構え。
それは、世界最強の名に相応しい王者の風格。
(……ヤバい。控室でのロランさんとは、まるで別人だ)
カイトはロランの気迫に息を飲む。
圧倒的な強者のオーラは、対面しているだけでカイトの心を弱者に変えた。
(ダメだ。弱気になるな。気を引き締めろ……まず一太刀。それだけに集中するんだ……)
予測される全ての展開を頭に描き、カイトは一撃に全神経を集中させる。
(下手な小細工は絶対に通用しない。始まりの合図と同時に、全速全力で突撃だ……)
ロランを応援する叫びが観客席を支配する中、祈るようにナナは手を合わせていた。
「ロランかなりやる気ね。カイト君大丈夫かしら」
ティナの一言にナナは不安を隠せず、思わず合わせていた両手を強く握りしめ手汗を滲ませる。
(カイト、頑張って……)
遂に試合開始の鐘が鳴り響く。
(いくぞ!!)
鐘の音と同時にカイトは踏み込み、全速力でロランに向かった。
「あたれぇぇ!!」
カイトの全力を乗せた一撃がロランを捉える。
かと思われたが、カイトの一撃が当たりそうになった瞬間、ロランがいきなり制約の指輪ギリギリの力を解放する。
力の解放と同時に強烈な衝撃波が発生し、会場全体が唸りを上げて震えだす。
ロランの傍にいたカイトは衝撃波を真っ正面から受けると、そのまま遥か後方まで吹き飛ばされてしまった。
(クソッ、何て圧力だ!)
咄嗟に体勢を整えロランに目をやると、二メートルほどある巨大な大剣を作り出し、体は真っ白なオーラに包まれていた。
「いくぞカイト!!」
巨大な大剣を持っているにも関わらず、目にも映らない超速度で、一瞬のうちにカイトの目の前にロランが現れる。
「なっ!?」
ロランが大剣を振りかざし斬りかかると、カイトは無意識に剣を盾にする。
しかし、その防御をいともせず強烈な一撃は振り抜かれ、カイトの体は闘技場の壁に叩きつけられてしまった。
「ぐぁっ……」
ロランの一撃で意識が遠のいていくのが分かった。
「咄嗟に防御したのはいい判断だったな。というより、本能が咄嗟に防御したのか? まぁどちらにせよそれだけで戦いのセンスが窺える」
ロランはゆっくりと歩きながらカイトとの距離を詰める。
一歩一歩近づくにつれ、強大なオーラはカイトの体に重圧をかけていく。
それはクロエの放つ重圧と同等であり、簡単に人の意識を刈り取るものであった。
「……何が起きたんだ……体が動かない……目の前が……クラクラする」
視界が歪み、フラフラと足元がおぼつかない。
このまま倒れてしまいたい。
そんな怯弱な感覚がカイトに襲いかかってくる。
「これくらいでフラつくな!!」
見かねたロランは、カイトに向かい怒声をあげた。
(──!?)
ロランの声に意識がハッキリするカイト。
敗けを認めてしまいそうだった自分を叱咤し、すぐさま顔をあげる。
(危うく意識が飛んでしまうところだった。一撃でこの威力。これがクロエさんと同じ弐王、ロランさんの力……)
震える足で何とか体を支え、剣を構え直す。
満身創痍のカイトを見るや、ロランは指を差すように剣を突きつけた。
「カイト君、俺が見たいのは君の全力だ」
「……今がその全力なんですけど」
厳しい一言にカイトは戸惑いを見せる。
手を抜いた覚えは全くない。
これは、明らかな実力差だと目で訴えた。
「違うな。今までも何度かオーラを纏ったことがあるだろ?」
ロランの言葉に、赤いオーラを纏った時のことをカイトは思い出した。
「確かにありますが、それは無意識のうちにというか……」
「全神経を創遏に集中するんだ。君は既に自分の底力を体験している。自分が力を出した時のことを思いだせ」
(……力を発揮した時)
目を閉じ集中すると、ネルチアとの戦い、ラヴァルとの戦いが頭を過る。
(……俺の底力)
ゆっくりとカイトの体から光が溢れ、次第に赤いオーラが纏わりだす。
それを見て、ロランは微笑んでみせた。
「そうだ、それだ」
自分から力が溢れ出てくるのをカイトは感じとる。
「これが……俺の力」
「集中を途切らすなよ。そのオーラは、自分の内にある活遏を限界まで増幅し、極限に洗練させた時に発生するエネルギー」
(これが……俺の内にある力)
「体から溢れ出るエネルギー、このオーラを王創と呼ぶ」
「王創ですか?」
「そうだ。王創を出せる者は、例外なく戦いの才能に満ち溢れた者。そして王創の色は自分の内なる力を表した色だ」
「この赤色が俺の力の色」
「赤色には燃え上がる闘志、諦めない心が表されている。全神経を自分の思考と同調させるんだ、自分の中にある赤く燃え上がる闘志をもっと意識しろ。王創を上手く引き出せれば、更なる高みを目指せるだろう」
カイトは再び目を閉じ集中する。
(……自分を信じろ……俺はまだまだ強くなれる)
集中すると、纏わりつく王創が激しさを増していくのが分かった。
その激しさに呼応するように力が漲ってくる。
「いきます!」
目を見開くと同時に、カイトは超速度でロランの背後をとる。
赤い王創を剣に纏わせ、深紅の刃でロランに斬りかかる。
しかし、カイトの一撃をいとも簡単にロランは弾き返した。
「まだまだ王創を全然使いこなせてないぞ! そんな攻撃では俺に当てることなんてできん!」
ロランは剣を強く振り、剣圧だけでカイトを吹き飛ばす。
だが、完全に戦いに集中しているカイトは直ぐに体勢を整えると、再びロランに駆け寄った。
(集中……集中……集中!!)
二人の距離が最接近した時、今までで最高の一撃がロランを捉える。
しかし、カイトの最高の一撃をロランは片手で受け止めてみせた。
「なかなか良い一撃だ」
ロランがカイトの腹部に剣の柄を激突させる。
同時にカイトから放たれていた王創が消え、その場に倒れ込み意識を失いかけてしまった。
「ぐぅ……く、そぉ……参り……ました……」
カイトの降参に試合が終わりを告げる。
「勝者、ロラン!」
ロラン勝利のアナウンスが入る。
アナウンスと同時に歓声が上がり会場が盛り上がる。
その歓声には、始まった時にはなかったカイトを讃えるものも混ざっていた。
ロランはカイトの一撃を受け止めた右手を見つめる。
その手は無傷であるものの、微かに震えていた。
(攻撃を受け止めた時、一瞬だが俺が恐怖を感じた……)
その手を倒れるカイトに向かい差し伸べる。
「すみませんロランさん」
カイトは自力で立ち上がれず、素直にロランの手を借りた。
(……カイト=ランパード)
「楽しい試合だった。もっと強くなったらまたやろうじゃないか」
「こちらこそ、またお願いします!」
医療班が駆け寄り、カイトは担架に乗せられ医療センターまで運ばれる。
(流石はランパードといったところか。これからクロエが修行をつけたらと思うと……次は俺も真剣にやらないといけないかもな)
カイトが運ばれたのを見送り、控室に戻るロラン。
「よう、カイトはどうだった?」
にやつきながらロランに話しかけたのは、クロエであった。
「聞くまでもないだろ。この先どう成長するかは、お前とティナ次第だ。ティナに任せっきりにするなら俺が面倒を見るぞ?」
「言われなくても分かっているよ。カイトはこの大会だけでも飛躍的に成長した。ティナの見立ては間違ってなかったな。今回はなかなか頑張ったし、これからは俺も修行に付き合ってやるつもりだよ」
「ははは、期待してるぞ」
クロエの言葉を聞き、笑いながら去っていくロラン。
ロランが椅子に座ると今度はレオが笑顔で寄ってきた。
「ロラン兄、カイトはどうだった? なかなかやるでしょ?」
「なかなか良い筋をしていた。油断していると追い抜かれるぞレオ」
「油断なんかしないよ!」
(ロラン兄は滅多に人を褒めない。カイトの奴やりやがる!)
カイトの活躍に一層やる気を出し、クロエの前に立つレオ。
「次は俺が挑戦する番だ! クロエ兄、ギタギタにしてやるよ!」
「はっ、笑えるわ~。どうぞギタギタにしてくださいな」
やる気満々のレオに対し、クロエは冗談を言いながら笑って返した。
準々決勝 レオVSクロエ