第16話 上に立つ者の心
ラヴァルは剣をおろすと、カイトに率直な質問をする。
「お前には中々な素質がありそうだ。クロエなんかの所にいないで、俺の部下にならないか?」
突然の勧誘に、カイトは戸惑いを隠せなかった。
「な、なにを急に……」
「俺はこの世界を守るために力と権力を手に入れた。そしてお前のような素質のある人材は、俺の元に集い、この世界を守るために人生を全うする義務がある」
ラヴァルは自信満々で両手を広げると、半ば強引な勧誘を始めた。
そのあまりにも一方的な思考に、カイトは慌てて反対の意を示す。
「なにを勝手なことをいっているのですか! 俺は世界を守るなんて大きい思想は持っていません!」
「何故だ? お前はこの世界がルーインに飲み込まれ滅んでも良いというのか!」
「ちょっと待って下さいよ! 話が極端過ぎませんか?! 俺は自分の身近な人を守りたいだけです!」
ラヴァルは意見が噛み合わないことに青筋を立てると、思いっきりカイトを蹴り飛ばした。
「がぁ……」
不意打ちともいえるラヴァルの攻撃に、カイトは蹴られた腹を押さえ膝を突く。
なにが彼の爆弾に触れたのか、ラヴァルが高圧的な態度に急変すると、カイトに向かって剣を突きつける。
「お前のような自分勝手な思考の奴がいるから、この世界はルーインに狙われるのだ。力を持っている者が世界のために戦わずしてどうする! この世界にはルーインを恨み憎むも、力が無く何もできず泣き崩れる者は大勢いる。力ある者がその者に代わり戦わずしてどうするのだ!」
己の正義を振りかざすラヴァルの言葉を、全て理解できないわけではなかった。
剣を支えにして立ち上がったカイトは、ラヴァルに自分の思いを口にする。
「あなたの言いたいことは分かります。俺も昔、ルーインの襲撃で家族や友人、村の皆を亡くしました。そんな辛いこと、他の人にはあってほしくない」
「ならば何故その身で世界のために尽くさない!」
「俺には世界を守るどころか、自分の大切な人を守るだけで精一杯です!」
カイトの思いを、ラヴァルは鼻で笑った。
「精一杯だと? 自分の大切なものを捨てなければ、他人の大切なものを守ることなどできはしない。俺は第六戦争の時、この世界を守るために自分の家族、愛した女性を囮にした。お前は大切なものを失う覚悟もなく戦場に立とうというのか?」
ラヴァルの悪魔的とも言える回答に、カイトは怒りが迸る。
「家族や愛する人を……囮にしたのですか?」
「そうだ。世界を守るため、俺の故郷を囮にして敵を誘い出し、敵の幹部どもを八つ裂きにした」
「なんでそんなことを!! あなたには感情がないのですか?!」
「辛いに決まっている!! だが……戦争に勝つため、この世界を守るための犠牲だ!」
ラヴァルの信じがたい発言に、カイトは溢れる怒りを抑えきれず斬りかかった。
「あなたは間違っている!!」
カイトの剣を軽く捌きながら、ラヴァルはカイトと会話を続けた。
「自分の周りの人達も守れないのに、世界を守って何の意味があるのですか!」
「ふん、クロエと同じようなことをいいおって! 強大な力があるのにティナのためにしか使わない。あいつ程の力があれば、どれだけの人間を守ることができるか! だから俺はクロエの力を認めない! 力ある者が自分を犠牲にせず、如何に世界を守ることができよう!」
ラヴァルがカイトに向かい連撃を放つ。
連撃を正面からもろに受けたカイトは、胸から大量に出血し思わず体がよろめいてしまった。
「ぐ……」
倒れそうな体を必死に剣で支えるも、出血によって意識は揺らぎ、胸部は真っ赤に染まる。
「お前もその程度の覚悟ならば戦場に立つな。そんな覚悟では何も守ることなどできはしない」
ラヴァルは躊躇することなくカイトに止めを刺しにかかった。
「……ふざけるなよ」
「なに……?」
「何が覚悟だ……自分に言い訳をするな。何かを捨てて何かを守る、そんなのは間違っている」
「犠牲を恐れていては何も守れはしない。人間は全てを守ることなどできはしない!」
怒りをきっかけに、カイトの創遏が徐々に大きくなる。
心の底から煮えたぎる闘志が、活力となって身体中に力を与えた。
「俺はナナを守る。だけど、そのために他の何かを捨てたりはしない。それはナナが一番嫌がることだ」
「減らず口を。口先だけでは何一つ守ることなどできんぞ!」
「うるさい!!」
大きく膨れ上がった創遏は、赤いオーラに変わりカイトの体に纏わりだす。
「口先だけですら守るって言えなくて、何が守れるっていうんだ!!」
カイトが顔を上げて叫ぶと、それをきっかけに体から凄まじい量の創遏が弾け出し、周囲の空気が震え上がる。
「この力は……」
その気迫にラヴァルは圧倒された。
「俺が守るって決めたら絶対に守ってみせる! 口先だけでも守ると誓えなかったら、ナナの笑顔を失ってしまう。そんなのは……もう嫌なんだ!!」
体に纏った赤い創遏を剣にのせ、ラヴァルに向かって斬撃を飛ばす。
カイトの一撃に対し、ラヴァルは咄嗟に自らの剣を盾のようにして防ごうとするも、体ごと斬撃に吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。
よろめいたラヴァルを見てカイトは追い討ちをかけようとするも、力を使い果たし倒れこんでしまった。
カイトを見ていると、自らの過去が頭を過る。
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「敵の戦力が分散していて対処しきれない! 俺の故郷に敵の部隊を誘い出す。ある程度誘い出したら村ごと全て焼き払うぞエルマン!」
「正気か!? 家族を、村の人々を犠牲にするのか! それに、村にはシンシアもいるのだろ?!」
「そんなことは分かっている!! だが戦況を打開するためには奇策が必要だ! 少ない犠牲で多くを救えるのだ、やるぞ!」
ラヴァルの故郷に誘導される魔獣達。
魔獣は次々と村の人々を殺していく。
魔獣達が住民に気を取られている隙に周りを囲い、グロースは一斉攻撃を始めた。
爆炎が魔獣を焼き殺し、同時に人々も焼け死んでいく。
その業火の中、一人の女性はずっとラヴァルの名を呼び続けていた。
魔獣を一掃すると、朽ち果てた村を確認するようにラヴァルは一人歩いていた。
(世界を守るための……犠牲)
自分が何をしたか、そんなことは誰よりも分かっていた。
だからこそ涙は流さない、非情を通すと決めていた。
だが、ボロボロに引き裂かれ焼け焦げた女性の遺体を見つけると、無意識に涙がこぼれ落ちる。
(謝ることはしない……これは、世界を守るための……犠牲)
ラヴァルは涙を流しながら、愛するシンシアの遺体を抱き締めた。
(俺は、グロース一番隊 隊長。俺は、世界を守るために……)
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「口先だけでも守るか。隊長になって俺は変わってしまったんだな。そんな小さな目標、すっかり忘れてしまっていたよ」
倒れたカイトの隣にラヴァルは立ち、手を差し伸べた。
「カイト=ランパード……お前のその思いで、世界が守れると証明してみろ。今回は俺の負けだ、参ったよ……」
優勝候補でもあるラヴァルの降参宣言で、一気に歓声があがる。
「勝者、カイト=ランパード!!」
歓声は瞬く間にカイトコールへと変わり、壮大な拍手が会場を支配した。
「俺が……勝ったのか?」
倒れながらもカイトの意識はハッキリしていた。
倒れたカイトを起こし、ラヴァルが会場を後にする。
「カイトのやつ勝ちやがった!」
レオも控室で戦いを見て興奮していた。
「カイト君の勝ちだって! やったねナナさん!」
同じく、観客席でアリスも手を上げて喜んでいた。
「カイト……傷が……」
しかしナナだけは、カイトが勝ったことよりも怪我を心配していた。
「大丈夫だよナナさん、大会の怪我は直ぐに医療センターで治療してもらえるから。ここの医療センターは、ティナさんの力を使って作られた最高峰の医療設備だから、次の試合までに怪我はしっかり治るよ!」
「そうね。私が全盛期の時に全力の歌を込めて作ったメディックマシーンがあるから、あれくらいの傷なら直ぐに完治するわ」
「そうなんですか。良かった……」
「それにしてもカイト君。私との修行ではあそこまでの力を見せなかったけど、怒りで潜在能力の一部を引き出したみたいね」
ロランは力を分析するように、カイトの戦い方を見つめていた。
「ラヴァルに敗けを認めさせるとは、優秀な弟子じゃないかクロエ」
相変わらずクロエはアイマスクをしたまま玉座に寝転がっていた。
「だから、俺の弟子じゃないっつーの」
興味なさそうな素振りを見せながらも、クロエの口元は少しにやけていた。
「彼らをクロエ達に預けて正解みたいだったな。これからも頼むぞ」
エレリオがクロエに話しかける。
「だから俺はなにもしてねーての! まぁ、この大会で成果を出したら俺が直接面倒をみてやってもいいけどな」
「カイト=ランパードか。俺と戦うまで勝ち上がって来いよ」
ロランはカイトに興味津々であった。
そして、トーナメント第一戦が全て終わる。




