第15話 リストレア闘技大会 開幕
──抽選会が行われた翌日。
ドーム型の闘技場には数万人の観客が集まり、その中央部にあるステージで試合が行われる。
観客席の最上層部には特別席が設けられており、そこには三つの玉座が設置されていた。
中央の玉座にはグロース最高司令官であるエレリオが、その両隣には弐王のクロエとロランが座っている。
エレリオとロランが凛とした顔つきで堂々と背を伸ばしているのに対し、クロエは玉座で体を崩しながら、アイマスクまでして呑気に昼寝をしていた。
「おい、起きろクロエ!」
ロランが起こそうとするが、クロエはそれを無視して昼寝を続ける。
体からは酒の匂いが漂い、遅くまで飲んでいたのは誰が見ても分かった。
「まぁ寝かしておいてやれロラン。クロエは参加しただけで上出来だ」
「たく、親父が甘やかすからこんな怠け者になるんだぞ」
「はっはっは、そういうな。それよりも、今日はリリーが大会を盛り上げるために歌ってくれることになったな」
「リリーの歌は鼓傑の歌だからな。みんな最大限の力で試合ができるだろう」
闘技場は、選手達の入場するゲートから中央にあるステージまで、向かい合うように花道がのびている。
その片方の袖で、リリーは歌の準備に入っていた。
そこへティナとナナがやってくる。
「リリー、準備はバッチリ?」
「ティナ、誰に聞いてるんだい? これくらいのコンサート朝飯前さ」
「流石だね。そういえばリリーに紹介したい子がいるの」
「は、初めまして! ナナ=ルールラです!」
ナナは憧れの人を前に、緊張でガチガチに固まっていた。
「こんにちは。この子がティナの言っていた教え子だね?」
「あ~……本物のリリーさんだぁ。近くで見るとホントに美しい~」
金色の長髪はポニーテールのように束ねられ、女性にしては少し長身の背丈に引き締まったウエスト。
整った顔立ちに、男たちを魅了する大きく膨らんだ胸元。
ティナとはまた違う、男気と色気が混ざったような大人な風格に、ナナは思わず見惚れていた。
「はは、変わった子だ。アリスとも仲良くやってくれてるみたいだね。ありがとう」
「いえいえ、そんな。こちらこそ仲良くしてもらってます!」
「ティナから聞いているけど、なかなかセンスがあるんだって? 今度私にも歌を聞かせてよ」
「は、は、はいっ! 私なんかの歌で良ければ喜んで!」
「可愛い子だね、約束だよ」
「あわわ、リリーさんと約束しちゃった……」
憧れのリリーと話をし、ナナは昇天寸前であった。
「それじゃあそろそろ出番だから、またね」
「頑張ってねリリー!」
リリーを見送ると、ティナは上層部を指差して歩き始める。
「それじゃあ私たちも観覧席に行こうか」
ナナはティナの後ろをついて歩くが、キョロキョロとどこか不安そうに辺りを見渡していた。
「ほ、本当に私なんかが上層部の特別個室で観戦してもいいのですか?」
「もちろん! ナナちゃんは私の教え子だしね。本当は私も一般席の前の方で観戦したいんだけど、私が一般席に行くとどうしても騒ぎになっちゃうからね」
「ふふ。流石にティナさんが一般席にいたら大騒ぎですね」
ナナ達は特別室に到着すると、アリスが先に部屋で待っていた。
三人はステージが見下ろせるように設置された観覧席に腰かける。
それと同時にリリーのコンサートが始まった。
リリーの力強い鼓傑の歌は、聞く人々の体に高揚感を纏わせる。
その歌声は観客のボルテージを最高潮に引き上げると同時に、選手達の潜在能力を限界まで引き上げた。
「やっぱりリリーさんの歌声は凄いです。体中から力が湧き出る感じです!」
ナナはリリーの歌声に聞き惚れていた。
一曲を歌いきると、リリーが開幕の声をあげる。
大歓声と盛大な拍手が鳴りやむと、そのまま戦いが始まった。
試合はAブロックから開始。
レオは対戦相手を圧倒し、危なげなく一回戦を突破する。
「やったねアリスちゃん! レオ君はやっぱり強いな~」
レオの勝利に盛り上がるナナとアリス。
「ありがとうございます! 今回は初めての参加で、クロエさんを倒すんだーって凄い意気込みでしたから」
玉座で昼寝をしていたクロエがアイマスクを少し上げ、レオを見て微笑む。
「おいロラン、レオの奴なかなか頑張ってるみたいだな」
「俺が修行しているんだ、強くなってもらわなければ困る。クロエのことを倒すと意気込んでいたからな、足元すくわれるなよ」
「はっ、笑わせてくれるぜ」
二人の会話をエレリオは気まずそうに聞いていた。
「ロラン、いつもすまないな」
「今更なにをいっているんだよ親父。すまないと思うなら、たまにはレオと一緒に飯でも食ってやりな」
「ああ、その通りだな……」
その頃、カイトは控室で途轍もなく緊張していた。
(レオの奴、一回戦は無事に突破したみたいだな)
ラヴァルの方をチラッと見るカイト。
見れば見るほど、緊張で体が固くなっていくのが分かる。
(ラヴァル=リンガット……無茶苦茶強そうだ。俺はどこまでやれるんだ)
試合は次々と進み、カイトがいるFブロックの試合が遂に始まろうとしている。
ステージに登場したカイトを、ナナは観覧席から手を合わせて見つめていた。
(カイト、頑張って……)
ロランがカイトの試合を見ようと席を立つ。
「そんなマジマジ見たってたいしたこと起きないぞ」
クロエは相変わらずアイマスクをしたままだらけ、やる気のなさそうに天を見上げていた。
「お前の教え子なんだろ? 気になるさ。相手がラヴァルじゃ、何もできないかもしれないが」
「俺じゃなくてティナの教え子だ。まぁ……カイトが吹っ切れたら、少しは見応えのある試合になるかもしれないけどな」
カイトとラヴァルが向かい合う。
控え室では緊張で震えが止まらなかったが、いざステージ立つとその緊張は程よい興奮へと変化した。
(よし、やるぞー!)
試合開始の合図と共に、カイトは剣を構える。
しかし、開始の合図があったのにラヴァルは棒立ちで剣すら構えていなかった。
(棒立ちか、舐められてるな。だけど油断しているならこっちからいくぞ!)
棒立ちのラヴァルに向かってカイトは駆け込み、躊躇なく剣を振りかざす。
(ほう、クロエ達といるだけあって戦いの心得はしっかりしているようだな)
ラヴァルは振りかざされた剣を難なく躱してみせた。
しかし、ためらわずそのまま連撃へと繋ぐカイト。
(攻撃が躱されるのは想定内。もっと素早く、ティナさんとの修行を思い出せ)
カイトの猛攻に、余裕で躱していたラヴァルの表情が少しずつ真剣になっていく。
(こいつ、想像以上にやるな……)
「まだまだ、もっと速く!! 当たれぇー!!」
カイトの剣がラヴァルを捉えそうになった時、ラヴァルが剣を作り出しカイトの攻撃を弾き落とす。
思いもよらぬカイトの奮闘に、観客達からもどよめきの声があがっていた。
「カイトといったな。なかなかやるじゃないか、正直舐めていたよ」
「ありがとうございます。でも、まだまだこんなものじゃないですよ!」
(やった! ティナさんとの修行の成果がでているぞ!)
「いきます!」
ラヴァルに剣を弾かれながらも、カイトは攻撃の手を緩めない。
剣に創遏を集中させると、斬撃が光の刃となって大気を駆ける。
「くらえー!!」
無数の斬撃を飛ばし、斬撃と共に自分自身も神速で地を蹴りあげる。
ラヴァルが斬撃を全て弾いたと同時に斬りかかり、切先がラヴァルの頬にかすり傷を与えた。
「やるじゃないか。そろそろ俺も攻撃させてもらうぞ」
ラヴァルが目の前に数多の魔法陣を作り出す。
その全ての魔法陣に法遏を込めると、そこからとてつもない勢いで光の槍がカイトに向かって飛んでいく。
(なんて数の法遏だ! 捌くだけで手一杯だぞ!)
必死に抵抗するカイトは、何とか全ての槍を叩き落とすことに成功。
一息つけるかと思ったが、次の瞬間、ラヴァルの気配を背後に感じた。
「くそ、まだだ!!」
ラヴァルの剣先がカイトの背中を斬り裂こうと牙を向ける。
咄嗟に反応したカイトは、後ろへ振り返ると同時に剣を盾にした。
「これを受けきるか! 面白い奴だ!」
「はぁ、はぁ……守るだけで体力をもっていかれる」
「カイト、お前に聞きたいことがある」
ラヴァルは剣を止めると、突然カイトに質問を始めた。




