第53話 英雄達が眠る先へ
部屋を出て展望台の先端まで歩くと、集まった人々の視線がカイト達に集中した。
そこで待っていたものは、非情な現実。
歓声など一切起きず、まるで仇を睨むような冷たい視線が容赦なく向けられる。
そのおぞましい負の感情を身にうけると、カイトは少し汗を垂らして生唾をのんだ。
「セントレイスの皆、今日はグロースに集まってもらい感謝する。先の戦い、神々の襲撃によりセントレイスには甚大な被害がでてしまった。まずその事実を深く詫びたい。申し訳なかった」
ロドルフが先頭に立ち演説を始めた。
初めにお決まりのような感謝と謝罪を声にしたが、それは火に油を注ぐこととなる。
開始そうそう、民衆の不信感は罵声となって飛び交ったのだ。
「なにが申し訳ないだ!! グロースはセントレイスの防衛機関だろ!!」
「そうよ! 私たちは今までずっとグロースに資金援助をしてきたわ!」
「守るのが当たり前だろ! キルネが攻めてきた時は我慢したが、こうも立て続けに街を破壊されるなら、グロースなんていらない!!」
セントレイスの人々は想像以上に荒れていた。
頭を下げるロドルフに向かい、罵声と共に石や瓦礫が投げられる。
それに痺れを切らしたシアンは、傷だらけの体を無理やり動かしてロドルフの横に立った。
「待てよ! 街に甚大な被害がでてしまったことは確かに俺達の力不足だ。だが根本的なことを履き違えるなよ! 街を破壊したのはグロースじゃない、攻め込んできた悪意じゃないか!! だいたい俺達だって大勢の仲間が……」
「シアン!! やめるんだ!!」
シアンの高圧的な言葉をロドルフが静止する。
想いの行き違う演説会場は、最悪の空気に包まれていく。
カイトは予想外の展開に唖然としていたが、何とかしなければといった使命感で先頭に立った。
「皆さん、落ち着いてください! 今はお互いにいがみ合っている時ではないはずです。神の襲撃が終わったとはいえ、ルーインやそれ以外の組織から狙われなくなったわけではありません! こんな時だからこそ、皆で……」
カイトは手を広げ、必死に自分の想いを口にする。
すると、一人の男性がカイトの言葉を止めるように質問をした。
「君は敵の首謀者を倒した。君がこの争いを止めたのか?」
「……そうです。俺が神々の頂点であった大聖官ステラを殺し、神との争いを終わらせました」
演説が荒れることはロランの予想通りであった。
ここからが大切である。
戦いを終わらせた英雄として、カイトがその役目を果たせるか。
演説の成功はそこに懸かっていた。
「ステラを殺すことにより、神々は……」
「もう一度質問する」
カイトが演説を始めようとした時、先程の男性が再び口を挟んだ。
「君は敵の首謀者を確かに殺した。だが俺は見ていたぞ。お前は敵の首謀者を殺した時、涙を流していたな? しかもその両目を不気味なほど赤く染めてだ!! 何故あの時に涙を流した?!」
「──?!」
まさかの質問に、カイトは口が開いたまま呆然としてしまう。
ロランを含むその場の誰もが、その質問は予想していなかった。
「君は何者なんだ? 噂によれば、神の遺志を継ぐとも聞くぞ! 君も敵ではないのか!」
カイトの顔色はみるみる青ざめていく。
ナナが咄嗟に駆け寄りカイトの体を支えるが、それによりますます事態は悪化する。
「あの娘は敵の首謀者に体を乗っ取られていた娘だ!! 本当にステラは死んだのか? 本当はまだ神が生きていて、俺達を滅ぼそうとしているんじゃないか?!」
希望の光。
カイトは自分の考えが如何に甘かった思い知る。
街の人々は、悠然とした正義の言葉を聞きたいのではなかった。
悲しみの捌け口、怒りの矛先。
絶望する自分達が正常でありたいため、その対象を探していたのだ。
なりやまない罵声に、ロランとロドルフはこれ以上の演説は無理だと判断する。
立ち尽くすカイトとナナを連れ戻そうと手を引いた時、展望台と繋がる部屋の扉が勢いよく開いた。
一人の女性がコツコツと足音をたて、展望台に姿を見せる。
その姿を見た者は皆、口を開けて驚いていた。
「なっ……ティナ……さん?!」
展望台を歩いてきたのは、美しく象徴的であった長い銀髪をバッサリと切ったティナであった。
ナイフのようなもので無理矢理切ったのか、不揃いな毛先は不器用に肩を撫でる。
そのまま先端に立つと、堂々と民衆に胸を張った。
(大きな力と同時に信頼と親しみも持つ。確かに適任ではあるが……それを意味するのは。それが、ティナの決めた道なのか)
ロランはその力強い横顔を、ただ悲しげに見つめることしかできなかった。
「私は……この戦いでクロエを失いました。私はセントレイスが滅んでしまうことよりも、きっとクロエが死んでしまうことのほうが避けたかった。皆さんも知っての通り、クロエは自由気ままでいつも私のことしか見ていなかった。それなのに……彼の最後は、世界を見ていました」
ティナが急に語り始めた話は、セントレイスを否定するものであった。
しかし、民衆はその言葉に静まり返る。
知っているからだ。
弍姫ティナ=ファミリアが絶対的に愛した存在、弍王クロエ=エルファーナがセントレイスを守るために自らを犠牲にしたことを。
「私は誰よりもクロエに生きてほしかった……それが叶うなら、街の安全なんて望まなかった。でも、クロエは誰よりも皆を、セントレイスを救うことを選びました。私は、そんな彼を英雄と称します。皆さんにはいませんか? 英雄と呼べる死者が」
何も街を救ったのはグロースだけではない。
戦いの中、いくつもの物語があった。
降り注ぐ瓦礫を体一つで防ぐ父。
燃え盛る炎から盾となり、焼け死んだ母。
父や母、兄弟を救うために血を流す子。
友や知人、数多の人々が今を生きる者のために死んでいった。
そしてその全てに物語が存在する。
「私は……私達はそんな英雄の死を超えていかねばなりません!! 彼らが眠るこの場に立ち止まることは簡単です。だけど、それでは彼らが安らかに眠ることはできない。私は、クロエに安らかに眠ってほしい。そのためには、皆で手を取り合わなければいけないの。お願いします……もう一度、私達に希望を託しては頂けないでしょうか!!」
決して長い言葉ではなかった。
しかし、ティナの想いは民衆に伝わっていた。
ティナが深く頭を下げると、静まり返っていた民衆の一部が小さな拍手をして敬意を示す。
その拍手は瞬く間に拡がり、気づけば大歓声が沸き起こる。
そして最後に告げた言葉は、その場の全ての人々に衝撃を与えた。
「最後に聞いて下さい!! 私は『弐姫』の称号返上と同時に、グロース最高司令官へ就任することをここに宣言します!!」
──クロエはいつだって私を守ってくれた。
どんなに危険でも、その命を私のために使ってくれた。
クロエは……その命を捨てて世界を守った。
私と過ごした世界を守るために、私から離れていった。
私には、何ができるのだろう。
その考えの先に思いついた答えは、これしかなかった。
私にできること。
私は……歌姫であることを捨てる。
これが私にしかできない選択。
クロエが守った世界、今度は私が守るから。
第1部 完




