第52話 希望となるために
「ティナ、カイト君、ナナちゃん。クロエを失い、今はとても辛いと思う。だが世界の歩みが止まることはない。今この瞬間にもルーインが攻めてくるかもしれない。始創が攻めてくるかもしれない。酷な話とは十分に承知して頼む。セントレイスの未来を守るため、三日後に行われることとなった公開演説に参加してほしい」
「……公開演説ですか?」
現状のセントレイスは、とても不安定である。
グロースは第一、第二、第五部隊が完全に壊滅。
第四部隊も隊長以外が死んでしまった。
数多の犠牲者が今もなお苦しむ中、防衛機関であるグロースがまともに機能していないのは不安を更に焚きつける。
民衆は極度の絶望に希望の光を見つけることができていないのだ。
「グロースの公開演説で新しい最高司令官を発表することになった。適任とされたのはロドルフさんだ。俺の名前も候補にあがったが、さっき話した通り俺にはその資格なんてない。残された人員の中、消去法でロドルフさんになったのだが、ロドルフさん本人も自分が適任でないことは承知している。遠征部隊としてセントレイスから長く離れていた身だ、力と信頼こそあれど、民衆との親しみが圧倒的に足らない」
「……ロドルフさんですら、最高司令官には役不足だっていうんですね。俺達がその演説に参加して、何か変えられるのでしょうか?」
グロースの再結成、それは必然であるが民衆の希望になるには足りえない。
事実、グロースは今回の戦いで崩壊寸前になるほど力を尽くしたにもかかわらず、街には甚大な被害が及んでいる。
そのため、グロースの存在意義が大きく失われかけていた。
「民衆の希望になれるのはグロースではない。今回の戦いで最前線を生き抜いた者達が、希望の光になるんだ。特に戦いを終結させたカイト君。メルが戦いを終わらせたと言い返したいだろうが、民衆には君がステラを倒した姿が記憶として残っているんだ。だから、君こそがその役目を担うべきだと俺は考えている」
「……俺が、希望の光。それが……俺にしかできないこと、なのでしょうか?」
カイトにはそんな大役を果たす自信はなかった。
ロランも自分の考えに対するカイトの重圧に少し戸惑ってはいたが、時間にあまり猶予はない。
セントレイスが今後どうなるか、今がとても大切な時である。
格好だけでも良いので、カイトにその役目を担ってほしかった。
「……カイト君。これがカイト君にしかできないことかと言われたら、それは分からない。ただこの願いは、俺がカイト君にしか託せないと思ったから伝えたまでだ。三日後の午前十時、場所はグロース正門上部にある展望台。セントレイスの住人達に正門へ集まってもらい、そこから演説をする。君がそこへ来てくれることを願っているよ」
話を終えたロランとリリーは、軽く頭を下げて家を後にする。
残されたカイト達は、どうするべきかを自分達の中で悩んでいた。
──三日後。
朝早く起き身支度を終えたカイトの元に、ナナが姿を見せる。
「……カイト。行くのでしょ?」
この三日間、公開演説について話をする者はいなかった。
カイトは一人考えいたが、明確な答えにたどり着くことはできなかった。
しかし、目の前に自分がやれることがある。
その事実がある以上、やらずに後悔だけはしたくないと思い、演説に参加することを決意した。
「ティナさんは少し前に家を出た。だけど、演説にはこないと思う。きっと、今日もクロエさんのお墓に向かった。カイトはそれでも行くんだよね? 私は……一緒に行くよ」
「……ナナありがとう。ティナさんは、仕方ないよ。今はティナさんに荷を背負わせたくない。俺にできるか分からないけど、やれるだけやってみようと思う」
二人の顔は、とても自信に満ちているとは言えなかった。
しかし、それでも歩まねば先に進むことはできない。
カイトとナナは不安に目を合わせると、そのまま手を繋ぎセントレイスに向けて足を踏み出した。
その頃、クロエの墓の前ではティナが一人佇んでいた。
その右手にはナイフが握られ、手が少し震えている。
墓に向かい何かを語りかけているが、その声は風に消え空を舞う。
彼女は一筋の涙を溢すと、おもむろに首元付近へナイフを近づけ、勢いよくその手を引いた。
──セントレイス展望台。
ロドルフやロランをはじめ、レオやアリスにクスハ、生き残ったグロースの兵隊もすでに集まっていた。
正門前には無数の人集りができており、時計はまもなく午前十時を差そうとしている。
今後の行く末を左右する公開演説に、その場の全員が固唾をのんでいた。
その時、展望台に繋がる部屋の扉がゆっくりと開く。
全員が扉に目を向けると、そこにやってきたのはカイトとナナであった。
「すみません、遅くなりました」
カイトとナナが頭を下げると、その場の全員が胸を撫で下ろし軽く笑みを作る。
ロランがカイト達を手招きすると、外が見えるところまで案内した。
「ティナは、来ないか」
「……はい。これで良かったと思います。ティナさんにはまだ時間が必要です。いや……正直に言えば、俺にも時間が足りなかったですよ。裏門から入ってきたので正門の状況は分からなかったですが、想像以上の人だ」
カイトがこっそりと外を見ると、正門の周辺は人で埋め尽くされている。
今からこの数の人々に向かって声をかけると思うと、半端な覚悟は軽く揺らいでしまう。
「そうだな。だが、それでも来てくれてありがとう。この場の全員が君達に感謝するよ」
カイトが振り返ると、そこにいた全員が不安に押し潰されかけていた。
レオやアリス、クスハは口を歪ませ情けなく瞳を濁らせている。
いつも強気なシアンでさえ、壁を背にして顔を落としていた。
なにもカイト達だけが思い詰めているわけではない。
今回の戦いを生き延びた全ての者が、この先の未来に不安を抱いているのだ。
「そうだよな、辛いのは俺だけじゃない。俺にできること…………よしっ!!」
カイトは自らの頬を軽く叩いて気合いを入れると、大きく深呼吸をして己を鼓舞する。
力強く目を開くと、全員を見渡し大きな声で勇気を振る舞った。
「みんな、俺達はセントレイスの希望だ。堂々と胸を張って、街の人々に今の姿を見てもらおう!」
カイトの言葉にその場の士気が高まりを見せる。
覚悟を決めたカイトは、そのまま先導をきって展望台へ踏み出した。




