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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第49話 明日

 時は過ぎ、二人の赤子は気づけば小さな少年に成長を遂げている。

 無邪気に庭を駆け回る子供を、ヒースは家の窓から幸せそうに見つめていた。


「クロエ! ロラン! もうすぐお昼ご飯よ! そろそろ遊ぶのをやめて戻ってきなさい」

「「はぁーい!」」


 七歳になったクロエとロランは、母の呼ぶ声に笑顔で駆ける。

 その手には、二人とも同じ銀色の指輪をはめていた。


 これはグロース上層部からの保険である。

 制約の指輪と呼ばれるそれは、ヒースの歌声から作られた特別な制御装置。

 万が一クロエとロランが暴走した時のため、創遏を二十パーセントまで抑え込む制約の指輪を常にはめることを強制されたのだ。


「クロエ、ロラン。手は洗ったか?」

「あっ! 父ちゃん! もうお仕事終わったの?」


 家に戻ってきた二人を出迎えたのはエレリオであった。

 エレリオの姿を見るや、クロエは喜びを発散するように廊下を走り、ロランも声をあげながら飛び跳ねる。

 そんな成長した二人を見て、エレリオは幸せそうに笑顔で二人を抱き締めた。


「捕まえた! 父ちゃん今日はお仕事終わったから、昼ご飯食べたら久しぶりに外で追いかけっこするか!」

「「よっしゃー!!」」


 赤子の頃が嘘のように、二人は何事もなく大きくなっていく。

 ヒースもエレリオも安心しきり、グロース上層部の人間達も出会った時のことは既に忘れかけていた。

 ただ一人、ラグレッドを除いて。


 ラグレッドは今でもクロエとロランのことを認めていない。

 それはエレリオ達が親であるのに、バルハルトと名乗ることを絶対に許さないといったほどである。

 仕方なくヒースは二人の名をペンダントになぞり、クロエ=エルファーナとロラン=グエリアスと名付けた。


「父ちゃん、俺じいちゃん嫌い」

「あっ、僕もじいちゃん嫌ーい」


 食事中、突然クロエがラグレッドのことを嫌いだと言うと、ロランもそれに続く。

 急な話に驚いたエレリオとヒースは、食事の手を止め二人に話を聞いた。


「どうしたんだ急に? 何かあったのか?」


 クロエはふて腐れた顔をすると、口をへの字に曲げながら文句を垂れる。


「だってさ、家にくる度にすげー顔で睨んでくるんだもん。それに最近は何かぶつぶつ言ってるし。そろそろ限界だとか、やるしかないだとか」


 クロエの言葉に、エレリオとヒースの顔色が変わる。

 ラグレッドが二人を良く思っていないのは承知していたが、最近はそんな素振りをエレリオ達には見せていなかった。

 むしろ家にくる度、クロエとロランは元気か?

 などと気にかけるようになっていたほどだ。


 不安な顔をしていると、クロエとロランが冷たい目で見つめている。

 焦ったヒースは、咄嗟に作り笑顔でラグレッドのフォローを入れた。


「おじいちゃんは頑固な人だからね。ああ見えて、クロエとロランのことが大好きなんだよ?」


 明らかに動揺している二人を、クロエは「ふぅ~ん」と軽く流す。

 納得していないような顔の二人に、ヒースとエレリオは困ったように顔を見合わせた。


 そのまま食事を終えると、エレリオは二人の気を引くように外で遊び始める。

 久しぶりに父親と遊べ、クロエとロランの不機嫌はあっという間にどこかへ消えていった。


 その夜、クロエとロランが寝静まると、二人は居間で顔を曇らせていた。

 さすがに昼の話を聞けば、嫌な予感が頭を過る。

 ラグレッドを信用したいが、今回のことに関しては安易に放っておくことはできなかった。


「ヒース。明日、父さんに直接話を聞きに行こうと思う」

「……うん、それが良い。私達で考えていても何も解決しないわ。明日お父さんに会いに行きましょう」


 明日会いに行く。

 この判断は、一生の後悔をすることとなる。



 夜も深くなり、エレリオとヒースも眠りについたころ。

 静寂に包まれた平穏な街路。

 そこを、黒いローブに身を隠す数人の影が走り去る。


 影が一つの家の前に止まると、慣れた手つきで物音なく窓を開ける。

 その先に眠るクロエとロランを見つけると、法遏で部屋そのものに結界を張り周囲と遮断する。

 そのまま流れるような手際で大きな麻袋を広げ、二人を捕まえようと身を乗り出す。

 異変に気づいたクロエが目を覚ますと、大声で叫び声をあげようと口を開く。

 しかし、それよりも早く体を押さえつけると、声をあげれないように布で口を縛りつけた。


 ロランも目を覚ますが、すでに拘束された体では呻き声をあげながら体をくねらせることしかできない。

 何とか物音を立ててエレリオ達を起こそうと暴れるが、影は音を立てることなく二人を担ぎその場を後にした。


 翌朝、事態に気づいたヒースは絶句する。

 姿を消したクロエとロラン。

 明らかに暴れた様子が見てとれる荒れたベッドの布団。

 慌ててエレリオを呼び状況を理解する。

 エレリオとヒースが全く気づくことなく何者かが二人を連れ去ったことに、エレリオ達は犯人の確信ができていた。


「明らかに素人の仕業ではない。俺とヒースが全く気づくことが出来なかったんだ。そんな熟練された人間をわざわざクロエとロランに仕向けるといったら……クソッ!! ヒース! 俺は父さんの所に行く!! ヒースは二人を探してくれ!!」


 エレリオは家を飛び出してグロースを目指すが、ヒースはあまりの衝撃にしばらく動けないでいた。

 何がそんなに気に入らないのか。

 なぜ子供二人にそこまでするのか。

 ヒースは怒りを通り越し、強い悲しみに心を痛ませていた。


 グロース本部に到着したエレリオは、一目散に司令室を目指す。

 怒りに満ちた鬼のような形相に、すれ違う兵士は何事かと振り返る。

 途中声をかける者もいたが、エレリオは全てを無視して走った。


「ラグレッド総司令!!」


 司令室の扉を勢い良く開けると、そこには誰の姿もない。

 そこに慌てて走ってきたラグレッドの付き人が、エレリオにどうしたのかと問い詰めた。


「ラグレッド総司令は?! 父さんはどこにいる!」

「ど、どうしたのですかエレリオさん! ラグレッド様はまだグロースに来ていません。我々も連絡が取れず、困っていたのです」


 ラグレッドがグロースに来ていない。

 それはあり得ない話である。

 誰よりも地位を求め権力を欲してきたラグレッドは、何よりもこの司令室を好んでいた。

 毎朝必ず豪華に装飾された最高司令官の椅子に座り、紅茶を嗜むのが長年の日課である。

 ルーインの襲撃があれどその日課を欠かしたことはない。

 そんなラグレッドがグロースに来ていないのは普通ではないのだ。


「おい、俺はいまどうしようもなく気が立っている。さっさと父さんの居場所を教えろ」


 付き人はエレリオの気迫に焦り、居場所は分からないと言葉を返す。

 その表情を見るに、付き人が何も知らないと判断すると、エレリオの疑念は確信に変わった。


「父さんが付き人に居場所を教えていないか。これで確定だな。いくら父さんでも許されないぞ」


 エレリオは怒りに任せ部屋の扉を殴り飛ばすと、ラグレッドを探すため、グラスに協力を要請することにした。

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