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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第48話 新たな家族

「エレリオ、どうしたの?」

「……ヒース」


 エレリオが自宅に帰ると、すぐにその異変に気づいたのはヒース=バルハルトであった。

 一番隊の副隊長となってから、日々エレリオは悩みを抱えて帰ってくる。

 すでにエレリオは世間から将来を期待されていた。

 最高司令官であるラグレッド=バルハルトの息子。

 その重圧に苦悩するのは、サラブレッドの宿命といえるだろう。

 そのため、エレリオが悩みと戦う姿はヒースにとってそう珍しいことではなかった。

 だが、今回はいつもと違う気がする。

 そんな予感をヒースは感じとっていた。


「あなたがそんなに落ち込んでいるのは久しぶりじゃない? オリバーの調査任務、何があったの?」

「……そうだな。グラスさんには極秘と言われているが、ヒースには隠し事をするつもりはない」


 エレリオは極秘と言われた今回の出来事を、躊躇うことなくヒースに語った。

 軍隊に属する者としてそれはあるまじき行為だが、エレリオがヒースに寄せる信頼はそれと比べるまでもなかったのだ。


「……ということだ。父さんは赤子達を生かしてはおかないだろう。確かにあの力は異常だ。最悪の場合、グロースの破滅を招きかねない」

「……そうね。でもあなたが許せないのは、自分自身なのでしょう?」


 エレリオの悩み。

 ヒースはその心をしっかりと見極めていた。


「あなたは優しいから。だから、赤子達が大人の勝手で殺されることを許すことができない。グロースへ連れて帰ればそうなると分かっていた。それなのに、あなたは赤子を連れ帰ってしまった」

「……ああ。俺は中途半端な男だ。赤子を抱えた時、途轍もない恐怖を感じたのと同時に、そのスヤスヤ眠る寝顔がどうしようもなく愛おしく思えてしまった。あのまま荒れ地に放っておくことなんて出来なかった。その後どうするべきか、たいした覚悟もないのに」


 小さくため息を吐いたヒースは、エレリオの肩を優しく叩くと、しっかりしろと激を飛ばす。

 そして、簡単な答えがあるだろうとエレリオを導いた。


「……いいのか? 俺だけの問題じゃなくなるんだぞ? もしかしたら、セントレイスから追放になるかもしれない」

「何を言ってるのよ? あなたはいつも考え過ぎるのよ。もっと感情に素直になりなさい。お父さんには私からも話してあげるから」


 ヒースが提案したのは、エレリオとヒースが二人の赤子の親となることであった。

 名目上は赤子を監視しつつ、親として育てることで巨大な二つの力を将来的にグロースへ引き入れるといったもの。

 それでも危険性が見える以上、頑固なグロースの上層部はその意見に賛同しなかった。

 しかし、ヒースは意見を否定するなら「グロースが気にくわないから弍姫をやめる」とセントレイスに広言すると反論した。

 それはまずいと判断した上層部はやむを得ず、何かあれば問答無用で殺処分という条件ありでヒースの意見を承諾する。

 流石ともいえるヒースの行動力には、エレリオも頭が上がらなかった。


「全く……ヒースが弍姫をやめるといった時はどうなるかと思ったぞ。流石の父さんも、あの言葉には面食らっていたな」

「頑固な人達にはね、遠慮なんてしちゃいけないの。意見を通したいなら、相手が嫌がることを平気で言ってやらないと。エレリオはもっと私を見習いなさい」


 エレリオはありがとうと笑顔を返し、二人はグロースの研究所にいる赤子を引き取りに向かう。

 そこには、カプセルの様なものに閉じ込められ、薬品によって眠る赤子が二人。


「エレリオさん、本当に大丈夫でしょうか? カプセルの電源を落とせば、赤子はすぐに目覚めます。下手をすれば取り返しのつかないことになりますよ?」


 研究員が不安そうに警告する。

 勿論、エレリオも同様に不安であった。

 エレリオは肌で赤子の創遏を経験している。

 あの力を急に解放されたとなれば、正直エレリオには抑え込む自信はなかった。


 研究員からの警告を聞いたエレリオは、おもわずカプセルの前で躊躇する。

 その時、見え透いた不安を嫌うようにヒースは強くエレリオの頬を叩いた。


「何しているの? あなた二人の親になるのよ? 次そんなふざけた顔したら、私許さないから」


 ヒースの気強さはそこらの男では太刀打ちできないだろう。

 エレリオを押し退けると、ヒースは躊躇することなくカプセルの電源を落とし、二人の赤子を抱えた。

 すると、予想通りに事態が動き出す。


 二人の赤子が同時に目を覚ますと、早速二人の目が変色を始める。

 禍々しい創遏が辺りに溢れ出すと、金髪の赤子は不安そうに泣き始め、黒髪の赤子は威嚇するようにヒースを睨みつけた。

 次第に大きくなる創遏は、地鳴りのようにグロース本部を揺さぶり始める。

 あまりの恐ろしさに研究員達はあわてふためき、エレリオも思わず生唾を飲み込む。

 しかし、ヒースは臆することなく二人の赤子に微笑みを返した。


「あらあら、そんなに怖がらなくても大丈夫よ?」


 ヒースの笑顔を意ともせず、二人の赤子はどんどんその創遏を高めていく。

 赤子を直接抱えるヒースの腕は、高まる創遏に肌が焼け始めている。

 それでも黒髪の赤子は創遏を高めることをやめず、抵抗するようにヒースを睨み続けていた。


(……この子……優しい子ね)


 ヒースは黒髪の赤子の真意を見抜いていた。

 黒髪の赤子は、得体の知れない人物から金髪の赤子を守ろうと必死に戦っているのである。

 そして二人の赤子はどちらも創遏を制御できていない。

 創遏が高まれば高まるほど、微弱ではあるが赤子の息が荒くなっていたのだ。


「そうよね、怖いよね。辛いよね。でも、安心しなさい。私が……いえ、ママがあなた達を守るから」


 ヒースが自らの創遏を高めると、優しい歌声に創遏をのせる。

 それは子守唄のように柔らかく暖かい歌声。

慰撫いぶの歌』とでも呼べるだろうか、ヒースは鼓傑の歌を反転し、暴れる創遏を抑制した。


 歌声を聞いた赤子は、口を開いて呆然とヒースを見つめていた。

 しばらくすると心が安らいだのか、瞳は人間らしい普通の色に落ち着き、溢れでていた創遏も嘘のように静まりかえる。

 そのまま二人の赤子はヒースの顔をペタペタと触ると、言葉にならない喘ぎ声で「あ~あぁ~」と語りかけた。


「ご機嫌は直りましたか? 私はヒース。今からあなた達のママです。いっぱい暴れてお腹減ったでしょ? お家に帰ってミルク飲みましょうね」


 笑顔で赤子と頬っぺを擦り合わせると、二人の赤子も笑顔になり、ママと呼ぶように「あ~あ~」と声をあげて喜んでいた。

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