第47話 二人の赤子
ティナが目を覚ますと、ロランとリリーも安心したように肩を落とす。
そんな二人を見上げると、ティナはペロッと舌を出してウインクをしながらおちゃらけた。
「二人もごめんね。心配かけちゃったね」
不出来なウインクに、リリーはため息をついてあきれ顔になる。
しかしリリーは気づいていた。
霞んでいた瞳の奥に、いつもの力強い光が戻っていたことに。
「無理してるんじゃないよ。まぁ……その顔ができるなら、乗り越えられたみたいね」
ティナは首を横に振ると、リリーの目を見て笑顔で答える。
「違うよ、私はまだ乗り越えられていない。そう……クロエの死はあまりにも大きすぎて、私一人で乗り越えることはできない」
そのままカイトとナナを抱き寄せると、三人で顔を寄せ言葉を続けた。
「だから、三人で乗り越えるの。私には、頼りになる子がいるんだから」
カイトとナナはきょとんと目を合わせると、溢れていた涙を拭い、笑顔でそれに答えた。
「そうですね。皆で強く生きましょう!!」
ロランは三人を見つめると、椅子に腰掛け真剣な顔になる。
今なら伝えても大丈夫だろうと意を決めると、とあることについて話始めた。
「ティナ、カイト君、ナナちゃん。今だからこそ俺から伝えておくことがある。クロエと俺の過去についてだ。それはクロエがヴェルモットとの戦いで見せた力も関係してくる。心が痛む話になるが、聞く覚悟はあるか?」
カイトとナナは突然の話に驚いて固まったが、ティナはすぐに答えを返した。
「私も知らなかった力ね。ロラン、教えて。私は知りたい、クロエの過去に何があったのかを」
「俺達も知りたいです。いや、知っておかないといけない!」
ティナに遅れてカイトとナナも大きく頷く。
それを確認してロランは、ゆっくりと話を始めた。
「俺も一部は親父とヒースさんに聞いた話だ。この過去を知るものは、俺とクロエ。親父とヒースさん、それにグラスさんと当時のグロース上層部だけだった。まぁ、今となっては俺一人になってしまったな」
──話は今から約二十八年ほど前に遡る。
何もない大地に小さな赤子が二人。
温もりを求めるように泣き叫ぶ赤子の周囲は、見渡す限り荒れた大地が続く。
そこに現れた一人の男は、その光景に息を飲んだ。
「なんだこれは……ここには、間違いなくオリバーの街があったはずだ。一体、何が起きたっていうんだ」
セントレイスから遥か北の大陸。
ファンディングでは、セントレイスについで四番目に大きな街『オリバー』。
ある日、突然その街が跡形もなく消えた。
事件は前触れなく起きる。
大地を大きく揺らす地震が突如発生し、ルーインの大規模な襲撃を疑ったグロースは、地震発生地であったオリバーの緊急調査を決定した。
その筆頭指揮に選ばれたのが、当時一番隊副隊長に就任していたエレリオであった。
エレリオは隊を率いてオリバーを目指すと、あり得ない風景に激しく取り乱す。
何度かオリバーに来たことはあったが、空を飛びどれだけ進めど、その街並みが見えてこない。
それどころか、木々や山川も見当たらず、動物などの生命も見当たらない。
自分がどこを飛んでいるのか疑心暗鬼になりながらもオリバーを目指すが、何もない大地で唯一見つけることができたのは、粗雑な布にくるまれた二人の赤子だけであった。
「何故こんな所に赤子が? それに、辺りには何の創遏も感じとれない。ルーインの襲撃ではないのか?」
エレリオは部隊に周囲の調査を任せると、二人の赤子を抱える。
黒髪の赤子はスヤスヤと眠り、金髪の赤子はひたすらに泣き声をあげる。
「もう大丈夫だよ、怖かったね」
赤子をあやすように優しく揺さぶると、その首元にぶら下がるプレート形のペンダントに気がつく。
そのペンダントを捲ると、それぞれに名前のようなものが刻まれていた。
「エルファーナと……グエリアス。この赤子の名前か?」
ペンダントに刻まれた名前を口にしたその時であった。
黒髪の赤子がエレリオを睨むように目を開く。
すると、あり得ないほどの巨大で禍々しい創遏が辺り一面に放たれた。
「なっ?! なんだこの創遏は!?」
あまりの力に突風が巻き起こり、エレリオが吹き飛びそうなほどの衝撃が大地を襲う。
咄嗟にグッと足に力を入れて衝撃に耐えると、赤子の目を見て背筋に悪寒が走る。
「な……んだ、この目は?」
黒髪の赤子の両目はどす黒く染まり、中央には見たことのない白い記号が十字に羅列する。
同時に金髪の赤子が泣き止むと、その両目は純白に染まり、中央には同じく謎の黒い記号が十字を刻んでいた。
そしてその二人には、エレリオがたじろぐほどの巨大で異質な創遏が纏わりついていた。
「まさか、この赤子が……やったというのか? この小さな赤子が、オリバーを消し飛ばしたって……そんな馬鹿な」
動揺するエレリオの元に、周囲を調査していた部隊が慌てて帰ってくる。
突然現れた巨大な創遏と衝撃に、何があったのかとエレリオに質問が飛び交った。
「これは……」
エレリオが答えに困り赤子に目を配ると、赤子達は何事もなかったようにスヤスヤと眠っている。
先程まで纏わりついていた創遏も消え、今はただ、可愛らしい吐息だけが溢れていた。
「……いや、俺にも何が起きたのか分からない。一先ず救助できたのはこの二人の赤子だけだ。一旦グロースに帰って状況報告をしよう」
エレリオは先程の出来事をはぐらかすと、唐突に部隊へ帰還指示を出す。
部隊は戸惑いを隠せなかったが、状況があまりにも不透明なため、誰も反論する者はいなかった。
グロースに帰還したエレリオは、部隊長であるグラスにオリバーでの一件を話す。
グラスにだけ赤子に秘められた創遏について話をすると、事を重大にみたグラスは赤子のことを極秘にするように命じた。
赤子は一先ずグラスが預かることになり、今後どうするか、近くグロースの上層部で審議にかけられることとなった。
しかし、その審議がどういったものになるか、エレリオには明白である。
当時のグロース最高司令官であるラグレッド=バルハルトは、厳格で規律を重んじることで有名であった。
オリバーの街を消し飛ばすほどの力を秘めた謎の赤子。
そんなものを頭の固いラグレッドが良しとする筈がない。
会話も成り立たない赤子であることを理由に、二人の赤子は間違いなく殺処分されることになるだろう。
その見え透いた未来に、エレリオは一人頭を悩ませていた。