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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第46話 生きる意味

「カイト君、急にすまない。ティナの様子が気になってな」

「……ロランさん」


 ロランとリリーを部屋まで案内すると、カイトとナナは無言のまま下を見る。

 リリーはベッドで眠るティナの頭を軽く撫でると、カイトとナナに向かい意外な言葉をかけた。


「ありがとうね。カイトとナナがいてくれなかったら、ティナは……ここにいなかったと思う」


 予想外の感謝の言葉に、カイトとナナは口を開けて驚いた。

 自分達はティナに何もできていない。

 クロエに託されたはずなのに、かける言葉すら見つけることができず、ただ無意味に時間だけが過ぎていった。

 そんな無力な自分達は、感謝される立場ではない。


「俺達は……何もできていません。ティナさんに声をかけるのが怖くて。何を言ってもティナさんを傷つけてしまいそうで。それを言い訳にして、何もすることなく、ただ時計が進むのを見ていただけなんです」


 思い詰めた顔で俯くカイトの手は、悔しさに震えていた。

 隣に立つナナも同じだ。

 何も話をすることができず、瞳に涙を浮かべ歯を噛み締めている。

 そんな二人をリリーがそっと抱き寄せると、そんなことはないと首を横に振る。


「それでもね、あなた達が生きているから、ティナは生きることを諦めていない。ティナがまだここに居てくれるのは、あなた達がここに居るからなのよ」


 自分達が生きていることが、ティナの生きる理由。

 カイトとナナは考えたこともなかった。


「クロエが言っていたのでしょ? あなた達は、クロエとティナにとって本当の子だって。母親はね、残された子供のためなら、どこまでも強くなれるのよ。だから私は心配していない。あなた達は傍にいてあげるだけでいい。そうすれば、ティナはクロエの死を乗り越えて、必ず強くなる」


 リリーの言葉に堪えていた想いが溢れだす。

 誰かにすがりたかったわけではない、誰かに同情してほしかったわけではない。

 自分達が何とかしないとと焦るばかりで、何もできていないことがどうしようもなく嫌だった。

 だが、そんなことはクロエから託されたことではなかった。

 そんな簡単なことにすら気づいていなかった。


 家族として、子として、母を支えるというのは頭で考えて行うものではない。

 ごく普通の日常にそれはある。

 朝日が昇ると姿を見せる間抜けな寝ぼけ顔。

 おはようと欠伸をし、いただきますと食事を囲う。

 共に歌い、共に汗を流し、共に笑い。

 月が昇れば無邪気に疲れ、腹が減ったと床にへたる。

 再びいただきますと食事を囲うと、最後は笑顔でおやすみなさい。

 そんな当たり前で普通の毎日が、親には一番の幸せである。


 クロエが託した想いは、そんな毎日がいつまでも続くことであった。

 それをできるのは、他の誰でもない。

 それをできるのは、カイトとナナでしかないのだ。


「……うぅ……ぐぅ。俺は……俺は何でこんな簡単なことに気がつかなかったんだ。俺は……クロエさんの変わりにならないとって、そんな馬鹿なことばかり考えて。ティナさん……ごめんなさい……ごめんなさい」


 ナナは隣で声をあげながら泣いていた。

 カイトは溢れだす涙を隠すように、手で顔を押さえながら肩を震わせる。

 そんな二人をリリーは包み込み、ロランはカイトの頭を優しく撫でる。


「……カイト。格好なんてつけなくていい。涙が溢れるなら、子供のように大声をあげて泣けばいい。クロエが死んで、泣きたくなるほど悲しいのはお前達だって同じはずだ。ティナの前では素直に生きればいいんだ。それもまた、母親の幸せだろ」

「ぐぅ……ぅぅ……ぁぁ、あぁぁあ……うぁぁあぁぁ」


 少年と少女は、無様に崩れた顔で涙を流す。

 張り裂けそうであった心を守るため、枯れるほどの大声で泣き叫んだ。




(……ここは)


 目の前に広がるのは、いつも見るシャーロットの花畑。

 中央に聳える大木まで歩み寄ると、そこには白いワンピースを着た少女が一人。


(あれは……私?)


 少女は大木に背を預け、頬を赤く染めていた。

 銀色に輝く髪が風にそよぎ、その瞳は幸せそうに笑みを作る。

 チラチラと腕の時計に目を配り、誰かを待っているようであった。


(……そっか。これは、あの日の想い出)


 ティナが後ろを振り返ると、そこには若かりし頃のクロエが立っていた。

 少女がクロエに気づくと、しゅっと背を伸ばし、ツンっと目を細めて口を開く。


「遅いんじゃないの?」

「なんだ? 先にいるとは思わなかったな~。やっぱティナって俺のこと好きだよな?」


 ニヤニヤと笑って歩くクロエの頬を、少女は思いっきりつねる。

 その顔は恥ずかしさに頬を染め、歯を剥き出しにして怒っているが、同時に何ともいえない幸せそうな顔であった。


(クロエが守り人になったあの日、こんなにも早い別れが来るとは思わなかった)


 クロエが少女を抱き寄せると、少女は素直に肩を寄せる。

 そのまま唇を合わせると、手を繋ぎ歩きだしていく。

 永遠と信じた幸せに向かって。


(私が初めて本気で愛した男性。クロエはずっと私を守ると言ってくれた。私はクロエさえいてくれれば、それだけで良かった)


 歩きだした二人の背中が見えなくなると、ゆっくり涙が溢れ落ちる。

 自然と唇が震え、喉の奥から掠れた泣き声が込み上げてくる。


(私はクロエさえいてくれれば良かったのに。それだけが私の生きる意味だったのに。クロエは、いつも……その先を見ていた。だから、こんな日がいつかくることは分かっていた。だけど……早すぎるよ)


 胸が鋭く痛み、今にも張り裂けてしまいそうであったその時。

 後ろから、二つの泣き声が聞こえてくる。

 ティナが後ろを振り返ると、そこには顔を崩して泣き叫ぶ少年と少女。


 二人を見つめると、ティナは胸に手を当て瞼を閉じた。

 一つ深呼吸をすると、震える心に落ち着くよう語りかける。

 その時、どこからか声が聞こえた。


『ティナ……子供達を任せたぞ』


 柔らかな声に瞼を開けると、微笑みながら足を進める。

 その瞳には、いつもの力強さが光を灯す。


(……そっか。そうだよね。私には、他にも生きる意味が出来ていた。私がいつまでも落ち込んでいる場合じゃないね)


 ティナは後ろを振り返ることなく歩みを進める。

 少年と少女の元にたどり着くと、二人を抱き締めて感謝した。


(クロエ……ありがとう)



 夢から覚めると、ティナはゆっくり瞼を開ける。

 そこには涙を流して抱きつく大きな子供が二人。

 その二人を抱き寄せると、ティナは優しく微笑んだ。


「ごめんね、もう大丈夫だよ。ありがとう……カイト、ナナ」

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