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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第45話 想い深すぎる花畑

 シャーロットの花に囲まれた大きな木が一本。

 そこは、カイト達がクロエ達と再会をした広大な花畑。

 家からそこを目指し、花畑を越え、そのまま一直線に丘を登る。

 大海原が一望できる小高い丘の頂上に、十字の墓石が一つ。


【クロエ=エルファーナ ここに眠る】


 遺体のない墓石に刻まれたその言葉は、歌姫の心を締めつける。

 彼女は墓石の前に一人座り、顔を埋めたまま、銀の髪を風に靡かせていた。



 大聖官ステラの命が尽きたことをきっかけに、神殺しの戦いが幕を閉じる。

 急な襲撃から始まった争いは、とても長く感じた一日で終結した。

 そして、それからの一週間はとても早いものであった。


 戦争の爪痕は甚大であったが、跡形もなく消えたグロース本部を含む建物の修復は、意外にもすでに九割が終わっている。

 前回セントレイスを襲った世界第七戦争とは違い、今回はアリスがほぼ無傷で体調も万全であった。

 皮肉にも、戦いの渦に飲まれることで歌姫達の実力も大きく成長を遂げている。

 力を増したアリスの再生の歌は、抉れた大地や崩れ落ちた街並みを、瞬く間に修復していった。


 しかし、それらはあくまで外面の修復だ。

 グロース本部の部隊室は、どこも静まり返っている。

 セントレイスの街並みも形こそ戻れど、大半が主を失った空き家と変わり、現状のままでは廃れた商店街が元の活気を取り戻す見込みはなかった。


「……ナナ。ティナさんは、今日も帰ってこないかな」


 ここ数日、ティナは家に帰ってきていない。

 クロエの墓の前で塞ぎ込んでいるティナは、カイトとナナが呼び掛けても頑なにそこから動こうとしなかった。


「このままじゃ、体がおかしくなっちゃうよ。やっぱり、無理にでも連れて帰ったほうが良くない?」


 まともに食事すらとっていないティナの頬は、日が過ぎるごとにやつれていく。

 流石にこれ以上は命が危ないと判断し、ナナは無理にでもティナを連れ戻そうとカイトに提案した。


「……そうだな。本当はティナさんの意思で戻ってきてほしいが、もう三日を過ぎている。そもそも戦いで消耗しきった創遏もまだ回復していない。ナナ、ティナさんの所に行こう」


 カイトとナナはクロエの墓を目指す。

 何を語り掛ければよいか、答えの見えない議題に頭を悩ませながら二人は歩く。

 開けた花畑にたどり着くと、吹き抜ける冷たい秋風が冬の訪れを感じさせる。

 大木を彩る緑の葉はすっかり枯れているが、その周囲は相変わらず美しい。

 オレンジ色や黄色、紫色やピンク色。

 様々に色づいたシャーロットの花だけは、一年中その色を絶やすことなくこの花畑を飾っていた。


「凄いよね。シャーロットの花は、どんなに厳しい気候でもその花を絶やすことはない。ずっと可憐に咲き誇り、この場所を照らし続けてくれている」

「そうだな。そしてこの場所は、俺達がクロエさんとティナさんに再び出会った特別な場所。憧れでしかなかった二人が、とても身近で大切な存在に変わった場所だ」


 あの時、クロエが戦いの中で死んでしまうなんて考えもしていなかった。

 弐王といった肩書きに恥じない圧倒的な強さ。

 普段はだらしなさを見せながら、その芯には誰よりも美しい向上心と固い信念を持っていた。

 カイトにとって、クロエは完全無欠である。


「クロエさんが死んだ……正直、俺はまだ実感できていない。どこか心が浮き足立っていて、その現実を認めようとしていない。あの人が……あんな簡単に死ぬはずない。きっとどこかで生きている。そんなどうしようもない妄想をしていないと、俺は自分が駄目になってしまう気がするんだ。それなのに……ティナさんはクロエさんの死を受け入れようと頑張っている。誰よりも辛いはずなのに。そんな人に……俺は何て声をかければいいのか分からない。クロエさんだったらこんな時……何て声をかけるんだろう」


 カイトの心はとても不安定であった。

 だが、それはカイトだけではない。

 ナナにとっても、クロエの死はとても大きな影響を与えている。

 クロエと深い関わりがあった者の全てが不安に包まれ、その絶対的であった存在の消滅を受けとめられない。

 そんな中、絶望の淵にいるティナを支えることができるのは、クロエが想いを託した二人しかいない。


「確かに、私とカイトには今のティナさんの気持ちと完璧に同調することはできないかもしれない。でも……私達はクロエさんに託されたはずよ。それに答えることができるか、それは私達の行動で示すしかないよ」


 ナナの言葉は痛いほどに分かる。

 それでも、凛々しく聳える一本の大木を見ると心が弱々しく震えてしまう。

 今でも確かに目に浮かぶのだ。

 大木の下、ティナの膝に頭を乗せながら、大きな瓢箪酒ひょうたんざけを口に運び、幸せそうに頬を赤く染めるクロエの姿が。


「行こう、カイト」


 この花畑は、カイトにとって想いが強すぎる。

 いくつもの争いを経験し、嫌という程に人の死を見てきた。

 それでも、耐えられるはずがない。

 クロエの死は、一生かけても乗り越えることができないのではないかと思えるほど、カイトに響いていた。


 そんなカイトの心情を察したナナは、強くカイトの手を引く。

 そしてカイトもまたそのナナの心情を察したのか、その手に身を任せ花畑を後にした。


 花畑を越え丘を登ると、目的地である墓石が間近にせまる。

 まだ頭の整頓が出来ておらず、何を話せば良いか分からない。

 不安に泳ぐ目線が、二人の気持ちを語っている。

 だが墓石が見える位置までたどり着いた時、その光景に二人は思わず駆け足となった。


「ティナさん?!」


 銀の髪が地に寝そべっている。

 その姿に焦るカイトとナナは、倒れているティナの体を抱えた。

 息はしているが、かなり衰弱しており、顔は青ざめている。

 全く眠れていないのだろう、目元には深いクマが出来ていた。


 それ以上に深刻な問題は、戦いから一週間経っているというのに、ティナの体から感じる創遏がとても微弱だったことだ。

 体力の回復を怠っていたのも原因ではあるが、やはり大きな問題は精神的な疲労。

 カイトは直ぐ様ティナの体を背負うと、急ぎ足で家に帰宅した。


 帰宅後、ティナをベッドに寝かせると、ナナが温かいスープを作り部屋に運ぶ。

 赤ん坊に食事を与えるように優しくスプーンで口元に運ぶと、ティナは無意識にスープを飲み込み、しばらくして眠りについた。


「……ティナさん」


 居間の椅子に座り、これからどうするか考える。

 クロエが死に、ティナが倒れたことに動揺を隠せない。

 二人にとってクロエとティナがいかに大切な存在であったのかを再認識させられる。

 大きな心の支えが抜けてしまった二人は、無言で下を向くことしかできなかった。


 その時である。

 コンコンっと玄関の扉を叩く音が聞こえた。

 誰が訪ねてきたのか、特に客人が来る予定はない。

 カイトがゆっくりと扉を開けると、そこに立っていたのはロランとリリーであった。

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