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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第44話 罪が還る星空

 俺は守れただろうか。

 いや……守れなかったな。


 俺は最後まで、ティナの顔を見ることができなかった。


 でも、それでいいんだ。

 ティナの顔を見てしまったら、俺の覚悟は揺らいでしまう。

 ティナと二人で過ごす日常は、俺を変えてくれた。

 ティナの愛情は、俺を変えてくれた。

 だけど、一つの過去は何をしても変えることはできない。


 俺は罪人。

 それなのに、十分過ぎる幸せを得ることができた。

 ありがとう……ティナ。

 頼んだぞ……カイト、ナナ。



 黒球が結界内を真っ白に染めると、耳をつんざく轟音が辺りに響く。

 途轍もない力が爆発しているはずなのに、クロエの結界はその全てを抑え込む。

 衝撃と爆炎の拡張を一切許さない。

 結界に触れているカイト達にすら何の被害も与えないほど、完璧に制圧したのだ。


「クロエ!! クロエ!!」


 カイトはクロエの名前を叫びながら必死に結界を叩き続ける。

 過剰なまでにあふれでる涙で視界が霞み、クロエの安否が確認できない。

 だから、カイトはクロエの名前を叫び続けた。

 もうその叫びが無意味であると分かっていても。


 結界内を染めていた白い光が落ち着くと同時に、何重にも張られた結界がボロボロと崩れ落ちる。

 結界が完全に崩壊し中から姿を見せたのは、無惨に焼け焦げたクロエの体。

 力なく崩れ落ちるクロエを咄嗟に抱えると、カイトは顔を押し当てて涙に肩を震わせる。


「……ク、ロ……エ」


 カイトに抱えられたクロエを、ティナが包み込む。

 すでに力を使い果たしてしまっているティナの声は掠れ、癒の歌を歌える状態ではない。

 それは誰よりも、ティナ自身が分かっていた。

 それでもティナは、掠れる声を振り絞り歌声をあげる。

 体には途轍もない負荷がかかり、少し歌う度に咳き込み、口からは血がにじむ。

 それでもティナは歌うことをやめようとはしなかった。

 その声に、癒の力がなかったとしても。


 そんなティナの行動を、誰も止めようとはしない。

 カイトとナナはその場に膝を突き、ただ子供のように泣きじゃくる。

 少しだけ離れた位置でそれを見ていたクスハは、自らに強い責任を感じ涙していた。


(ティナさんは、私を生き返らせるために限界を越える力を使ってしまった。その力を残していれば、今クロエさんを救えたはず。私がいたから……クロエさんが)


 この場の誰も、そんな感情をクスハに抱いてはいない。

 それが分かっていても、クスハは自分を責めることしかできなかった。


「……クロ、エ……嫌だぁ……嫌だよ……」


 ティナのあふれでる涙が雫となり、クロエの顔にポタポタと落ちる。

 その一つがクロエの瞳に入り、涙のようにこぼれ落ちた──その時であった。


「……えっ、どう……なってるの?」


 突然である。

 クロエの体がゆっくりと浮かびあがりカイトの手から離れると、全身が柔らかい光に包まれた。

 何が始まろうとしているのか理解できないティナは、呆然と口を開けたまま放心する。


「……なん、で? どう、して?」


 浮かびあがったクロエの体が次第に半透明になっていく。

 体の組織が細かな光に変化し、空に還り始めたのだ。

 ティナは慌てて手を伸ばすが、その手はクロエの体をすり抜けて空をきる。

 先ほどまで触れることができた体は、光に変化することにより、完全にこの世界から消滅しようとしていた。


「いや……いや!! いかないで!!」


 何故このような事態が起きているのか、誰も理解できなかった。

 神が死んだ時と同じように、クロエの体が空へと消えていく。

 これが始創の力によるものなのか、そんな疑問はカイトの思考を鈍らせる。

 遺体すら残ることを許さない、それが始創の力なのかと、強い憎しみがこみ上げてくる。


「……もう……や……めて。クロエを……連れて……いかな……いで」


 ティナは両手で顔を押さえると、堪えきれない感情の起伏に嗚咽を吐く。

 そのままクロエの体が完全に空へ消えてしまうと、あまりの衝撃に意識を切らし倒れてしまった。


「ティナさん!」


 カイトは咄嗟にティナの体を支えると、その顔を見て心を絞め殺される。

 声のでない体で無理矢理に歌い続けた口元は、こみ上げてきた吐血と涙が混ざり、赤い流水となって銀の髪を汚す。

 意識が切れてなお、瞳からはいつまでも涙があふれだしていた。


 何故こうなった?

 戦いは終わったはずだった。

 ステラとメルの哀しみを代償に、神との戦いは終わったはずだったのに。

 何がこうさせた?  


 カイトの頭に過るのは、人を馬鹿にし、蔑むように笑みを溢すバンビーの姿。

 人と神の死をゲームのようにもてあそび、自分達が絶対の存在と戯言を垂れる。

 輪廻の理だとわけの分からない屁理屈を押しつけ、自らが作り出した神と、その神が作り出した人間は滅びるのが摂理だと罵る。


 どうしようもないほど不条理な始創に、カイトは鋭い殺意を抱く。

 そして、意味もなくクロエの命を奪ったバンビーに強すぎる怒りが暴れだす。


「バァンビィィーー!!」


 怒りと憎しみに支配されそうな心を制御するため、カイトは大声で叫びをあげる。

 空に向かって顔を上げると、拳を強く握り、歯を噛みしめながら心に誓う。

 始創が人間を滅ぼすというならば、自分が始創を滅ぼしてやると。

 輪廻の理といった秩序を、自分の手で崩壊させてやると。

 強く──ただ強く心に誓った。



 戦いが始まって、どれだけの時間が経ったのか。

 気づけば日が傾き、うっすらと星が顔を覗かせる。

 光が薄暗い空へと還ると、命が星の輝きに変わるように、美しく煌めいている。

 その星光に照らされる者達は、想いを託され、繋いでいく。


 数えきれないほどの命が消え、その数だけの想いが存在する。

 その膨大な数の想いに深く干渉することはないのに、ただ一つの想いだけを何よりも重たく感じる。

 自分の感情が揺さぶる死だけを特別扱いすることは、まさに愚行なのかもしれない。

 だが、人間は感情で生きている。

 ならばそれこそが、人として正しいのでないだろうか。

 その証拠に、クロエ=エルファーナといった一人の死は、カイト=ランパードといった一人の命を確実に強くしていくのだから。

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