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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第43話 父から子へ

 黒球が放つ創遏は、恐ろしく強大であった。

 その一撃は、確実にヴェルモットの法術を上回る圧力を撒き散らす。

 そんなものが力を解き放てば、セントレイスが跡形もなく消し飛ぶのは容易に理解できた。


「俺は確かに言っただろ? 今この場で全ての人間を滅ぼすつもりはない。そう……セントレイスを滅ぼさないとはいってないんだよ」


 腹をかかえながら高笑いをするバンビーは、まさに悪魔であった。

 言葉遊びのついでに街を消す。

 そんな暴挙を簡単にやってのけるというのだ。


「カイト、三年後を楽しみにしているよ。生きていたらね?」


 絶望するカイト達の表情を存分に楽しんだバンビーは、満足したように姿を消してしまう。

 残された黒球は、今にも大爆発を起こさんと凄まじい稲光を放っていた。


「……あんなエネルギーの塊。今の俺達にはどうしようも……ないぞ」


 その時、歌声と共に強固な結界が黒球を取り囲む。

 咄嗟にクスハが加護の歌を歌い結界を張ったのだ。


(……だめ。今の私の歌じゃ、この力を抑え込むことはできない。もっと……もっと直接的に創遏を抑え込まないと)


 結界を通して伝わる黒球の強大な創遏に、クスハは歌い続けながらも首を横に振る。

 それを見たカイトは、クスハの結界でも無理なのかとさらに落胆してしまった。


「どうすれば……今の俺にはもう創遏が残っていない。何かないのか、何かセントレイスを守る方法は?!」


 焦りからか、カイトの声は虚しく響くだけで、その言葉にはいつものような力強さがない。

 黒球から放たれる創遏は、普通の力で抑え込めるほど甘いものではない。

 辺りを見渡しても誰もが満身創痍であり、そんな黒球を抑え込む力など残ってはいなかった。


 ──普通では守れない。

 そう、普通ではない力があれば守ることができるのだ。


 突如、一人の人物が黒球の前に立つ。

 その無意識に漂う強者の後ろ姿は、カイトの心にしっかりと残っていた。

 初めて目にしたのは、ティナとリリーのコンサートを見終わった夜。

 シフに襲われた時に現れた憧れの背。


「ク……クロエ……さん?」


 あれから、毎日その背を追いかけてきた。

 今でもまだ追いつくことはない。

 ずっと追いかけていたい背なのに、そこから感じる強い覚悟に、自然と声が震えてしまう。


「クロエさんにも、もう創遏は殆ど残っていません。一体……何を、するつもり……ですか」


 言葉を震わせながらも、カイトはクロエが何をしようとしているか分かっていた。

 ただ、今から起こるであろう事象を認めたくない。

 それだけの想いで、あえてクロエに何をするつもりなのか問いかけたのだ。


「俺が直接この創遏を抑え込む」


 クロエが黒球に手をかざすと、クスハの結界をかき消し、新たに自身と黒球を囲うように何重もの結界を作り出す。

 それと同時に自らの創遏を振り絞り、ヴェルモットと戦っていた時のように、再び両目を黒に染めた。


 明らかに無理をしているクロエの体は、己の力に耐えきれず、いたるところの血管が弾け血が吹き出す。

 しかしそんなことには意もせず、クロエは両手で黒球を握り込むと、何が最善か判断する。

 黒球の大爆発を抑え込むように、自らの創遏を黒球に直接纏わせる。

 爆発事態を避けることができないと判断したクロエは、少しでも爆発の被害を抑え込むため、強固な結界を直接張り続けることにした。


 クロエと黒球の二つを囲う何重もの結界。

 クロエが直接触れ、黒球に張り続ける強固な結界。

 この二つで黒球の大爆発を抑え込む。

 その判断と行動は、クロエ自身の命を犠牲とするものであった。


「クロエさん!! そのままじゃ……クロエさんが!!」


 カイトは慌てて空を飛ぶ。

 クロエの結界に手を当てると、黙って結界を張り続けるクロエに向かって声を荒げた。


「何してるって言ってるんだよ!! あんたが犠牲になっていいわけないだろ!! 今すぐやめるんだ!!」


 我慢できなくなったカイトは、クロエの結界を壊そうと拳を振り下ろす。

 しかし、強固に張られた結界は軽々とその攻撃をはね除けた。

 ナナもその場に駆け寄ると、結界に触れて心を震わせる。


「カイト……ナナ…………ティナは、お前達に託す」


 背を向けたまま、クロエは自分の願いを口にする。

 その願いを受けたカイトとナナは、すぐさまその願いを否定した。


「駄目だ! ティナさんには……ティナさんにはあんたが必要だろ!! 俺達にそんなことを託すんじゃない!! そんな無責任なことを言うんじゃない!!」

「そうです!! ティナさんの隣は、クロエさんしか!!」


 ゆっくりとカイト達の方を振り返ったクロエの瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。

 初めて見るクロエの涙。

 それを見たカイトとナナは、言葉を失った。


「カイト、ナナ、お前達にしか託せないんだ。俺とティナにとって、お前達は本当の家族なんだ」


 力を使い果たし倒れていたティナは、震える体を起こしクロエを見上げる。

 何とかしてそこに行こうと立ち上がるが、ふらつく体はすぐに倒れてしまった。

 それでも再び立ち上がろうとするティナを、クスハが咄嗟に支える。

 クスハはそのまま何も言うことなく空を飛び、ゆっくりとクロエの元へ目指した。


「ティナはな、過去に使った限界を越える歌の代償で、子供ができない体になってしまったんだ」

「……ク……ロエ、クロ……エ」


 ティナがクロエの元にたどり着くと、霞んだ声で名を呼び、あふれでる涙を流しながら必死に結界へすがりつく。

 そのティナの姿をあえて見つめず、クロエはカイトとナナに想いを託し続けた。


「子供が大好きだったティナは、その代償に絶望し、ずっと己の行いに後悔していた。そんな日々が何年も続いたある時、俺達の元にやってきたのがお前達だった」


 堪えていた涙が、ゆっくりと頬を伝う。

 それなのに、クロエの表情は今までに見たことのない優しい笑顔であった。


「初めはハッキリ言ってウザかったよ。特にカイトな! 弱いくせに俺のことをチョロチョロ気にしてよ……たまんねーのなんの。それでもよ、ティナは自分に子供ができたように毎日満面の笑みで喜んでいた。そんな顔を見ていたら、俺も不思議とだんだんお前達への見方が変わっていった」


 カイトと目を合わせ、クロエは真剣な眼差しで想いを告げる。


「俺達に血の繋がりはない。歳だってそこまで大きく離れているわけでもない。だが、間違いなくお前達は俺達の子だ。だからこそ、ティナはカイトとナナにしか託せない。他の誰でもない……お前達にしか託せないんだ」

「…………そんなの……卑怯だ。そんなこと……言われたら……断れるわけ、ないじゃないか」


 カイトはこれまでにないほど涙を流していた。

 ナナは感情に押し潰され、膝を落としてひたすら泣き声をあげる。

 そしてその二人よりも崩れ落ち涙を流していたのは、ティナであった。


「親父にも感謝しないとな、俺達とカイト達を繋げてくれたことを」


 クロエが話を終えると、暴れ狂う黒球の創遏がついに強く輝き始める。


「カイト……お前に、全てを託……」


 その光は一瞬で結界内に広がると、一つの命を喰らいながら大爆発を起こした。

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