第39話 己の意思
その輝きは、全てを破壊する忘却の渦。
その響きは、全てを喰らう楽園の鐘。
その想いは、全ての魂を弔う嘆きの風。
その創遏は、人間として生きる神の化身。
カイトが放つデ・ペントレゴラは、数多の願いをのせ、ヴェルモットに立ち向かう。
破滅と破滅。
二つの光が対峙すると、荒れ狂うエネルギーが波紋を広げ、優劣を争うように衝突する。
ほぼ互角にぶつかりあうように見える攻防は、カイトの優位にあった。
カイトのデ・ペントレゴラは、ヴェルモットのグ・デベーデよりも数倍巨大である。
衝突する部分こそ拮抗しているが、グ・デベーデで防ぎきれていない部分は、容赦なくヴェルモットの胴体を焦がしていく。
「ぐぅ……こんなことが……こんな馬鹿げたことがあって……なるものか」
凄まじいエネルギーによって胴体がみるみるうちに焼かれていくが、拮抗する正面だけは譲るまいと歯を食い縛る。
体に残された創遏量に絶対の自信を持っていたヴェルモットは、このまま持久戦に持ち込むつもりであった。
「範囲こそ貴様の方に分があれど、威力は互角!! 端の胴体などくれてやる。だが、最後に笑うのは我だ!!」
けたたましい咆哮をあげると、自らの創遏全てをグ・デベーデに注ぎ込む。
喰らい歌第七節 漆灘まで解放されたヴェルモットの瞳は、その迫力に呼応するように力強い輝きを放つ。
このまま何時間でも立ち向かってやる。
そんな気迫が溢れたヴェルモットに対峙するカイトは、汗一つ流さず冷静であった。
「ヴェルモット……お前は凄い奴だったよ。こんな強い奴が存在するなんて、想像もしていなかった」
カイトは瞼を閉じると、デ・ペントレゴラに創遏を流し込む両手に集中する。
一つ大きく深呼吸をし、力強く目を見開いて創遏を爆発させる。
体に纏う創遏は天を貫くように燃え上がり、底知れず沸き上がる力がデ・ペントレゴラの威力を数倍に跳ね上げた。
「だけど、俺の繋ぐ力は絶対に負けない!! 皆の想い……皆の願い……俺にはそれを背負う覚悟がある!!」
均衡していた光は、膨れ上がるカイトの創遏によって崩れ始めた。
じわじわとヴェルモットのグ・デベーデを押し返すと、その表情はどんどん焦りで染まる。
「くぅ……何をしているステラ!! 早くこの小僧を何とかせぬか!!」
呆然と戦いを眺めていたステラは、ヴェルモットの言葉に聞き耳を持たなかった。
すでに決着が見えていたのだ。
「この役立たずが……早く我を助けろ!! 我は創龍ヴェルモットだぞ!! こんな、人間なんぞに……」
ヴェルモットは最後の意地で無理矢理に創遏を高めると、耐えきれなくなった体が細かく裂け始める。
いたるところから血管が破裂したように血を吹き出すが、お構い無く力を振り絞った。
「消えろ!! ヴェルモット!!」
しかし、カイトの底知れず沸き上がる創遏はそれを完全に上回る。
ついにデ・ペントレゴラの光がグ・デベーデを飲み込み、そのままの勢いでヴェルモットの本体を喰らう。
空を目映い輝きで埋め尽くすと、ヴェルモットのけたたましい雄叫びが響き渡り、轟音と共に創龍は光へ消えた。
「はぁ……はぁ……勝った」
ヴェルモットに勝利した途端、限界がきたように繋心が途切れてしまう。
髪の色は深紅から茶色に戻り、額から汗が吹き出してくる。
体力の限界に近いカイトは、その場に膝を突き、心臓を押さえながら苦しそうに頬をひきつらせた。
(心臓が痛い。思うように息を吸うことができない。これが……繋心の代償。だけど、まだ終わっていない)
カイトがよろめきながら立ち上がると、すぐさまナナが駆け寄り支えとなる。
悲痛に歪む顔を間近で見ると、いかにカイトが無理をしていたか痛感した。
「……カイト、もうやめて。これ以上は、あなたが死んでしまう」
泣き出しそうなナナの顔を見つめると、カイトは無理矢理笑顔を作り、優しく額と額を密着させる。
「……ありがとうナナ。でも、あと少し。あと少しだけ頑張ってくるよ」
カイトはナナから体を離すと、空へ浮かび、ステラの元を目指す。
ナナは引き留めようと手を伸ばすが、その手はカイトを掴むことができなかった。
「ステラ、ヴェルモットは死んだ。お前の体も実体のない魂だ。俺達人間は、神に勝ったんだ。だから……これ以上の争いは、もうやめよう」
目の前に立つカイトを見ると、その姿にメルを重ね合わせる。
ずっと愛してきたメルは、自身の想いを裏切った。
身勝手に一人始創へ立ち向かい、大切な仲間であるハイネンを殺し、カイトに力を与え人間の手助けをした。
ステラの意見は全く聞き入れず、ステラの決めた覚悟も嘲笑うように切り捨てた。
憎い。
忌々しい。
厭わしい。
なのに……。
それなのに。
どうしようもなく、愛している。
「俺達は分かりあえるはずなんだ。メルも……ステラと分かり合わないといけないんだ。悪いのは、全てを操ろうとする始創だ!! 理だとか何だとか言って、全てを運命のように決めつける。違うだろ?! 俺達は生きている。みんな自らの意思で生きているじゃないか!! 神に作られた。始創に作られた。輪廻の理を狂わせた。そんなことはどうだっていい!! ステラの意思を聞かせてくれ!! ステラは、本当に人間を滅ぼしたいと思っているのか?!」
カイトは繋心を使用した際、ステラの心とも繋がっていた。
だから知っている。
ステラが新しい世界を創生する時、すべての想いを人間といった新しい生命に託そうとしていたことを。
どの神よりも、ステラが一番に人間を愛おしく思っていたことを。
「全ては……私の力が足りなかったから。私がもっと力を持っていたら……人間を滅ぼすなんて道を選ばなくて良かったのに」
緋色の瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちる。
誰にも打ち明けることができなかった想い。
大聖官といった宿命を背負い、逃れることができない理の鎖。
その鎖に縛られた日々は、とてもとても苦しかった。
「私は大聖官になんてなりたくなかった。ずっと、ずっとメルと一緒に歌を歌っていたかった。私は……ずっとメルの……傍に……」
次々と溢れる涙に、言葉が止まる。
そんな苦しい日々を忘れさせてくれたメルが、どうしようもなく好きだった。
ずっとメルの傍にいたかった。
何も考えず、平凡にその温もりを感じたかった。
ただ……それだけで良かった。
「まだ分かりあえるよ。俺達はここから始まるんだ。人間と神は、共に助け合えるはずだ」
カイトはステラの手を握ろうとゆっくり手を差し伸べる。
しかし、その手がステラに届くことはなかった。
「…………もう……無理なのよ」
ステラは両手を空に掲げると、自身の周りに強固な結界を張り巡らせる。
そのまま空を見上げ創遏を振り絞り、ゆっくりと歌い始めた。




