第38話 その光。全てを喰らう
蛍火が舞うと、そこには自然と優しさが集う。
空を泳ぐ睡蓮は、その清らかな遺志を形に変えると、一人の女性を創生した。
不完全に成形された半透明に透ける体は、艶やかな黒髪を揺らがせ、ただ無気力に宙を漂う。
器を失った魂は、歌声を圧し殺して世界の行く末を見守っていた。
目の前で戦う、深紅の青年に見惚れるように。
「……ステラ」
統率の歌を歌い終えたナナは、女性を見上げて瞳を濁す。
憎いはずなのに、忌々しいはずなのに、厭わしいはずなのに。
何故だろうか、その悲しげな緋色の瞳を見ると、悲しみに胸を締め殺された。
「人間ごときが、始創の従者を倒すだと? 貴様がこのヴェルモットを倒すと? その傲慢な戯言、今すぐに磨り潰してやろう!!」
明らかに怒り狂っているヴェルモットは、感情のままに胴体を激しく震わせる。
数千の鱗を胴体から放つと、その矛先はカイトに標準を定めた。
「傲慢……? 傲慢なのは、貴様だ!! ヴェルモットッ!!」
ヴェルモットに向かって叫ぶと、カイトは持っていた剣を手放す。
剣は地面に落ちると同時に光となり、主の元へ還るようにカイトの体に吸い込まれていく。
突然武器を手放したカイトの行動に、ヴェルモットは一瞬だけ戸惑った。
その隙を逃すまいと、カイトはすぐさま両手を広げる。
自分の身長ほどありそうな弓を創成すると、自らの創遏を矢に変換し、数千の鱗に向かって立て続けに放つ。
「なっ!?」
一瞬で数千の鱗を射止めると、一本一本が大爆発を起こし鱗を消滅させる。
今のカイトには生半可な攻撃が通用しないと判断したヴェルモットは、悔しそうに歯を噛み締める。
しかし、カイトを見定めると同時に一つの隙を見いだした。
「……これだ」
ヴェルモットは大口を開くと、鋭い牙を剥き出しにしたまま、途轍もない勢いでカイトに向かい突撃する。
カイトはすぐさま回避しようと足に力を込めた。
しかし、ヴェルモットはカイトの横を過ぎると、そのまま勢いを落とすことなく大地を目指す。
「こいつ……まさか?! やらせるか!!」
ヴェルモットが牙の矛先に選んだのは、カイトの後方に立っていたナナであった。
咄嗟にナナを守るように割ってはいるが、すでにヴェルモットの勢いは最高速に達している。
剣では受け止めきれないと判断すると、弓を手放し巨大な斧を作り出した。
「はぁあぁぁぁあぁぁ!!」
渾身の力を込めて斧を振り回す。
ヴェルモットの牙が大地を抉ろうとすると同時に、巨大な刃がその横面を捉える。
ガキンっと鈍い音を響かせると、そのままヴェルモットの顔面を勢いよく叩きつけた。
「くっ……この武器では刃が通らないか」
途轍もない衝撃がカイトの手を震わせる。
即席で作った斧では、ヴェルモットの強固な鱗を貫くことはできなかった。
しかし、結果的に巨大な斧は鋼鉄の金槌のような役割を果たし、ヴェルモットの顔面を空高くまで叩き上げることに成功した。
ヴェルモットの狙いは、ナナを標的にすれば自然とカイトに隙ができると見越しての行動であった。
だがカイトの臨機応変な対応に、そんな甘い考えは通用しない。
「ぐぅ……こいつ、戦い方が変化している。繋心によってその多様性を増やしたというのか? それに、繋心発動と同時に喰らい歌を解除したにも関わらず、この強さ。このまま喰らい歌を使ったら…………いや、喰らい歌をやめた……?」
ヴェルモットは、カイトの瞳が茶色に戻っていることに疑念をいだく。
すぐさま一つの可能性に気づくと、口を綻ばせて笑みを浮かべた。
「そうか……使えないのだな? 自らの創遏を喰らい歌で高めるだけでも容易ではない。繋心によって数多の創遏が体を巡っている状況では、喰らい歌を使うことができない。となれば、今の貴様の強さが限界ということだ」
勝機を見いだしたヴェルモットは、高々に咆哮をあげる。
同時に空はどす黒く染まり、数多の稲光が落雷のごとく降り注ぐ。
全身全霊の創遏を奮い起こすと、辺り一帯を覆い尽くすほど巨大な魔法陣を作り出した。
「貴様さえ葬ってしまえば、この戦いは終わったも同然。今から放つ法術は我が使える最大の攻撃。貴様が避ければ、そのまま街は全て消し炭となるだろう。どうする? 貴様が受け止めるしか道はないぞ? 我に楯突いたことを後悔するが良い!!」
魔法陣がバチバチと音をたてて輝きを強くする。
セントレイスの半分ほどを覆い尽くす巨大な魔法陣。
そこから放たれるエネルギーは、この世界の終わりを告げるものであった。
「……」
「……カイト」
黙って空を見上げるカイトの腕を、ナナはそっと掴む。
カイトの力を信じているが、ヴェルモットのあまりにも強大な力に、言葉がうまく出てこない。
何も手助けすることができない無力な自分に、自然と焦りが顔から滲み出ていた。
「ナナ……少しだけ、離れていてくれ」
振り返ったカイトは、とても落ち着いていた。
柔らかな笑顔を作ると、優しくナナの髪を撫でる。
あまりにも静寂なカイトの言動に、ナナは驚きながら自然と数歩後ろに下がった。
ナナが離れたことを確認したカイトは、鋭い眼でヴェルモットを睨む。
そのまま上空に向かって両手をかざすと、創遏を高めながら詠唱を始めた。
「統べての理を妨げる根幹に問う
天象の静寂たる嘆き
冥府に淀む憤怒の雫
我を拒絶せし混濁の情状……」
カイトの詠唱と同時に形成されていく魔法陣は、瞬く間にその形を大きくしていく。
複雑に記号が羅列し、巨大な円形を描く魔法陣。
真っ先にその法遏の正体に気づいたのは、クロエであった。
「この詠唱術。そして……この魔法陣。カイト……お前は一体……どこまで強くなるんだ」
詠唱が終盤を迎える頃には、カイトが作り出した魔法陣はヴェルモットが作り出した魔法陣よりも圧倒的に巨大になっていた。
その大きさはセントレイス全域を軽く覆い尽くすほどである。
そしてそれは、ヴェルモットの巨大な全身をしっかりと捉えていた。
「開け天啓の階段
開け獄門の扉
その輝で全てを元に帰せ」
カイトから発せられる常軌を逸した創遏に、ヴェルモットの額から無意識に汗が流れ落ちる。
しかし、始創の従者であるといったプライドが、ヴェルモットの魂に激しく火を灯す。
「人間ごときが始創に勝てるはずがない!! 我が、我が負けるはずがない!! そのふざけた創遏、我が打ち返せぬはずがないのだ!!」
ヴェルモットが自らの魔法陣に最大限の創遏を流し込む。
完成した魔法陣は、神々しい光を放ち、今まさにセントレイスに向かって力を放たれようとしていた。
「これで終わりだ!! 絶壊滅法術 照射!!」
超密度の光が一点に集束すると、彗星のように大地へ降り注ぐ。
その光に迎え撃つのは、カイトが作り出した魔法陣である。
「ヴェルモット……終わらせるよ。超広域殲滅法遏 発動!!」




