第37話 繋心再び
(体の中を……いくつもの感情が駆け巡っている)
繋心とは、数多の創遏を繋ぎ、自らの力へと変換すること。
それは、創遏に眠る無数の本質を一つに纏めることだ。
闘志、信頼、勇気、愛情、誠実、恐怖、支配、正義、自由、孤独。
あげればきりのないその全ての本質は、各々が主張し、反発する。
歴代の弐姫が同時にコンサートを行わなかったのが良い例である。
横並びする二つの創遏が強大であればあるほど、それらはお互いに反発しあう。
ティナとリリーといった、実力が均衡する二人の強者が同時に歌う。
いとも簡単にやっているが、それは途轍もない信頼関係があって初めてなせる技であった。
今カイトに求められているのは、それを軽く越える難題。
この場で戦う全ての強者に眠る本質を、一つに纏めようとしているのだ。
ナナの歌声によって統率された創遏は、カイトの体に流れ込むことによって各々が強く主張を始める。
それらをコントロールし、最大限に主張が高まったところで平等に繋ぎ合わせることにより、一つ一つの創遏に秘めた最大限の力を発揮するのであった。
(前に繋心を使った時とは、全くの別物だ。あの時はナナと、周囲に漂う自然界の創遏だけだった。だけど、今回は規模が違う。ナナ、クスハ、レオ、アリス、クロエさん、ティナさん、ロランさん、それにシアン。色んな人の創遏が、俺の中で一つになっていく)
メルから力の教授を得たカイトは、無意識に、自然体のまま数多の本質を繋ぎ合わせていく。
一人一人が手を取り合うイメージ。
お互いがどれほど毛嫌いしても、手を取り合った瞬間、そこには一瞬の信頼がうまれる。
その一瞬を、カイトは手放さなかった。
「貴様……メルの力を使いこなそうというのか? 生意気な人間だ」
深紅に染まるカイトを見て、ヴェルモットは躊躇することなくその牙を突きつける。
勢いよく一本の腕を振り下ろすと、それによって発生した真空波が空間を斬り裂きながらカイトを目指す。
「くそが……邪魔は……させねぇぞ」
地面に膝を突いて息を切らすクロエは、カイトの盾になろうと足に力を込める。
しかし、震える足にはその想いが伝わらず、焦る気持ちは叫び声として口から漏れた。
「くっ……カイトッ!! 避けろ!!」
クロエの叫びも虚しく、ヴェルモットの放った真空波は、けたたましい風斬り音と共に空を穿つ。
途轍もない勢いを保ったまま大地に到達すると、カイトとナナを巻き込んで大地を抉りとった。
巨大な爪痕のように引き裂かれた大地は、その姿を隠すように土煙をあげる。
その煙で状況がしっかりと把握できないが、勝利を確信したヴェルモットは、したり顔で大笑いをあげた。
「がっはっは。たいしたことなかったな。所詮は人げ……ん……」
微かに聞こえる歌声に、ヴェルモットの笑いが止まる。
その歌声は、土煙が晴れていくにしたがって大きくなっていく。
鋭い目つきで大地を睨むと、一部分だけが真空波に抉られることなく無傷のまま残っていた。
「貴様……」
深紅の王創が空へ昇る。
真っ赤に燃える王創の余韻には、数多の本質が宿り、虹色の光が後を追う。
その後ろで歌うナナは、いっさい怯むことなくその歌声を披露する。
(カイトが必ず守ってくれる。だから、私は思いっきり歌えるの)
ナナの周囲だけが、別世界のように赤い光に包まれている。
完全に完成した繋心を纏うカイトは、ナナを守るように立ち、ヴェルモットを見上げていた。
「なんだその自信に満ち溢れた目は? 人間ごときが、我に勝てると思っているのか? 腹立たしい。なんと腹立たしいことか!!」
ヴェルモットは怒声をあげると、二本の腕を合掌させ詠唱を始める。
セントレイス上空に黄金色の光が集う。
瞬く間に太陽と錯覚するほどの光を放つ、高出力のエネルギーを凝縮させた光球を作り出した。
「貴様の目が気に喰わぬ。我の法術をもって、この街全てを消し炭にしてくれるわ」
ヴェルモットは光球を完全なものとするため、更に創遏を高める。
直径百メートルほどまで光球を大きくすると、カイトに標準を合わせ、不適に笑う。
「我に楯突いたことを後悔するが良い!!」
腕を振りかぶり、完成した光球を大地に向け飛ばそうとした――その時、ヴェルモットの思考が一瞬止まった。
先ほどまで確実に見定めていたカイトが、いつの間にか視界から消えている。
何が起きているのか思考を巡らせようとしたが、それよりもずっと速く、腕に違和感が走った。
「……なっ」
この場で、カイトの動きを目視できた者はいなかった。
一秒にも満たない刹那。
カイトは遥か上空に浮かぶヴェルモットの懐まで駆け、静かに剣を振り下ろす。
合掌する二本の腕をほぼ同時に根元から斬り落とすと、そのまま胴体に向かって剣を突き立てる。
「ぐぅがぁ……この、小童がぁあぁぁ!!」
半分ほど刀身が突き刺さったタイミングで、ヴェルモットの神経が反応した。
咄嗟に胴体を捻り突き立てられた剣を引き抜くと、その勢いのまま尾をカイトめがけて振り回す。
だが、蝿を叩き落とすように振り落とされた尾は、カイトに届くことはなかった。
「だあぁぁああぁぁ!!」
カイトの魂が空に響く。
渾身の力を込めると、剣を縦に振り落とし、迫りくるヴェルモットの尾を容赦なく両断した。
「グォォォオォォオォ……」
獣の呻きのような悲鳴がこだまする。
過去に味わったことのない激痛に、ヴェルモットは苦しそうに悶え、大口を開けて叫び声をあげた。
それと同時に、ヴェルモットが作り出した光球は制御を失い、バチンと大きな音をたてて破裂する。
「がぁ……はぁ……はぁ……」
ヴェルモットは、自分の体を見て怒りに震えた。
斬り落とされた二本の腕は光の玉となって蒸発し、血流が溢れだす腕の根元と尾は、ボコボコと泡を吹き出している。
その泡が体組織に変換され、超速再生のように傷口を塞ぐが、それによってヴェルモットの体力が回復するわけではない。
牙をガチガチと噛み合わせ、鋭く目を尖らせると、殺意に満ちた眼光でカイトを睨みつけた。
「貴様……よくも……よくも我にこれ程の傷を」
そんな眼光に怯むことなく、カイトは堂々と立ってみせる。
剣を握る手に力を込めると、一つ深呼吸をし、精悍な眼差しでヴェルモットを睨み返した。
「ヴェルモット。お前は俺が倒す」




