第36話 十億年続く愛の形
ステラが成し遂げようとする本当の目的。
それは、まさに輪廻の理に抗うものであった。
『ステラは、転生先である体に特殊な歌を作り出そうとしていた。理を終らせる歌【終歌】』
「理を……終わらせる」
これまで永遠と続いてきた輪廻の理に、ステラは自らが終止符をうつと決めていた。
しかしそれは、強大に渦巻く理を終わらせるには到底足りない微弱な力。
だがその歌は、神の創生者である始創を確実に滅ぼすほどの力を秘めていた。
「そんな力が……」
『確かにそんな歌は都合良くできたりしない。だからステラは三千年の再臨の度に、ファルディンにある泉に、少しずつ力を残していったんだ』
ステラの遺志が根づく歌姫の泉。
そこに秘められた遺志は、何億年もの年月を経て蓄積されたステラの想いであった。
『そして今、その蓄積された想いが歌となって完成した。転生先である女性には、その終歌が秘められている。監視人を通してそれを見ていた始創は、ステラの行動を危惧し再び再臨の準備を始めている。そしてヴェルモット召喚のため、始創の世界であるオベルダを封印から解放することにより、その時は数倍にも早まってしまった』
「ステラは、始創が完全に力を復活させる前にその歌で始創を滅ぼそうとしているのか」
話の流れから結末を予想したカイトは、神と人間が手を組むことはできなかったのか疑念をいだく。
目的が始創を滅ぼすことであるなら、そもそも神が人間を滅ぼす理由はないはずだったからだ。
「なんでステラがそこまで人間を滅ぼそうとするのか、理由が分からない。人間を滅ぼしたところで、始創に従うつもりはないのだろ?」
『それは、人間が想像以上に力をつけてしまったからだ。今の時代ならば弍王が良い例えだな。奴らは異常な力を身につけている。その力は、神を越える力だ。そんな奴らが協力といった道を選ばなかった時、それはステラにとって途轍もない恐怖に変わる。その理由こそが、ノーマンドが原因で課せられた制約が関わってくるんだ』
神が制約を課せられて消滅した時、ノーマンドだけがルーベに残っていた。
不死であるノーマンドにのみ始創の制約が効果を成さなかったことに対し、理不尽にも始創は制約を重たくした。
その内容は、大聖官ステラが三千年の制約以外で死を迎えた時、全ての神とルーベが消滅するといったもであった。
それにより、ステラは絶対に死ぬことができなくなったのである。
制約を無視し、自ら命を絶てば全ての神がその存在を失う。
人間に殺されても同じことだ。
『それが原因となって、ステラは人間を信用することができないんだ。更には、俺がステラに反旗を示したことで、その気持ちに拍車をかけてしまった』
「メルがステラを? メルはステラを愛しているんじゃないのか?! ステラを守ると誓ったんじゃなかったのか?!」
ステラを裏切ったと思わせる発言に、カイトは鋭く反応した。
しかし、メルにはメルなりの想いがあったのだ。
『確かに俺はステラの意を無視した。ステラが始創を滅ぼそうと準備をしている間に、俺は幾度も始創を滅ぼそうと先走ったんだ。なぜそんなことをしたのか、カイトには分かるな?』
メルの考えはすぐに伝わった。
守りたい者のため、守りたい者の意を無視してでも行動を起こす。
それは、守られる側には理解することのできない、強い感情なのだ。
「……ああ。その気持ちは確かに分かるよ。ただ、それはステラを守ろうとする強い気持ちがあってだろ?!」
『そうだ。だが、ステラの気持ちを踏みにじるような行為を絶対に許さないとした者がいた。それがハイネンだ』
ハイネンは、メルよりも古くからステラの傍で仕え、誰よりもステラのことを愛していた。
そこへ急に現れた異端児。
その異端児はあろうことか、ステラをたぶらかし、その心を奪っていった。
それでも、自らが愛した女性の幸せを願ったハイネンは、ステラの意に反するメルの行動に怒りが爆発した。
それが三千年前に起きた、神話として伝えられている戦いである。
『俺はその時、ハイネンを殺した。それだけじゃなく、俺の邪魔をしないようにファルディンを二つの世界【ファンディング】と【ルーイン】に分け、その遺志をルーインに閉じ込めたんだ』
「なっ……なんでそこまでして!」
ハイネンを殺したことは、ステラの気持ちを大きく動かした。
そのあまりにも身勝手な行動に、ステラからメルに対する信頼は全て絶ち切れてしまった。
『俺は……何としてもステラより先に始創を滅ぼさなければいけなかった。終歌の代償がどんなものになるか、ステラ本人から聞いてしまったから』
過去にステラはその力の代償を悟っていた。
そしてそれは、死よりも過酷なものである。
『終歌の代償は、肉体の不死化と魂の消滅。この歌を歌うことで、ステラは永遠に魂のない脱け殻として生きていくことになるんだ』
終わりを意味する歌は、永遠の始まりでもあった。
『俺は、そんなことになってしまうくらいなら……』
「……ッ?!」
メルが続けて話した覚悟に、カイトは声がでなかった。
『カイト、お前に分かってほしいわけじゃない。だが……お前には、俺と同じ道を歩いてほしくない』
「……そん……な。そんなこと」
混濁する怒りと悲しみを抑え、カイトは震える声で必死に叫ぶ。
「なんで! なんでもっと早く分かり合おうとしなかった! ステラと……俺とだって!」
『なんでだろうな。俺は……不器用な男なんだろう』
笑って答えるメルの胸ぐらを掴むと、カイトはそのまま涙を流す。
「メルは……ずっとステラを守ろうと……」
カイトが言葉を続けようとしたその時、突如あたりの風景が歪み、真っ白な世界へと戻ってしまう。
驚くカイトに対し、メルは冷静に事態を把握した。
『これは……ステラが俺を無理矢理起こそうとしているな』
「なっ?! ここには時間の概念がないのだろ? なんで急に」
『ステラの力がそれを上回っただけだろう。ちょうど良い、俺がヴェルモットを殺してきてやる。大人しくここで待ってな』
「なっ!? 待てメル!!」
こうして、メルとの対話は突然に終わった。
ナナが集めた創遏の光に包まれながら、メルを思い出す。
十億年といった途方もなく長い愛を、カイトは感じていた。
(メル……お前の想い、俺が繋いでみせる)
カイトが目を見開くと、集まっていた全て創遏が体に流込む。
それと同時に髪が深紅へと染まり、暴れ狂う創遏の波がカイトを中心に渦巻いている。
繋心の本来の力がついに解放された。