第34話 力の教授
「歌は……力になる?」
確かに感性の高い歌声は、聞く者のポテンシャルを大きく向上させる。
特にリリーの鼓傑の歌は、戦闘面において直結的にその効果を発揮する。
王喰もそれと同じような状況なのかと、カイトは首を傾げた。
『いや、違う。歌そのものが力なのだ』
メルの意味深な言い回しに、カイトはより混乱していく。
王喰を発動する時、間違っても自分は歌を歌ったりしていない。
メルが何を言っているのか分からず、無言で頭を抱え額にシワを寄せる。
『そう難しく考えるな。根本的に考え方が違うから困惑するだけだ。お前達にとっての歌と、俺達にとっての歌というものの概念が違うから、話を理解することができない。そもそも歌というのは、神を創生した存在である、始創が扱う理のことを差す。神喰らいの歌と呼ばれるのは、始創が神を抑制するために使うからだと伝えられているんだ』
たまに聞く始創という言葉。
キルネの総師団長であったレイズも、自分自身を始創に作られた監視人だと言っていた。
しかし神を創生したといっても、神そのものが近年まで空想の存在であったため、カイトはその会話を理解するのに必死であった。
「ちょっと待ってくれよ。いくら真創具があるからって、なんで神を越えるような力を俺や他の人間に使うことができるんだ?」
『真創具の存在も異常だが、弐王が使えることも普通ではない。神でも、その力に到達したものは俺とハイネンだけだ。その依り代であるカイトとエンドが喰らい歌を使えるのは理解できるが、ただの人間が使えるなんて、理の概念を完全に無視している』
メルの話を聞くと、確かにクロエとロランの力の根源は謎の部分が多い。
二人が鍛練を怠らないことは知っている。
しかし王喰の本質の話を聞くと、人間離れした二人の力が異質であると気がつく。
王創状態で強いのは勿論だが、それを完全に越えた力を持つ二人。
カイトはより二人の奥深さに興味が湧いてきた。
『人間そのものが輪廻の理を歪ませる存在。さらに理を無視する弐王。これらが合わさっている事態をステラは重大視している。人間の創生者として、輪廻の理を継ぐものとして、自らが起こした失態の責務を償おうとしている』
「……人間そのものが、理を歪ませる?」
少し話に熱が入ってしまったメルは、首を小さく横に振ると、ため息をついて自らを落ち着かせる。
『……すまない、話がそれてしまったな。今は力についてだけ話すとしよう』
メルが光で作った数字に目を向けると、玖畢の部分を指差して話を続ける。
『ヴェルモットに勝ちたければ、喰らい歌の旋律を最も高い玖畢まで高めることだ。ヴェルモットを見る限り、奴は漆灘までしか使えないようだ。手っ取り早く倒したければ、単純にそれ以上の力で押さえつけてしまえばいい』
「簡単に言ってくれるが、俺が使えているのが壱開とかっていう段階なんだろ? そんな簡単に玖までいけるものなのか? もしかしてメルが力を?」
驚きながらも、どこか期待に胸を膨らませるカイトに、メルは大笑いをしながら腹をおさえた。
『はっはっは! まぁ……無理だろうな』
「なっ……何を笑ってるんだよ! 一体どうすれば玖畢を使うことができるんだ!」
メルが自分の力を底上げしてくれるのではと密かに期待したカイトは、顔を赤くしながら手を広げて方法を尋ねた。
『玖畢を使いたければ、カイトが完全に俺の力を使いこなす必要がある。だがそれは、俺が完全な転生をすることを意味する。さっきも言ったが、俺達の間には想定外の道ができている。現状では、俺が完全に転生することも、カイトが完全に俺の力を使いこなすことも、どちらも無理だろうな』
「だったら……どうすれば?」
胸に刻まれる十字の刻印を指差すと、メルは自らの固有能力について説明を始めた。
『俺には二つの固有能力がある。一つは【闘志の滾り】。感情のうねりを創遏に変える力。これはカイト自身も何度か経験しているな。様々な感情が生き物には流れている。その中でも、憎悪や憤怒はいつも大きなうねりをあげる。覚えているだろう? 自分の怒りが、時に巨大な力を生み出していたことを』
過去の戦い。
その殆どで爆発的な力を発揮するきっかけとなったのが、強い怒りと強い恨みだ。
時に人間は、感情でその実力を大きく変化させる。
カイトの場合、メルの固有能力によってそれが常人の数倍にも色濃く現れるのであった。
『そして、もう一つが【繋心】だ。繋心は、信頼する者の創遏と繋がることで、自らの創遏を数倍から数十倍にも高めることができる。カイト自身も、エンドとの戦いの中で一度だけ無意識に使っているな』
「何となくだが……確かにエンドと対等に剣を交えていた時があったと思う。だけど、何故かその時の状況が全く思い出せないんだ」
メルがカイトの額に手を当てると、瞼を閉じて集中する。
脳に残された記憶を探ってみるも、ノイズように靄かかって読み取れない部分に邪魔をされた。
『何か強い記憶操作が行われているみたいだな。これほどの記憶操作ができるのは……』
「何か分かったのか?」
ステラの誘い歌が関係しているとメルはすぐに気づいたが、カイトにはその事実を打ち明けようとしなかった。
深い意味があったわけではないが、記憶が抹消されている以上、余計な知識はいらぬ混乱を招くだけだと分かっていたのだ。
『……いや、何でもない。だが困ったな。繋心のコントロールは、そう簡単なものではない。本来、創遏というのは各々によってその性質が全く異なるんだ。それらを繋ぎあわせることは、水と油を融合させるようなもの。今のカイトでは、そんな精密なコントロールを一人では出来ないだろう』
「……俺の力不足だってのか。一体どうすればヴェルモットを倒すことができるんだ」
俯きながら考え込むカイトに向かい、メルが一つの提案をたてる。
『諦めて俺に体を託した方が早いんじゃないか? 俺だったら何の制限もなく繋心を使うことができる。まぁ、その後カイトが素直に俺と入れ替わることができるか、それは分からないがな』
あわよくば体を奪えるのではと企むメルは、断られることを前提として無茶な提案をした。
すぐに断られるだろうと思っていたが、意外にもカイトはその提案に対し、真剣に答えを模索していた。
「なぁメル、教えてくれないか?」
『どうした?』
「どうして神は、人間を滅ぼそうとするんだ? 人間は理を歪ませるっていったよな? 人間が何かの悪だとしたら、メルは何で俺にここまで協力してくれるんだ?」
カイトの問いかけにメルは言葉を詰まらせた。
しかしその純粋に煌めく瞳を見たメルは、真剣な面持ちで自らの過去、そしてこの先に待っている結末について語った。




