第32話 未来を繋ぐ歌声
「「クスハ!!」」
意識を取り戻したクスハの元に、カイトとナナが駆け寄る。
涙で崩れた顔をクスハがあげると、同時に押し倒す勢いでナナが抱きついた。
「クスハ……クスハ」
命の温もりを感じると、ナナの涙腺が崩壊する。
どちらも涙で顔をグシャグシャに崩しながら、その命の尊さに歓喜した。
「ナナも……良かった」
「クスハ。ありがとう」
二人の溢れでる感情を見ていると、自然とカイトの瞳にも涙が浮かぶ。
一緒に声をあげて喜びを分かち合いたかったが、戦いはまだ終わっていない。
爆発で発生した黒煙が落ち着きをみせると、その中心には淡く光り、集合体になろうと渦巻く創遏が感じとれる。
それらはまだ形を成していないが、間違いなくステラの創遏であった。
ステラがその体を再び形成すれば、またナナの体を奪われかねない。
それを止めるためには、暴れ狂うヴェルモットを先に何とかする必要があった。
癒の歌の余波でカイトの傷と創遏も多少回復し、何とか王喰状態に再び入る。
時間を稼いでくれているクロエ達を見上げると、すぐさま剣を握り、地を蹴りあげようと足に力を込めた。
「……くぅ……ごほっ」
飛び上がろうとしたその時、ティナが苦しそうに咳き込み、吐血する姿が目に飛び込んできた。
ティナは辛そうに喉を抑え、大量の汗を滴らせながらその場に力なく崩れ落ちる。
「ティナさん!?」
突然のことに驚いたカイトは、慌てながらティナの体を支える。
その体は高熱を帯び、体に残る創遏は桃色の蒸気に変化すると、不安定に空へ漂っていく。
限界を越えた癒の歌の代償は、確実にティナの命を蝕んでいた。
「私は……だい……じょうぶ」
細目を開けると、掠れた声を発しながら無理やり体を起こす。
カイト達に心配をかけないように、微笑みながら自分の状況を説明した。
「限界を越えた……歌は……代償を……伴うの。本来なら……もっと酷いことに。でも……歌の扱いを……制御できたから……少し休めば……なんとか……」
弱々しく話すと、再び辛そうに咳き込んで体を埋める。
明らかに過度の疲労状態にあるティナを、クスハが加護の歌で包み込む。
歌の結界を張ると、そのままティナに向かい全力で回復法遏を唱えた。
「カイト、ティナさんは私が絶対に守る。だから、カイトはヴェルモットを!」
クスハも疲弊しているだろうが、カイトはその言葉を信用し、ティナの安否をクスハに託す。
ヴェルモットの力は相変わらず強大であり、クロエとアリスも現状の守りで手一杯である。
全快状態ではないカイトが加勢したところで、焼け石に水であった。
しかし、ナナとの記憶が戻ったカイトは一つの突破口を見いだしていた。
ナナを見つめると、意を決してその作戦を告げる。
「ナナ……お願いがある」
「……どうしたの?」
強張ったカイトの顔に、ナナは何を言われるのか不安が過る。
カイトが気にかけていたこと。
それは、ナナの本意を無視するものであった。
「俺はメルと精神世界で対話し、自分の力について学んだ。その一つ、それがヴェルモットに勝つための手段だと思っている」
「繋心……だっけ? 私、覚えているよ。エンドとの戦い、その時にカイトが使った力だよね。その力を使うきっかけ……多分、私の統率の歌が必要なんだよね?」
ナナの確信をついている返答に、カイトは驚いた。
そしてそれが分かった上で、カイトはナナに頭を下げる。
「メル本人なら、そんな回りくどいことをしなくても繋心を使えるみたいだ。だけど、今の俺にはそこまでの力がない。頼む……ナナ。ナナが歌の力を戦いに使いたくないのは承知だ。でも、今はそれに頼るしかないんだ」
頭を下げながら、情けなく歯を食い縛る。
守りたい人のために、守りたい人を戦場に立たせる。
そんな矛盾が、カイトはどうしようもなく悔しかった。
それでも世界を守るため、守りたいものを守るため。
カイトは自分のプライドを投げ捨て、ナナに協力を頼んだのだ。
「なんだ……そんなことで気を重くしていたの?」
ナナが気優しく答えると、力強い眼差しでヴェルモットを見上げた。
「みんなが戦っている。みんなが大切なものを守ろうとしている。私一人が自分のプライドに執着している場合じゃない。私の力がカイトの役にたてるなら、私は全力で歌ってみせる!!」
カイトの隣に並び、ナナは瞼を閉じて集中する。
いつも歌う時のように創遏を呼び覚ますと、今までにない強大で底深い創遏が体を包み込む。
(この創遏……今までの私の創遏とはまるで別のものみたい。いつもよりただ力強いだけじゃない……質そのものが変わったような)
ステラとの融合をきっかけに、ナナに眠っていた歌姫としての潜在能力は、完全に覚醒を始めている。
そして、それは歌い始めたことによって更なる躍進を遂げた。
(これは……本当にナナの歌声……なのか? 今までの歌声も十分凄かったが、この歌声は明らかに違う。まるで……この世界全てを包み込むような)
ナナが歌い始めると、カイトに衝撃が走る。
いや、カイトだけではない。
ナナの歌声は、その場の全ての者の心を一瞬で魅了した。
荒々しく昂る太陽のような存在感。
乾いた身体を駆け抜ける水流のような爽快感。
張り裂けんばかりに踊り狂う稲妻のような躍動感。
柔らかな風に包まれているような安心感。
様々な感覚がナナの心を刺激する。
そのなんとも言えない幸福感は、ナナの歌声を最大限に引き立てていく。
「お……おい。俺達の創遏まで……」
クロエがゆっくりと空から降りてくる。
そのまま地に膝を突くと、王喰が自然に解除された。
アリスの結界もホロホロと崩れると、そのまま光となってナナの元にゆらゆらと漂っていく。
自然の創遏だけでなく、その場の人間達の創遏までもが、ナナの歌声に吸い寄せられているのが分かった。
無尽蔵に集まる創遏は、小さな光の玉となってナナの手元に集束する。
その光を見つめるナナの目は、気づけば片方が桃色に染まっていた。
(自分の力だけで王喰に……ステラとの融合は、ここまでナナの力を引き出したのか)
あまりにも巨大な創遏の集束に、カイトは息を飲む。
深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせると、意を決してその光に手を差し出した。
(俺が……この力を繋ぐ)
カイトが光に触れると、共鳴するように眩く辺りを照らす。
そのままカイトとナナを包み込むと、渦巻くエネルギーは、天を穿つように高く光の柱を作った。




