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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第32話 未来を繋ぐ歌声

「「クスハ!!」」


 意識を取り戻したクスハの元に、カイトとナナが駆け寄る。

 涙で崩れた顔をクスハがあげると、同時に押し倒す勢いでナナが抱きついた。


「クスハ……クスハ」


 命の温もりを感じると、ナナの涙腺が崩壊する。

 どちらも涙で顔をグシャグシャに崩しながら、その命の尊さに歓喜した。


「ナナも……良かった」

「クスハ。ありがとう」


 二人の溢れでる感情を見ていると、自然とカイトの瞳にも涙が浮かぶ。

 一緒に声をあげて喜びを分かち合いたかったが、戦いはまだ終わっていない。


 爆発で発生した黒煙が落ち着きをみせると、その中心には淡く光り、集合体になろうと渦巻く創遏が感じとれる。

 それらはまだ形を成していないが、間違いなくステラの創遏であった。

 ステラがその体を再び形成すれば、またナナの体を奪われかねない。

 それを止めるためには、暴れ狂うヴェルモットを先に何とかする必要があった。


 癒の歌の余波でカイトの傷と創遏も多少回復し、何とか王喰状態に再び入る。

 時間を稼いでくれているクロエ達を見上げると、すぐさま剣を握り、地を蹴りあげようと足に力を込めた。


「……くぅ……ごほっ」


 飛び上がろうとしたその時、ティナが苦しそうに咳き込み、吐血する姿が目に飛び込んできた。

 ティナは辛そうに喉を抑え、大量の汗を滴らせながらその場に力なく崩れ落ちる。


「ティナさん!?」


 突然のことに驚いたカイトは、慌てながらティナの体を支える。

 その体は高熱を帯び、体に残る創遏は桃色の蒸気に変化すると、不安定に空へ漂っていく。

 限界を越えた癒の歌の代償は、確実にティナの命を蝕んでいた。


「私は……だい……じょうぶ」


 細目を開けると、掠れた声を発しながら無理やり体を起こす。

 カイト達に心配をかけないように、微笑みながら自分の状況を説明した。


「限界を越えた……歌は……代償を……伴うの。本来なら……もっと酷いことに。でも……歌の扱いを……制御できたから……少し休めば……なんとか……」


 弱々しく話すと、再び辛そうに咳き込んで体を埋める。

 明らかに過度の疲労状態にあるティナを、クスハが加護の歌で包み込む。

 歌の結界を張ると、そのままティナに向かい全力で回復法遏を唱えた。


「カイト、ティナさんは私が絶対に守る。だから、カイトはヴェルモットを!」


 クスハも疲弊しているだろうが、カイトはその言葉を信用し、ティナの安否をクスハに託す。

 ヴェルモットの力は相変わらず強大であり、クロエとアリスも現状の守りで手一杯である。

 全快状態ではないカイトが加勢したところで、焼け石に水であった。


 しかし、ナナとの記憶が戻ったカイトは一つの突破口を見いだしていた。

 ナナを見つめると、意を決してその作戦を告げる。


「ナナ……お願いがある」

「……どうしたの?」


 強張ったカイトの顔に、ナナは何を言われるのか不安が過る。

 カイトが気にかけていたこと。

 それは、ナナの本意を無視するものであった。


「俺はメルと精神世界で対話し、自分の力について学んだ。その一つ、それがヴェルモットに勝つための手段だと思っている」

「繋心……だっけ? 私、覚えているよ。エンドとの戦い、その時にカイトが使った力だよね。その力を使うきっかけ……多分、私の統率の歌が必要なんだよね?」


 ナナの確信をついている返答に、カイトは驚いた。

 そしてそれが分かった上で、カイトはナナに頭を下げる。


「メル本人なら、そんな回りくどいことをしなくても繋心を使えるみたいだ。だけど、今の俺にはそこまでの力がない。頼む……ナナ。ナナが歌の力を戦いに使いたくないのは承知だ。でも、今はそれに頼るしかないんだ」


 頭を下げながら、情けなく歯を食い縛る。

 守りたい人のために、守りたい人を戦場に立たせる。

 そんな矛盾が、カイトはどうしようもなく悔しかった。

 それでも世界を守るため、守りたいものを守るため。

 カイトは自分のプライドを投げ捨て、ナナに協力を頼んだのだ。


「なんだ……そんなことで気を重くしていたの?」


 ナナが気優しく答えると、力強い眼差しでヴェルモットを見上げた。


「みんなが戦っている。みんなが大切なものを守ろうとしている。私一人が自分のプライドに執着している場合じゃない。私の力がカイトの役にたてるなら、私は全力で歌ってみせる!!」


 カイトの隣に並び、ナナは瞼を閉じて集中する。

 いつも歌う時のように創遏を呼び覚ますと、今までにない強大で底深い創遏が体を包み込む。


(この創遏……今までの私の創遏とはまるで別のものみたい。いつもよりただ力強いだけじゃない……質そのものが変わったような)


 ステラとの融合をきっかけに、ナナに眠っていた歌姫としての潜在能力は、完全に覚醒を始めている。

 そして、それは歌い始めたことによって更なる躍進を遂げた。


(これは……本当にナナの歌声……なのか? 今までの歌声も十分凄かったが、この歌声は明らかに違う。まるで……この世界全てを包み込むような)


 ナナが歌い始めると、カイトに衝撃が走る。

 いや、カイトだけではない。

 ナナの歌声は、その場の全ての者の心を一瞬で魅了した。


 荒々しく昂る太陽のような存在感。

 乾いた身体を駆け抜ける水流のような爽快感。

 張り裂けんばかりに踊り狂う稲妻のような躍動感。

 柔らかな風に包まれているような安心感。

 様々な感覚がナナの心を刺激する。

 そのなんとも言えない幸福感は、ナナの歌声を最大限に引き立てていく。


「お……おい。俺達の創遏まで……」


 クロエがゆっくりと空から降りてくる。

 そのまま地に膝を突くと、王喰が自然に解除された。

 アリスの結界もホロホロと崩れると、そのまま光となってナナの元にゆらゆらと漂っていく。

 自然の創遏だけでなく、その場の人間達の創遏までもが、ナナの歌声に吸い寄せられているのが分かった。


 無尽蔵に集まる創遏は、小さな光の玉となってナナの手元に集束する。

 その光を見つめるナナの目は、気づけば片方が桃色に染まっていた。


(自分の力だけで王喰に……ステラとの融合は、ここまでナナの力を引き出したのか)


 あまりにも巨大な創遏の集束に、カイトは息を飲む。

 深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせると、意を決してその光に手を差し出した。


(俺が……この力を繋ぐ)


 カイトが光に触れると、共鳴するように眩く辺りを照らす。

 そのままカイトとナナを包み込むと、渦巻くエネルギーは、天を穿つように高く光の柱を作った。

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