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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第31話 過去を越える歌声

 空に散った結界は、粉雪のように煌めきながら美しく舞う。

 命の灯火が消えると同時に残した光は、皮肉にも見る者の心を魅了した。


「そんな……クスハが」


 目の前で起きた衝撃に、ナナは口を押さえながら漠然と空を見上げる。

 煌めく粉雪に反し、無秩序に広がる黒煙は、ただ悪戯に空を黒く染めていく。

 その煙を嫌うように、少女の体は空から落ちてきた。


「クスハ!!」


 クスハの身体をカイトが受けとめると、その変わり果てた姿に心を殺された。

 服はボロボロに焼け落ち、真っ黒に焼けただれた肌が露出する。

 美しかったサラサラの青い髪は見る影なく焦げ、力なくぐったりと項垂れる体。

 呼吸は止まり、胸に手をあてても心臓の鼓動を感じることができない。

 それなのに、彼女の口元は幸せそうに笑みを浮かべていたのだ。


「クスハ……なんで……こんな」


 怒りと悲しみに体が震える。

 カイトはクスハの体を優しく抱き寄せると、流れ落ちる涙をその体に押しつけた。


 ナナもゆっくりとクスハに近寄ると、恐る恐るその手に触れる。

 焦げて熱がこもっていた体は、熱いはずなのに、とてもとても冷たかった。

 触れたことにより、思考が死を実感させる。

 虚無に心が捕らわれると、崩れ落ちた膝はただ地を突くことしかできなかった。


 声にならない叫びが二人から溢れる。

 強烈に押し寄せてくる悲嘆は、瞬く間に涙と絶叫に変わっていった。


「カイト、ナナ!! そこを退きなさい!!」


 突然であった。

 二人の叫びは力強いティナの声に止まる。

 涙ながらに振り返ると、桃色に片目を染めたティナが歩いてくる。

 ステラがナナから引き離されたことにより、ティナ達にかけられていた拘束法遏は解除されていた。

 自由になったティナは、持っていた真創具を使い王喰状態に入っている。

 その表情はいつになく真剣で、指にはめられた真創具の輝きが、その強ばった面様を一層に引き立てていた。


「クスハは……私が絶対に助ける」


 クスハの強い覚悟は、ティナの心に衝撃を与えた。

 ナナを救うためにその命を尽した決意に、ティナもまた決意する。

 過去に一度だけ使い、二度と使わないと決めていた癒の歌の限界点突破。

 その力は、死して間もない魂の蘇生である。

 そして、その力の扱いを誤った代償は、誰よりも自らが理解していた。


「できる……必ず成功させる……今の私になら……できるはず」


 自分を諭すように独り言を呟くティナを、クロエは心配そうに見つめていた。

 彼女の過去を知るクロエは、本来ならその力を止めるべきと考えていた。

 しかし、この状況下でそれを言えるほどの決意は、今のクロエになかった。


「カイト、ナナ。私から離れていなさい」


 ティナの気迫に押され、カイトとナナは言われるがままにその場を退く。

 クスハの遺体を優しく抱き締めると、ティナは徐々に創遏を高めながら歌い始めた。

 それを空から見下ろしていたヴェルモットは、頬をひきつらせながら荒々しく鼻息を吐く。


「ステラの魂と肉体の分断。それに加え、生意気にも我の目の前で堂々と死者の蘇生とは。なんとも図々しい行いだな」


 ティナ目掛けて標準をつけると、口を開き創遏を集中させる。

 辺り一帯を吹き飛ばすほどのエネルギーを溜めようとするヴェルモットであったが、突然の鋭い斬撃が顔面を斬りつけた。


「ティナが覚悟を決めたんだ。俺は……いま俺にできることはそれを全力で守ることだ」


 クロエは立ち上がると、意地を振り絞り再び王喰を身に纏う。

 振りかざした斬撃は、さきほどの暴走状態と比べたら圧倒的なまでにか弱い力であった。

 それでも今まともにヴェルモットへ立ち向かうことができるのは、クロエだけである。

 ボロボロの体で空に浮かぶと、ヴェルモットの前で胸を張り、堂々と仁王立ちしてみせた。


「そんな体で良くやる。それが王と呼ばれる者のプライドか? ならば先に貴様を噛み砕いてやるまでよ」


 ヴェルモットが腕を勢い良く振り落とすと、鋭い爪がクロエに襲いかかる。

 しかし、その攻撃はクロエに届く前に五角形の盾をかたどった結界に防がれる。

 何事かとヴェルモットが目を配ると、アリスが地上から法遏を唱え、結界を作っていたことに気がついた。


「……小娘が」


 ヴェルモットの一撃でボロボロと簡単に崩れてしまう結界であったが、クロエをサポートするには十分なものであった。

 一瞬だけヴェルモットがクロエから目を逸らすと、その隙にクロエが的確に攻撃を叩き込む。

 致命傷を与えることはできないが、ヴェルモットを怯ませるには十分な攻撃であった。


「私もお手伝いします!」

「アリス! いい根性しているぞ! そのまま援護を任せる!」


 クロエとアリスがヴェルモットを抑えている間に、ティナの歌声は限界点に近づいていた。

 ティナを中心に、桃色の創遏がオーロラのように辺りを包み込む。

 歌い続けるティナの額には汗が滲み、辛そうに繰り返す呼吸は、肩を大きく上下に揺さぶっている。

 それでもどんどんと力強く溢れる歌声は、漂う桃色の創遏を更に色濃くしていった。


「凄い……これが、四凰の歌の限界を越えた力」


 カイトとナナは、目の前で起きている事象に心を奪われていた。

 ティナの歌声から溢れだす生命力は、傍にいるカイトの傷まで癒し、尽きていた創遏も微弱ながら回復させていく。

 焼け焦げたクスハの体も、ティナの強まる歌声に呼応するように傷が治っていった。


 ただ、ここまではあくまで傷の回復だ。

 肝心なのはこの先。

 魂を失った肉体に、再び魂を呼び戻す。

 癒の歌の真髄が、ティナの限界を越えた創遏によってその旋律を奏で始めた。


(クスハ……貴方はまだ生きなきゃいけない。誰よりも強く、誰よりも深く生きる意味を求めてきたのでしょ? その理由が友の犠牲になって死ぬだなんて、私は絶対に許さない!! 貴方がここで死ぬ運命だって決めるなら、私は貴方の運命を変えてみせる!!)


 ティナが力強く目を見開くと、歌声は最高潮に達する。

 癒の歌で発生した桃色のオーロラは、力を凝縮するように一ヶ所へ集まってきた。

 その光を両手で受けとめると、優しくクスハの体に吸い込ませていく。


 癒の歌の力を吸収したクスハの体は、重力を無視するように少しだけ浮かび上がり、神秘的な白い光を放つ。

 数秒だけそのまま光を放つと、その光が消えると同時にティナの腕へゆっくりと降りてきた。


 あらゆる傷が全て完治し、焼き焦げた髪の毛も元の綺麗な青髪に戻っている。

 顔は生命力に溢れた艶のある肌色が色づき、瞑っていた瞼がゆっくりと開く。

 眩い光を眼で感じると、口からは吐息が自然と芽吹いていた。


「ティ……ナ……さん……?」


 弱々しく発した言葉に、ティナは満面の笑みで答える。

 そのまま優しくクスハの体を包み込むと、状況を理解したクスハはティナの胸に顔を埋めて涙を流した。

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