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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第30話 決意の歌声

「なんですかこの歌声は? 四凰の歌ではない。私の知らない歌声」


 どこからともなく流れる歌声が、戦場のひりつく空気を包み込む。

 ステラの歌声を上書きするように、力強く、優しく、悲しい歌声。

 この場の全員が、突如として聞こえてきた歌声に心を奪われる。

 そして、カイトだけはその歌声を知っていた。


「この……歌は」


 カイトの記憶に刻まれる、悲しい歌声。

 忘れるはずがない。

 あの日……守れなかった命。

 目の前で失った歌。


「消失の歌……グラシアの歌……まさか」


 何かを察したカイトは、一人あたりを見渡す。

 必死に目を凝らし、何もない空に向かい声をあげた。


「何をするつもりなんだ? やめるんだ……クスハ!!」


 突然なにもない空に向かって叫ぶカイトに、ティナ達が呆気にとられる。

 それはステラとヴェルモットも同様であった。


「クスハ? 偽物の器である人工歌姫のことですか? それにしても、この歌声には何の創遏も感じない。この歌声は一体なにを」


 何が起きるのか把握できずにいると、その歌声は急に止まる。

 それと同時に、突然なにもないところから瞬間移動してきたようにクスハが姿を現した。

 ステラは突如現れたクスハの気配に、声をあげて驚いた。

 消失の歌によって存在を消していたクスハが現れたのは、ステラの真後ろであったのだ。


「なっ?! 貴様一体どこから?!」


 ステラが咄嗟に後ろを振り返ろうとするが、それよりも早くクスハは両腕で後ろから強く抱きついた。

 その腕を振り払おうと暴れるステラであったが、とても強い意思がステラの体をしっかりと拘束する。


「クスハ!! やめるんだ!!」


 カイトはクスハに向かい無意識に叫んだ。

 何か悪いことが起きる。

 何故だか分からないが、直感がそれを予知した。


「お前が街の皆を……お前が、ナナを。許さない、絶対に許さない」


 クスハが右手に握り込んでいた指輪をステラに押しつける。

 その指輪に装飾された宝石を見て、ステラの表情は一変した。


「貴様!? それは……!!」


 明らかな焦りを見せるステラは、腕を振り払おうと必死にもがく。

 クスハが押しつけたものは真創具、それに埋め込まれている女神の涙であった。


「ノーマンドが言っていたよ。女神の涙に封印されていたって。この石にはその力があるのでしょ?!」


 狙いを悟ったステラは、苦笑いを浮かべながらクスハの行動に忠告する。


「あの男を封印したのはもっと大きな水晶の塊だ! そんな小さな水晶に私を封印すれば、すぐに行き場の失くなった創遏が暴走し、途轍もない大爆発を起こします。この辺り一帯が消し飛びますよ?」


 ステラの忠告は決して大袈裟なものではない。

 神人であるノーマンドを封印するならまだしも、大聖官ほどの力を、この小さな女神の涙に封印することは無謀であった。


「それでも、貴方をナナの体から引きずりだせるのでしょ?」


 クスハの意思が揺るがないのを見ると、ステラは額に汗を浮かべる。

 すぐに法遏を使いクスハを引き離そうと試みるも、クスハはそれよりも早く次の行動に入った。

 真創具に少量の創遏を注ぐと、それをきっかけに真創具が密着する者の創遏を吸い込み始めた。


「やめなさい!! やっと……やっと体を手に入れたのですよ?! 三千年……三千年も待ったのに」


 抵抗するステラを嘲笑うように、真創具の光がどんどんと増していく。

 真創具の光が最高潮に達すると、真っ白な光が二人を包みこんだ。


「やめろぉおぉぉ!!」

「ナナの体から……出ていけぇぇぇ!!」


 目映い光が一瞬だけ世界を照らすと、すぐさま光が真創具に吸い込まれていく。

 すべての光が吸い込まれると、真創具は点滅するように灯っていた。


「ク……ス……ハ」


 ゆっくりとナナが口を開く。

 その瞳は、緋色から綺麗な黒色に戻っていた。


 その瞬間──全ての人間に電撃が走る。

 誘い歌によって消えていたナナに関する記憶が、一瞬にして甦ったのだ。


「ナ……ナ……俺は……俺は何で忘れて」


 カイトの瞳から、自然と涙がこぼれ落ちる。

 悲しくて涙を流したわけではない。

 無意識に、無感情のまま、体が反応したのだ。


「ナナ……良かった、本当に良かった」


 クスハは涙を浮かべると、そのまま勢い良くナナの体をカイトの方に突き飛ばす。

 体が戻ったばかりで力の入らないナナは、そのまま流されるように地面に向かって落ちていった。


「ナナ!!」


 カイトはナナに向かって走り、地面に落ちる前にその体を受け止める。

 二人は目と目が合うと、こみ上げてきた感情に身を任せ、強く抱き締めあった。


(良かった……これで……良かった)


 ナナの無事を確認したクスハは、手の平で点滅を繰り返す真創具に目をむける。

 その光がどんどん強くなっていくことに、この後の展開を予測した。


(やっぱりステラが言ったことは嘘じゃない。このままだと、創遏を抑えきれなくなった真創具が周囲を吹き飛ばす)


 意を決したクスハは真創具を胸に押し当てると、そのまま瞼を閉じて集中する。

 一度だけ深呼吸をすると、自らの創遏を全快に高め、加護の歌を歌い始めた。


(これが……私の運命だったのかもしれない。生きる意味を見いだせなかった日々に、やっと納得のいく終わりを見つけることができた)


 歌声が響き渡ると、空に漂う自然の創遏がクスハに集まってきた。

 人工歌姫特有の優しく、悲しい歌声は、零れ落ちる涙のように雫となってクスハを包み込む。

 加護の歌で作った結界内に自らと真創具を閉じ込め、爆発を抑え込むつもりであった。


「クスハ……? やめるんだ!!」


 事態に気づいたカイトは、クスハを見上げて声をあげる。

 ふらつく足に力を込めると、クスハに向かって地を蹴った。


「こないで!!」


 近づいてくるカイトを静止するように、クスハは怒声をあげた。

 その瞳には涙が浮かび、足は恐怖に震えている。

 自らで決めた死への覚悟。

 カイトが傍に来てしまうと、その覚悟が揺らいでしまいそうであった。


「お願い……傍に……こないで」


 クスハの叫びに、カイトは足を止めなかった。

 加護の歌で張った結界に手をあてながら、カイトはクスハの名を必死に叫ぶ。

 自らを助けようと必死に叫ぶカイトの姿は、緋色の呪いで死にかけたその時と全く同じであった。

 誰よりも必死に自分以外の人を救おうとする。

 その想いは、今のクスハには誰よりも理解することができた。


「カイト……ありがとう」


 堪えていた涙が溢れだす。

 頬を伝って落ちていく涙が、雫となって真創具に潤いを与えた。


 それをきっかけに、真創具に抑え込まれていた創遏が限界を迎える。

 真っ白な光が結界内を埋め尽くすと、一瞬の静寂の後に結界内が橙色の炎で染まった。

 加護の歌の結界に亀裂が入ると、そこから吹き出した強烈な風圧にカイトは吹き飛ばされる。

 勢い良く飛ばされたカイトが地面を転がると、すぐに空を見上げて絶句した。


 轟音と共に衝撃波が空を駆ける。

 爆発を抑え込んだ結界は粉々に砕け散り、その周囲は爆発の余韻で黒煙が支配する。


「クスハ……クスハァァーー!!」


 カイトの声はクスハに届くことなく虚空に響く。

 一人の少女の決意は、その空に消えていった。

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