第29話 信頼の絆
「はぁ……はぁ……」
ステラの法遏を自力で解除したロランは、辛そうに肩で息を吐く。
満身創痍の体から放った渾身の一撃は、ヴェルモットを捉えるも、致命傷を与えるほどのものではなかった。
「その傷で良くステラの法遏を解除したな。いや……法遏が弱まっている?」
ヴェルモットがステラを睨みつけると、視線を躱すようにステラは俯いた。
「メルと再開して心が揺らいだか? そんな気構えだから理をいたずらに狂わせたのだ。貴様は人間を滅ぼすことだけを考えろ。それができぬなら、制約により主が神を滅ぼすぞ」
鼻で笑いながら見下すヴェルモットに、ステラは歯を噛み締めながら睨み返す。
見開いた眼孔からは怒りや憎しみが滲み、鋭い殺意が共に向けられる。
「そうだ。その尖った殺意を人間に向けろ。貴様が考えている情弱な思考は、まさに始創への冒涜だ。それを理解しながらも、創成者であるがゆえに従わなければならない。腹立たしい思いをしているのは、貴様だけではないのだぞ?」
ステラからの殺意に全く怯むことなく、ヴェルモットは威嚇するように鼻を膨らませた。
その様子を遠巻きから見ていたロランは、何とか突破口がないか思考を巡らせる。
そんなロランにすがるように、レオは視線で助けを訴えた。
「レオ……悪いが俺にも打開策が浮かばん。ハッキリいってヴェルモットは強すぎる。そのうえ、クロエもカイト君も戦う余力は残っていない」
「いえ……もしかしたら……もしかしたら一つだけ手があるかもしれません」
頭を悩ませるロランに策を提案したのは、創遏を使いきり、立っているのもやっとなカイトであった。
「俺はメルと入れ替わった瞬間、自分の精神世界でメルと対話しました。その時に聞いたのですが、前に繋心と呼ばれる力を使えたことがあります。本来はメルの固有能力みたいです。みんなの創遏を繋ぎ合わせ、自分の創遏に変える力。それができれば……もしかしたら」
「繋心? 闘神の固定能力だと。そんな力が……一体どうすれば使うことができる?」
自分の周りに集中し、何とか繋心を引き出そうと手探りで方法を模索する。
しかし、何故その力を以前使えたのか。
何がそのトリガーとなったのかを思い出すことができず、カイトは気持ちばかりが焦っていた。
(なんでだ……繋心を使えたことは覚えているのに、何がきっかけでその力が使えたのかを全く思い出せない。なにが……なにが足りないんだ)
カイトが勇み足になっていることを感じとったロランは、カイトの傍に寄ると気持ちを落ち着かせるように肩を叩く。
「落ち着くんだ、君一人で戦っているのではない。俺とレオで時間を稼ぐ。君は自分の力を信じるんだ」
レオに目を向けると、その口元は小さく震えていた。
いくつもの戦いを経験したとはいえ、彼はまだ十七になったばかりだ。
明確な死を直感させるヴェルモットに、恐怖を抱かないわけがない。
そんな震える体に喝を入れると、力強い眼でカイトを見つめ返す。
「カイト……俺は……カイトを信じている。カイトは、俺のライバルなんだからな!」
レオの言葉にカイトは思わず身震いする。
体の底に残っていた闘争心に火が灯り、その灯火は瞬く間に身体全体を駆けた。
「あぁ……俺がなんとかしてみせる。だから、少しの間まかせたぞ……レオ!!」
カイトは空に向かって声をあげる。
身体を巡る闘争心を発散する、精一杯の叫び声。
その気迫につられ、レオも同じく声をあげた。
「レオ、いくぞ!!」
「はいっ!!」
二人の男の絶叫を合図に、再び戦闘の火蓋が切れる。
その叫びは、決して恐怖に怯える声ではない。
圧倒的な力に立ち向かう、覚悟の咆哮であった。
「声をあげて強くなれるのか? 愚かな弱者どもめ。その微かに残った希望、今すぐに断ち切ってやろう」
ロランとレオが同時に空を駆ける。
迎え撃つヴェルモットが両断するように腕を振り落とすと、二人は咄嗟に左右へ展開。
右側面に位置をとったレオは、剣を両手で強く握り締める。
自らの創遏を刀身に集中させると、そのまま全力で振り落とした。
「貴様の剣では、我の鱗に傷をつけることなどできん!」
ヴェルモットに剣が当たる直前、レオは持ち手を握り換える。
斬り払うように振るわれた軌道を無理やり変えると、鱗と鱗の隙間を縫うように剣を突き立てた。
「ぐぅ……こざかしい!!」
刀身の三分の一ほどがヴェルモットの体に突き刺さる。
微かに飛び散った血液は、傷口ができた証拠。
しかし、その小さな傷口ではヴェルモットにたいしたダメージを与えなかった。
飛び回る小蝿を叩き潰すように、レオ目掛けてヴェルモットの腕が襲いかかる。
だが、それよりも早い超速度でロランがレオの真後ろに現れた。
「うぉぉぉおぉおぉぉ!!」
怒声をあげながらロランは大剣を振るう。
レオがつけた小さな傷口を的確に捉えると、ヴェルモットの胴体を斬り裂き、巨大な傷口に変化させた。
「やった!!」
レオの口から思わず歓喜がこぼれた。
ヴェルモットの胴体を分断するまでには届かなかったが、大きく開いた傷口からは大量の血が吹き出している。
間違いなく大きな手応えを感じたレオとロランは、休むことなく連携攻撃を続けた。
しかし、その勢いを突然の歌声が止める。
レオとロランの燃え盛る闘志を沈めるような、冷たい歌声。
戦闘に集中していたはずの二人は、無意識にその歌声に心を引き寄せられた。
『鎮魂の歌』
女神ステラの歌声は、一瞬で空間を支配する。
闘志が抜け落ちたように脱力したレオとロランは、ただ呆然とステラを見つめることしかできなかった。
「そうだ。初めからそうすれば良いのだ。貴様は人間を殺すことだけ考えていろ」
協力的なステラの歌声に気を良くしたヴェルモットは、そのまま腕を振り落とす。
無防備にヴェルモットの攻撃を受けたレオとロランは、勢いよく地面に叩きつけられると、そのまま意識が切れてしまう。
「レオ!! ロランさん!!」
二人がやられたことに焦るカイトであったが、お構いなしにステラの歌声が全土に響き渡る。
歌声に心を支配されていくカイトは、思考がどんどん鈍くなっていくのが分かった。
思考が奪われ、心が奪われ、ただ無意識にステラを見上げることしかできない。
そんな虚無感がカイトを支配しようとした──その時であった。
ステラの歌声をかき消すように、別の歌声がその場に響く。
優しく……懐かしく……そして、どこか寂しい歌声。
確かに記憶のどこかにあるその歌声に、カイトは我に返り驚いた。
「この歌声……これは……」