第28話 圧倒的な力
自らを倒すと発言するカイトに、ヴェルモットが睨みをきかす。
一本の腕を勢い良く振りかぶると、カイト目掛けて爪を立てた。
ヴェルモットの攻撃に対しカイトとレオは剣を構えると、一瞬だけお互いに顔を合わせ目で合図する。
カイトに目掛けて振りかざされた腕をレオが受け止めると、同時にカイトはヴェルモットの懐に飛び込んだ。
「くらえぇぇ!」
腕の付け根に向かい、思いっきり剣を振り落とす。
両断するつもりで振り落とした剣であったが、ヴェルモットの鱗に接触すると、激しい金属音と共に刃を弾かれる。
クロエの斬撃を弾くほどの強度を誇る鱗に、カイトの斬撃は軽々と防がれてしまった。
「なんて固さ……だったら、同じところを斬れるまで斬り続けてやる!」
直ぐ様、二撃三撃と続けて剣を振りかざそうとした時、カイトの後方で何かが地面に激しく叩きつけられる。
隕石が落ちたような衝撃と音に思わず後ろを振り返ると、ヴェルモットの腕を受け止めていたレオの姿が見当たらない。
「レオッ!?」
レオがヴェルモットの腕を受け止めることが出来たのは一瞬だけであり、その強烈な勢いにレオの体は地面に叩きつけられた。
口から血を吐き苦しそうに悶えるレオを見つけると、カイトは思わずヴェルモットから意識を外してしまう。
その瞬間、視界がボヤけると同時に衝撃がカイトを襲う。
「ッ?!」
何が起きたのか分からないまま、気づけば体が地面に転がっている。
ヴェルモットに対し隙を見せた瞬間、カイトはレオ同様に腕で叩き落とされてしまった。
自分が空を見上げていることに気づくと、遅れて身体中を激痛が襲う。
「かぁっ……」
全身を粉々に砕かれたような錯覚を覚えるほどの痛みに、カイトは叫び声すら出なかった。
「カ……イト……大丈夫……か?」
レオが震えながら体を起こすと、剣を杖にしてふらつく体を支える。
額を流れる血がポタポタと滴り、呼吸は荒々しく吹き出す。
クロエとロランが二人がかりでも倒せなかった相手。
それが如何に恐ろしいことなのか、二人は身をもって思い知らされた。
その光景に、シアンもまた息を飲む。
「小僧が二人にボロボロの手負いが一人。そんな戦力で我に歯向かうなど笑止千万。身の程をわきまえるが良い」
ヴェルモットが全身を震わせると、数千の鱗が胴体から剥がれ落ちる。
それぞれが自我を持ったように空を駆けると、鋭い切先がカイトとレオに標準をつけた。
「やばい! くるぞレオ!!」
激痛に悲鳴をあげている場合ではない。
標的にされている自分とレオが地上にいれば、他の皆にも被害がでる。
今すぐに態勢を整えなければ、間違いなく全員が死ぬ。
そう直感したカイトは、気合いを振り絞り起き上がった。
「レオ! 空だ! 空で迎え撃つぞ!!」
レオも同じく直感していたのであろう。
直ぐにカイトの言葉を理解すると、同時に空へ駆け上がる。
それを見計らっていたように、ヴェルモットの鱗がカイトとレオ目掛けて襲いかかった。
「くっ……そがぁあぁぁ!」
数千もの巨大な鱗が刃の塊となって迫りくる。
一撃でもまともに受ければ、間違いなく瀕死となる威力。
二人は全力で剣を振るい、飛び交う鱗を必死に弾き返した。
「やるではないか小僧ども。このままジワジワとなぶり殺しても良いが、我にそんな悪趣味はない。一思いに消してやろう」
ヴェルモットが口を開くと、創遏を再び集中させる。
鱗の対処で手一杯なカイトとレオに、その攻撃を止める術はない。
迫りくる死を、ただ待つことしかできなかった。
(クソッ……せめて、せめてクロエさん達が全快なら……)
すがる思いでクロエ達に目を向けるが、クロエとティナはステラの法遏によって身動きを封じられたまま。
アリスが何とか解除を試みているが、期待はできないだろう。
(だめだ……クロエさん達は動けない。どうすれば……)
カイトが必死に打開策を考えていると、突然一つ影がヴェルモットに向かって走る。
その影が開いたヴェルモットの口に飛び込むと、深碧の緑が光を放つ。
影の正体はシアンであった。
「俺のことを忘れてねぇか?! このデカブツがぁ!!」
シアンがヴェルモットの口に溜められた創遏に向かい剣を突き立てる。
その一撃により、口に溜められた創遏が暴走し爆発を起こす。
爆発の勢いと共に口から吐き出されたシアンは、纏わりついた煙を振り払うと、間髪入れずヴェルモットの首元に向かって剣を振りかざした。
「くたばれ!」
全創遏を集中した一撃がヴェルモットを捉える。
首元の鱗を刃が貫通したのを確認すると、その先にある筋肉を両断するため、シアンは更に力を込めた。
「調子に乗るな人間が!!」
ヴェルモットの首元から血が吹き出し、今にも両断するかと思われたその時、一本の腕がシアンの体を勢い良く鷲掴みにする。
「がぁっ」
途轍もない握力がシアンを締め上げていく。
全身の骨が軋み悲鳴をあげるが、それ以上に深刻なダメージが体を襲う。
骨が粉砕されるよりも先に、数多の臓器が潰されたのだ。
口から大量の血を吐き出したシアンは、そのまま意識を失い、力なく首が落ちる。
ヴェルモットはゴミを捨てるようにシアンを投げると、その体は無惨に地面を転がった。
「我の肉体に傷をつけるとは、大した人間であったな。だが所詮はそこまで。貴様たち人間が我に勝てるはずなどないのだ!」
けたたましい咆哮をあげると、ヴェルモットは再びカイトとレオに目を向ける。
シアンが交戦していた間も、鱗はカイト達を襲い続けていた。
しかしヴェルモットがシアンに気を取られた一瞬の隙。
鱗を操作していた創遏が弱まったことを、カイトは見逃さなかった。
創遏を爆発的に引き出すと、周囲を取り囲む数千の鱗に向けて解き放つ。
その創遏から放たれる強烈な熱量が爆風のように弾け、全ての鱗を灰に変えた。
「はぁ……はぁ……」
一気に力を使ったカイトは、息を切らしながら膝を突く。
強靭な鱗を灰にするほどの威力であったのに、味方であるレオには一切被害を与えない繊細な創遏のコントロール。
カイトの創遏は一瞬で空になってしまった。
「無理をしたな小僧。数千の鱗を消したとて、そんなものはまだいくらでも出せる。諦めてしまえば楽に死ねるぞ」
ヴェルモットが再び胴体を震わせる。
鱗のざわめきに、カイトとレオは歯を噛み締めて額に汗を垂らす。
なす術なく諦めかけたその時、純白の斬撃がヴェルモットの胴体を斬りつけた。
「ぐぅ……貴様……何故動ける」
驚いたのはヴェルモットだけではない。
カイトとレオも驚き、斬撃が飛んできた方に目を向けた。
そこには、先程までステラの法遏で拘束されていたロランが、大剣を携えて立っていたのだ。