第27話 呼び覚まされる遺志
「何も思い出さなくて大丈夫。私はステラ、そしてあなたはメル。それ以外何も分からなくていいの」
カイトを抱き締めると、そのままカイトの胸元に浮かぶ十字の刻印にステラはゆっくりと触れる。
そこから流れるメルの創遏は、ステラの温もりを感じると同時に、その力を解き放つ。
光を灯しながら色濃くなる刻印は、カイトの両目を深紅に染めた。
「……ステラ」
カイトの声が、少し大人びた低い声に変わる。
ステラを抱き締め返すと、そのまま唇と唇を深く密着させた。
「なっ……カイト! お前なにやって!?」
突然のカイトの行動に、レオは声をあげて驚いた。
今は戦闘の真っ只中。
しかも、その首謀者と思われる女性と出会ってすぐに口づけを交わしているのだ。
状況が理解できないレオは、ただ呆然と目の前の光景に立ち尽くしてしまった。
「カイトさん……なのですか? さっきまでと、雰囲気が……違う気が」
レオ達と共にやってきたアリスは、ティナ達にかけられた拘束法遏を解除しようと試みていた。
しかしレオと同様、突然の出来事に目を点にして空を見上げる。
「あれは……あの創遏は……カイトじゃない」
カイトから感じる異常を察したクロエは、ボロボロの体を何とか起こそうと力を入れる。
だが今のクロエに残っている創遏では王創を纏うことすらできず、ステラの法遏を解除することはできなかった。
「カイトさんじゃない……一体なにが起きているのですか」
ティナとロランもアリス同様、現状を理解できずにただ空を見上げている。
呆然とする一同のなか、クロエだけは何か思い当たることがあった。
「俺は毎日のようにカイトと剣を交えた。あいつが強くなる程に、内に眠っている力が俺に殺意を向けてきた。それはカイト自身のものではない、全く別の創遏。あれは……闘神メルの創遏。体の内に潜めていた神の遺志が、ステラによって呼び覚まされたんだ」
数秒の口づけを交わすと、カイトはゆっくりステラとの距離をとる。
そのままヴェルモットと目を合わすと、内から溢れる強い感情が創遏を滾らせる。
溢れる創遏が髪を逆立てると、深紅の光が体を包む。
その体は、すでにメルのものとなっていた。
「ステラ、なぜ自らオベルダを呼び覚ました。その行動が何を意味するか、分かっているはずだ」
ステラがメルの質問に答える前に、ヴェルモットが口を開く。
「メル=ブレイン=ランパード。ステラは我々との約定を果たしただけであろう? 人間を制御できなかった神の末路。輪廻の理を狂わせた神は、始創の目覚めによって理を正す。まぁステラの真意がそれと反しているのは、その器を見れば良く分かるがな」
メルがステラの額を優しく擦ると、その体に宿す力に気づく。
そこから読みとれるステラの真意に、メルは瞳を曇らせた。
「やはり……か。なぜ俺を信じてくれなかった」
メルの言葉にステラは手を拡げて訴える。
その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「信じなかったんじゃない! あなたが、あなたが信じさせてくれなかったから! だから……私は、私にはこれしか」
話を勝手にすすめるステラ達に対し、状況を理解できないレオ達は思わず話に割って入る。
「ちょっと待てよ! なに訳の分からない話してやがる! カイトは、カイトはどうなっ」
「うるさい!! 貴様たち人間が滅べばそれで良かったのに。それだけで私達は救われたのに!!」
レオの言葉を遮るようにステラが叫ぶ。
その瞳からは、堪えていた涙がこぼれ落ちていた。
「もういい……やめるんだステラ。今やるべきはそんな虚勢をはることじゃない。まずはヴェルモットと……?!」
メルが行動に移ろうとした時、突然苦しそうに刻印を抑えて膝を突く。
瞳の色が深紅と茶を繰り返すと、次第に茶色がその勢いを増していく。
「カイト……やめろ……お前では」
メルは拳を握ると、自らの頬を思いっきりぶん殴った。
かなりの力を込めたのであろう、口からは血が滴り、頬は赤く腫れ上がる。
「……メル?」
突然の理解し難い行動に、ステラはメルに向かい恐る恐る手を差しのべる。
しかし、その手をメルは払いのけ立ち上がった。
「俺……は……メルじゃ……ない。俺は……俺はカイトだ!」
深紅に染まっていた瞳はカイトの茶色い瞳に戻っており、低くなっていた声も元の高さに戻っている。
神に転生した者が再び人間に戻るといった事象を、ステラは見たことも聞いたこともなかった。
「な……そんな……メルが」
カイトは自分の体を確認するように拳を握る。
メルに奪われかけた体をしっかり確認すると、ステラを見て口を開く。
「ステラもメルも馬鹿野郎だ。何億年も愛し合ってきたのに、なんで分かり合えない。なんで共に手を取り合わなかったんだ!!」
明らかに何かを察しているカイトの態度に、メルとカイトの間に何があったのかステラは理解する。
「そういうことね。あなた、メルと精神世界で対話したみたいですね。器に全てを話すなんて、やっぱりメルは変わってしまった」
悲しそうに俯くステラであったが、カイトはすぐにステラの言葉を否定した。
「変わってなんかいない。メルは……メルが心に宿していた信念は、いつだって君を」
カイトがステラに何かを伝えようとした時、それを遮るように鎌鼬がカイトを襲う。
咄嗟に剣を作り出し鎌鼬を防ぐと、たて続けに鋭い牙を剥き出しにしたヴェルモットが迫り来る。
「くっ……」
何とかギリギリのところでヴェルモットの攻撃を防ぐも、その衝撃でステラと距離が開いてしまう。
ヴェルモットは胴体をうねらせると、その空間を埋めるように割って入り、カイトとステラを引き離した。
「小僧……いらぬ節介をやくではない。貴様が再びメルになっては色々と面倒だ。今のうちに噛み砕いてやろう」
カイトは王喰を発動すると、再び片目を深紅に染める。
ヴェルモットに対し戦闘態勢をとるカイトを見て、レオがすぐ側に駆け寄ってきた。
「カイト……なんだよな? もう大丈夫なのか?!」
「ああ、すまなかった。詳しいことは後で話す! 今はヴェルモットを倒すぞ!!」