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神喰らう歌が貴方を殺すまで  作者: ゆーたろー
第5章 神殺しの戦い
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第26話 遥かなる再開

 眩い光がセントレイスを照らす。

 ヴェルモットの口に溜め込まれていく創遏が収束され、どんどんとその光を強めていく。

 癒の歌で最低限の体力を回復したクロエは、地に寝そべったまま、その光をただ見上げていた。


「クロエ……ごめんなさい。ステラの法遏が原因なのか、今の私にできる回復は、それが限界みたい」


 ティナは少し震えた声でクロエに話かける。

 本当は黙ってクロエを抱き締めたかったのだが、ステラが唱えた法遏によって、十字の墓標が体をその場に固定している。

 いや……固定されていなかったとしても今は動けないだろう。

 先程のクロエの狂人染みた姿が頭に残っている以上、いつものように素直な愛情表現はできなかった。


「すまなかった。何とかして世界を守りたかったんだが……駄目だった」


 いつになく弱々しいクロエに、ティナの瞳には涙が浮かぶ。

 なぜだろうか。

 自分のことにしか興味を示さなかったクロエが、世界を守りたかったと言っている。

 確かに、ティナ自身がクロエにセントレイスを守って欲しいとお願いをした。

 それでも、先程の力は明らかに使い方を誤っていた。

 暴走とも言えるその力は、ティナとの別れをも覚悟したクロエの決断であった。


「どうして……どうしてあんな力を今まで隠していたの? どうして、ずっと隠してきた力を今になって使ったの?」


 クロエがうっすらと笑みを浮かべると、空を見上げたまま口を開く。


「守りたかった……ティナと過ごした……この世界を」


 その声はとても小さかった。

 それでもティナの耳にはしっかりと届き、クロエの真意に気づいたティナは、瞼を閉じて一筋の涙を溢した。


 空からの光が、二人を照らす。

 そんな二人を見下ろしていたステラは、胸に手を当てながら瞳を濁す。

 二人の姿に、過去の記憶が頭を過っていた。


「エルファーナとグエリアスを排除すれば、我に歯向かえる者はいなくなる。さぁ、これで終わりだ」


 ヴェルモットの創遏が極限に高まり、咆哮の準備が整う。

 セントレイス全域を消し飛ばすほどのエネルギーが、まさに今放たれようとした――その瞬間であった。


「こっち向けや!!」


 突然の怒声が空に響き渡る。

 その声のする方へ横目を配ると同時に、斬撃がヴェルモットを捉える。

 突如現れた緑色の斬撃は、ヴェルモットの強靭な鱗に斬り傷をつけると、立て続けに二発、三発と空を駆けた。


「小賢しい!!」


 創遏を込めて放ったヴェルモットの眼光は、自身目掛けて飛んでくる斬撃を消滅させる。

 その先に立っていた男の姿をみるや、鼻で笑って言葉を垂れた。


「なんだ? 何が来たかと思えば、血濡れたボロ雑巾ではないか。どこぞの馬の骨か知らんが、そんなボロボロの体で我に楯突くとは、愚かの極みだな」


 ヴェルモットの視線の先に立っていたのは、深碧色の隻眼を灯したシアンであった。


「シアン!!」


 十字の墓標に動きを拘束されているロランは、寝そべったまま顔だけ上げてシアンに目を向ける。

 その姿に驚き、思わず名前を叫んだ。


 シアンがベベロンとの戦いで負った傷は、決して軽いものではない。

 体の至るところが赤く染まり、ふらつく足は体を支えるのがやっとである。

 それでもシアンは剣を握ると、切先をヴェルモットに向けて声を大にした。


「俺はシアン=ペルザ!! 弐王を越える男だ!! 弐王を倒したくらいで勝った気になるなんて、可笑しくて笑いが止まらねぇな!!」


 盛大に笑い声をあげるシアンを、ヴェルモットは冷たく睨みつける。

 明らかに虫の息である人間が自分に楯突くことは、この上なく気分が悪い。

 鼻先をひきつらせると、咆哮の矛先をシアンに向け格の違いを見せつけた。


「小僧。そんなにむごたらしく死にたいか? 貴様が一秒や二秒の時間稼ぎをしたところで、何も変わりはしない。我の咆哮は、人間の世界に終わりを告げる狼煙となるのだ!」


 ヴェルモットの口が再び大きく開くと、太陽の如き熱量を放つ光がシアンを圧倒する。

 震える体で剣を握るも、その強大な力に向かい剣を振るう力は、シアンに残されてはいなかった。


「くそっ……」


 無力な自分に腹を立てシアンが歯を噛み締めた時、後方から赤色と黄色の斬撃がヴェルモットの口を直撃した。


「ぐぅがぁぁ!!」


 その斬撃によって口の中作られた創遏は暴発し、激しい爆風と共にヴェルモットの口から煙があがる。

 自らの創遏が体内で暴発し、ヴェルモットは苦しそうに血を吐き出した。


「シアンが稼いだその数秒、確かに俺達が受けとった!!」


 黄色と赤色の隻眼を灯した二人。

 レオとカイトが戦場に到着した。


「大丈夫かシアン!」


 レオはすぐさまシアンの横に移動すると、ふらつく体を支えようと肩に手を回す。

 その腕を振り払ったシアンは、血の混ざった唾を吐くと、無理やり背筋を伸ばした。


「いらねぇよ! 俺はまだ戦える。お子様のお前は、足手まといにならないように後ろに下がっていろ!」


 シアンの虚勢を聞くと、レオは安心したように笑ってヴェルモットを見上げる。

 無鉄砲なシアンの性格に、少し前の自分を見ているようであった。


「シアンはそうじゃないとな!」


 レオが地を蹴りあげると、一瞬でヴェルモットの前まで移動する。

 それに負けじと、シアンも地を蹴り空へ駆け上がった。



「君が……ステラなのか」


 戦場に立ったカイトは、ヴェルモットに見向きもせずただステラのことだけを見つめた。

 正確には、無意識に目を奪われたのだ。

 ステラの緋色の瞳は、カイトの深紅の隻眼を静かに見つめ返す。


「……メル。やはり来てしまったのですね」


 何かを訴えるようなステラの言葉に、カイトの心臓付近が熱くなる。

 身体中が高ぶり、心臓の音が耳まで響く。

 十字の刻印が胸元にうっすらと浮かびあがると、カイトの両目は呼応するように赤く染まり始めていた。


「……ステラ。違う、俺は何かを……何か大切なものを忘れている」


 目の前に立っている女性。

 頭ではそれがステラであると認識しているのに、何故か心がそれを認めようとしない。


 柔らかに風に靡く桃色の髪。

 緋色に染まれど、どこか黒く澄んで見える瞳。

 初めて出会ったはずなのに、その姿は何回も、何千回も見つめたことがあるような気がした。


「君は……ステラ……じゃない。君は誰だ……俺は……誰を見ているんだ」


 自分の頭に駆け巡る女性の笑顔。

 黒く霞がかってその顔を思い出すことはできないが、何故かその女性が笑っているのだけは分かった。


「……ナ……ナ?」


 カイトは頭を抱えて小刻みに震える。

 何かを思い出せそうになったその時、ステラは包み込むようにカイトの体を抱き締めた。

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