第12話 男≒子供
セトナ砂漠へ向かう四人。
レオがあからさまに不機嫌な態度をとるため、道中四人の会話はほとんどなく険悪な空気が漂っている。
そんな雰囲気に我慢出来なくなったアリスは、レオに怒りをぶつけた。
「レオっ! いつまでそんな態度続けるの?!」
「別にいいだろ。こんな奴がいなくたって討伐任務くらい俺一人で十分だ」
「もうっ! すみません。いつもはこんなふうじゃないのですけど……」
「おい、やめろアリス! こんな奴らに頭なんて下げなくていい!」
寄り添って問いかけるアリスを払いのけ、レオは一人で歩き続ける。
レオの言葉にはずっと我慢をしていたカイトであったが、アリスを腕で払う行動を見て、ついに怒りが口から溢れ出た。
「なんだよさっきから! 俺達の何が気に入らないんだ!」
怒声に反応したレオは振り返ると、無言でカイトの目の前まで近寄り、急に胸ぐらを掴み引き寄せて鋭く睨みつける。
「お前みたいな弱そうな奴が、クロエ兄に修行をつけてもらってるのが気に食わないんだよ!」
「何してるのよ!!」
言い合いが始まり、状況は最悪である。
今にも殴り合いが始まりそうな二人の間にアリスは割って入り、二人を引き離す。
「クロエさんが何なんだよ! 俺はそもそもクロエさんじゃなくてティナさんに修行をつけてもらっているんだよ!」
カイトの言葉に、レオは挑発するように笑い始めた。
「何だそれ? ティナさんに修行をつけてもらっているのか? ますます情けない奴だな」
年下のレオに小馬鹿にされ、カイトのプライドは更に逆撫でされる。
昨日は年上の自身がしっかりしなければと考えていたが、それも我慢の限界であった。
「……なに笑ってやがる」
今度はカイトがレオの胸ぐらを掴み返すと、握りこぶしを作った左手に自然と力が入る。
「何だ? 俺とやるのか?」
レオは怯むことなく挑発を続けた。
一触即発の二人に、今度はナナが割って入る。
「いい加減にしなさい! 今は任務中でしょ!?」
「まぁいいや。せいぜい足手まといにならねーようにな」
カイトから放たれる創遏から明らかな実力差を感じとったレオは、格下の相手をあざ笑いながら再び歩き出す。
「本当にすみません……」
アリスは何度も頭を下げ、ずっと謝っていた。
「レオは、クロエさんのことを誰よりも敬愛してるんです」
「それなら何であいつがクロエさんに修行つけてもらわないんだよ!」
カイトのもっともな意見に対し、アリスはレオを庇うようにその意見を否定する。
「レオにとってクロエさんは憧れであり、目標でもあります。勿論、修行をつけてもらうようにお願いしたことも何度だってありますよ! だけど、気分屋のクロエさんに修行は断られてしまい、結局ロランさんが修行をつけることになったのです。それが、最近そのクロエさんが弟子をとったと噂を聞いて、凄い苛立っていて……」
「そ、そんなこといったって、俺はエレリオさんにクロエさん達に修行を受けるように言われただけだぞ」
「だから尚更です。きっと、実の父親が他の人にクロエさんを薦めたのが余計に気に入らないのです」
ナナは疑問に感じたことをアリスに尋ねた。
「エレリオさんとレオ君は仲が悪いの?」
「仲が悪いというより、レオの方が一方的に父親を嫌っているのです。レオの父親はグロースの最高司令官ですから、多忙でほとんどをロランさんにまかせっきりですので……」
一人歩くレオの後ろ姿を、カイトは黙って見つめていた。
その心意が分かると、さっきまで強気であった背も、どこか寂しく見える。
「虚勢をはっているけど、レオは凄い寂しがり屋なのです……」
「……たく、ただの子供じゃねーか」
アリスの話を聞き、心が吹っ切れたカイトがレオの元に駆け寄っていった。
「アリスちゃんはレオ君のことを凄く理解してるんだね」
ナナの言葉に、アリスの頬はほんのりと赤く熱を帯びていく。
その理由をアリスは恥ずかしそうに答えた。
「レオは……私の守り人ですから」
「ってことは、やっぱりアリスちゃんも歌姫なの?!」
「私はまだまだ見習いです! 今はリリーさんに特訓してもらっています!」
「じゃあ私と一緒だね! 私もティナさんに特訓してもらってるんだ!」
「はいっ! その話はティナさんから聞いています! となると、カイトさんがナナさんの守り人なんですよね?」
カイトが守り人かと尋ねられると、ナナも頬を赤くする。
「そうだよ。改めて聞かれると……なんだか恥ずかしいね」
「ふふ、ナナさん! 一緒に歌姫を目指して頑張りましょう!」
カイト達とは違い、ナナとアリスは早々に意気投合したようだ。
一方、一人先を行くレオに追いついたカイトは、一呼吸ついて気持ちを落ち着かせる。
「おいっ! レオ!」
意を決してレオを呼んだカイトの瞳は力強く、決意に満ちていた。
それに対し、ゆっくりと振り返ったレオの瞳は霞み、怒りと、どこか悲しみに支配されているようであった。
「馴れ馴れしく名前を呼ぶな」
呼び捨てにされたレオは、敵を威嚇するような鋭い眼差しでカイトを睨み付ける。
「俺と勝負しろ!」
カイトは剣を作り出すと、切先を向けレオに勝負を申し込んだ。
「はぁ? 正気で言ってるのか? 俺はロラン兄に修行をつけてもらっているんだ。グロースの隊長クラスとも互角に戦えるんだぞ? お前みたいな弱い奴が俺に勝てるわけ……」
「ごちゃごちゃうるせーんだよ!」
「あぁ?」
話を妨げられたレオの表情が更に苛立ち、無意識に創遏が高まりをみせる。
「グダグダ言ってないで、かかってこいって言ってるんだよ」
「……後悔するなよ」
レオが剣を構えて右手に力を込めると、創遏が体から溢れ出し、周りをゆらゆらと黄色い光が舞い踊る。
対峙したカイトは、その強烈な気迫に獣のような殺気を感じとっていた。
「ちょっと! 二人共何をしてるの?!」
事態の展開に焦ったアリスとナナは、駆け寄って声をあげる。
だが集中している二人には聞こえていないのか、その声に構わずカイトとレオの剣が交差した。
レオの強烈な一撃がカイトの剣を跳ね除け、軽々と体ごと吹き飛ばす。
「やっぱり弱いな。そんなんで俺に勝てると思ったのか?」
吹き飛ばされた勢いで地面に転がったカイトは、剣を杖のように地面に刺してなんとか立ち上がる。
「いってぇ。くそっ、本当に強いじゃねーか。確かに……お前の言うように俺は弱い。だけどな、一人ウジウジしているお前なんて直ぐに追い抜いてやる!」
「誰がウジウジしているだって!?」
「ウジウジしているじゃねーか! 周りの環境に文句ばかり言って、アリスちゃんにも迷惑かけて!」
立ち上がったばかりのカイトを、レオは思いっきり蹴り飛ばす。
砂をまき散らしながら地を転がったカイトは、何度かその場で苦しそうに咳き込んだが、レオからは決して目を離そうとはしなかった。
「テメーに何が分かるって言うんだよ!」
「……何も分からねーよ」
「なっ……」
よろめきながらカイトは再び立ち上がる。
「今日会ったばかりで分かるわけないだろ! いいか?! これから何回でもお前に挑戦してやる! 俺は今は弱いが必ず強くなってお前を越える!」
「何言ってやがる! 弱いくせに!」
「じゃあ逃げるなよ!? 今から俺とお前はライバルだ!」
「ライバル?!」
カイトの理解不能な言葉に、レオはきょとんと気が抜ける。
「そうだ! 今はライバルだけど俺が勝ったら友達になってもらう!」
「はぁ?! 何勝手なこと言ってるんだよ!」
「なんだ? 逃げるのか?」
カイトに挑発され、レオは怒りで返す。
「逃げるわけねーだろ! 上等だ!」
「よし! まずはどっちがルードドラゴンを討伐できるか勝負だ!」
「手加減しねーぞ糞カイト!」
「俺の方が年上だ! カイトお兄さんと呼べ!」
「うるせぇー!!」
先程まで殺し合おうとしていたのに、気づけばカイトのペースにレオが飲まれている。
レオも自分の態度が間違っていることには気づいていた。
だが男という生き物は、一度口にしたことは簡単に引っ込めることができない。
カイトは、気持ちを変えるためのきっかけを強引に作ったのだ。
「さっきまであんなに仲が悪かったのに。男って変なところで子供よね。もっと素直に友達になろうって言えばいいのに」
いがみ合いながら頬っぺたをつねり合うレオとカイトを見て、ナナが呆れかえっていた。
「ありがとうございます。あんな楽しそうなレオは久々に見ます」
アリスはレオのゆらいだ横顔を見て、笑みを浮かべていた。
「おし、行くぞレオ!」
「俺に指図するな糞カイト!」
「カイトお兄さんだ!」
「うるせぇーー!!」




