第23話 森羅万象
「魂が馴染む。やはり、自らの肉体とは良いものだな」
先程まで霞かかった声を発していたヴェルモットは、肉体と融合することによってその口調を流暢に変える。
セントレイスの街を覆いつくほどの巨体がうねうねと波打つように空を漂うと、どす黒く染まった眼光がステラを睨みつけた。
「オベルダを呼び覚ましたということは、この先に起きる世界変革は覚悟の上とのことだな?」
神が輪廻の理を継ぐことにより、眠りについた次元『オベルダ』。
創龍ヴェルモットの肉体をファンディングに引き込むためには、別次元であるオベルダを起こす必要があった。
そしてその所業は、大聖官ステラに課せられた使命でもあった。
「世界の……いや、輪廻の変革は私に止めることはできません。神が存続するためには、始創を呼び覚ますしかないのです」
ヴェルモットは黙ってステラを見つめると、頬口を少し緩ませて真意を見抜く。
「くだらぬ戯言を。貴様が何をしようとしているか、その体を見れば察しがつく。今の創生者が貴様である以上、我は貴様の指示で動く。だが……忘れるな。我の主が目覚めた時、それは神の世界が終わりを告げる時だ」
意味深な言葉を発するヴェルモットに対し、ステラはゆっくりと前髪を搔き上げ額を露にする。
威嚇するように冷めきった眼で睨み、同時に緋色の創遏を辺りに撒き散らしながら言葉を返す。
「いったでしょう。余り強い言葉を並べないほうがよい。あなたが今からやるべき使命、それを知ればその減らず口も失くなりますか?」
ステラの返答に悪態で返そうとヴェルモットが口を開きかけた時、後方から現れた人間に目を奪われた。
その人物を見るや、ヴェルモットの瞳は細く尖り、何かを感じとるように鼻をヒクヒクと動かせる。
「貴様……これが狙いか」
「ええ、そうですよ。あれがあなたの相手です」
ステラが後ろを振り返る。
そこに姿を現したのは、黒刀を肩に担いだクロエと、それについて歩くティナであった。
「お前が首謀者か。それに、また大層なものを呼び覚ましてくれたみたいだな」
クロエとティナがステラに目を向けるが、その姿を見てもやはり深い反応はなかった。
「まさかこんな普通の可愛らしい女の子が、あの神々を率いているとはな」
桃色の長い髪。
緋色にこそ染まっているが、愛らしい真ん丸の瞳。
スラリと細くバランスの取れた体つき。
ほぼ毎日のように顔を合わせ、家族のように接した日々。
その全ては誘い歌によって失われていた。
「見た目で判断するなクロエ。いかに見た目が普通の女の子であろうと、そいつがこの悲劇を産み出したことに変わりはない」
クロエの到着とほぼ同時に、ロランが瞬間移動のような速さで姿をみせた。
一人で現れたロランを見て、リリーと一緒じゃないのが気がかりになったティナが声をかけようとする。
しかし、それよりも先にクロエが舌を少し出しながらロランに笑いを飛ばした。
「よう、随分と疲れた顔しているじゃないか? 中々の実力者と戦ってきたようだな。ゆっくり休んでいてもいいんだぞ?」
「ふん、馬鹿をいうんじゃない。それに、流石のお前でもあれが相手では手に余るだろう」
クロエとロランがヴェルモットに視線を向けると、その内に滾る、今までに感じたことのない創遏に驚いていた。
「確かに……あれはヤバそうだな。創遏が小さいとか大きいとかそういった話じゃない。質そのものが俺達とは違う」
ヴェルモットを前に、クロエとロランが王喰に入る。
二人から放たれる異界な創遏を前に、ヴェルモットは一つだけ質問を投げた。
「人間。貴様たちの名はなんという?」
その質問に対し、クロエが鼻で笑いながら答えをかえす。
「名前? そんなもん聞いてどうするんだ? そうだな……あえていうなら、悪党に名乗る名前などないってか?」
剣を突きだし、余裕の笑みで答えるクロエであったが、その軽率な行動は龍の逆鱗に触れる。
数多にある腕をおもむろに一つ振り落とすと、そこから放たれた創遏によって、セントレイス上空が瞬く間に紅色に染まった。
赤い稲妻が空を駆け巡り、溢れかえる力が今にもセントレイスに襲いかかろうと渦巻いている。
「返答には気をつけろ。その気になれば、一瞬でこの街全てを消してやるぞ」
ヴェルモットの鋭い眼光を前に、クロエとロランは顔色を変えることなく質問の答えを返す。
「なんだ、冗談の効かないやつだな。俺の名前はクロエ=エルファーナ」
「俺はロラン=グエリアスだ」
二人の名前を聞くや、ヴェルモットは荒々しく鼻息を飛ばし、興奮した様子で大笑いした。
「やはりそうか! エルファーナにグエリアス。こやつらの相手をするために我を呼び覚ますとは。悪ふざけにも程があるな。創生者としての制約が無ければ、今すぐにでも貴様を引き裂いてやりたいわ。なぁ、ステラよ?」
状況を理解したヴェルモットは、ステラの目の前まで顔を寄せる。
巨大な口から涎を垂らすと、腹を空かせた獣のようにステラを威圧した。
「全てを理解したようですね。神の力では、この二人は止められない。私はそこまで傲っていません。オベルダを呼び覚ますのは時期早々でしたが、この戦いを始めると決めた時から、覚悟はできていました」
ステラの堂々とした眼差しに、ヴェルモットは天を見上げ、けたたましい咆哮を一つあげる。
そこから放たれる創遏により、空はより深く紅色に変色していく。
そのまま顔をクロエとロランの前にもっていくと、創遏を更に高めながら言葉を発する。
「肆倫開放」
言霊と同時に、ヴェルモットに秘められた力が開放された。
どす黒かった両目は、鱗と同じ金色に染まる。
自らの創遏に瞳を染める王喰と似てはいるが、更に数段階上の力がヴェルモットを滾らせていく。
その変化に、ロランは見覚えがあった。
「両目の変色。これは……レイズが見せた力に似ている。クロエ、気を引き締めろ。本気でやらなければ、俺達は間違いなく死ぬぞ」
額から汗を流すロランの横で、クロエもその力に苦笑いを浮かべる。
かつてない程の恐怖が、二人に襲いかかっていた。
「言われるまでもねーよ。これは想定外の力だ。俺達がこれ程に恐怖を感じる奴が、この世に存在するなんてな」
小刻みに震える体は、恐怖からなのか。
それとも、絶対的な力と対峙できる高揚心からきた武者震いなのか。
正確にはその両方であろう。
二人の王は、神をも喰らう龍を前に覚悟を決め、心を燃やす。
龍もまた、その王を前に心を踊らせていた。
「さぁ始めるぞ人間。我が貴様達に、喰らい歌の真髄を教えてやろう」




