第22話 変革の咆哮
「リリー、三人の容態はどうだ?」
戦いを終えたロランは、地面に寝そべる三人の顔色を窺う。
リリーの回復法遏のおかげか、一番深刻であったルディの顔色は、元の肌色の暖かみを取り戻している。
ロドルフとジャムも意識を失ってはいるが、幸いにも命の危険がある程ではなかった。
「もう大丈夫だよ。一番危険なところは乗り越えられた。流石は隊長だね、根性がしっかり据わっているよ」
ロランが辺りの創遏に意識を集中する。
まだいくつかの大きな創遏を感じとることができるが、グロース本部から漂う異様な創遏が一番に気がかりであった。
「リリー、俺が離れても大丈夫か?」
「ふふ、当たり前じゃないの。私は三人の手当てを続けるから、ロランは安心して根元を叩きのめしてきてよ」
リリーの力強い笑顔は、とても心強かった。
この場を託し離れることは、本来なら守り人としては失格であろう。
しかし、それをふまえてもグロース本部に漂う異様な創遏の危険性を考えると、自分が行く必要があると判断した。
「助かるよ。何かあればすぐに戻る」
そう言葉を残すと、ロランは目にも映らない速度でグロース本部を目指した。
──グロース本部跡地 上空。
創生の産声を歌い終えたステラは、空を見上げながら、天に漂う創遏を感じとっていた。
「グラディ。メルトーム。ベベロン。マール。クリエル。スルト。ネスタ。ぺぺ。カシミス。早くもこれほどの神が敗北しましたか」
死んでいった神々の名前を口にすると、悲しげに瞳を濁らせる。
そんなステラを前に、不気味にうねる光の玉が声をあげた。
「カミ……ヤハリ、オマエタチハ……ムリョクダナ」
光の玉は、ステラが創生の産声を歌って作り出した、新な生命体であった。
肉体を持たない魂は、異様な創遏を放ちながらステラを威嚇する。
その安い挑発を真に受けてか、ステラは鋭い眼光で光の球を睨みつけた。
「あなたがどれ程に強い言葉を述べても、今は私が創生者です。封印されている肉体は間もなく届きますが、その肉体と魂が融合しても、創生者である私には盾突くことはできませんよ」
光の玉はステラの言葉に対し、高笑いで返す。
「ワラワセルナ……キサマニサカラエナイ? ヨクソンナコトガイエタモノダ」
高笑いを続ける光の玉に、ステラは不気味な笑みで余裕を見せつける。
右手を差し出すと、どちらの立場が上か思い知らせるように、光の玉へ創遏で圧力をかけた。
「何度も言わせないでください。あなたは私に歯向かえない。あなたの命は、常に私の手の中です。それに、輪廻の理を重んじるあなた達が、自らその理を破るような行動は絶対に行いません」
右手を強く握り込むと、光の玉は苦しそうに呻きをあげる。
それと同時に、握り込んだ拳は光の玉を抑えつけた代償で少し焼けついたように火傷を負う。
それでも十分に立ち位置を理解させることに成功したステラは、冷たい眼差しのままゆっくりと右手を開いた。
「ココマデシテ……ワレヲヨビサマスノハ……ナニガモクテキダ」
高笑いをやめた光の玉は、落ち着いた低い声でステラに目的を尋ねる。
しかし、そんなことはすぐに分かると告げると、ステラは再び空を見上げ瞼を閉じた。
──同刻。
セントレイスの南端と北端の空に腰を据えていたのは、シャバーンとヒルデモーム。
次元と異空を司る二柱の神は、セントレイスを挟んで向かい合うように座禅を組んでいた。
(シャバーン、ヒルデモーム。準備は終わりました。始めて下さい)
ステラの思念が二柱の脳裏に響く。
「ステラ様からの合図だ。シャバーン、きっかけを開くのは一度しかできない。後のことは任せたぞ」
南端で合図を受けたヒルデモームは、固有能力『次元閉鎖』を発動させる。
本来、次元の神であるヒルデモームが使う次元閉鎖は、一つの次元を完全に孤立させる能力である。
例えるならば、ファンディングとルーインは創遏の応用により、次元間で移動を行うことができる。
しかし、次元の神の力が影響を与えることで、その移動を完全に遮断することができるのだ。
しかし、今回の次元閉鎖は使用方法がそれとは全く逆のものである。
ファンディングでもない、ルーインでもない、他に眠る別次元。
次元閉鎖を応用し、その眠った次元の扉を開放することが目的であった。
「いくぞシャバーン!!」
ヒルデモームが天に向かい両手をかざすと、ファンディング全土が激しく揺さぶられるような大地震が発生。
眠っている新たな次元を呼び起こすというのは、それほど他の次元に影響を与えるのだ。
「シャバーン……上手くやったようだな」
大地震が起きたのと同時に、次は空に異変が起きる。
それを確認したヒルデモームは、安心したように笑みを浮かべた。
ヒルデモームが見つめる先にあったのは、空を大きく分断するような次元の裂目である。
ひび割れたような空には、重力のような黒く重たいエネルギーが渦巻いていた。
次元の裂目を作った張本人。
それはヒルデモームと真逆に位置する北端で準備を整えていた、異空の神シャバーンの固有能力であった。
「ヒルデモーム、上手くやったみたいだな。後は我の役目。繋いでみせよう、新たな次元を」
シャバーンが手を合唱すると、高まった創遏が引き金となり、固有能力『黒き扉』が発動される。
黒き扉は、次元と次元の狭間に存在する異空間に干渉する力。
ヒルデモームによって呼び覚まされた新たな次元とファンディングを、黒き扉によって直接的に繋げたのである。
「なにが……なにが起きているんだ……?」
カイト達は、急に発生した大地震と巨大な次元の裂目に驚き、空を見上げる。
そして、その裂目から徐々に姿を現す異物に、言葉を失った。
「あれは……何なんだよ」
次元の裂目から姿を現したのは、セントレイスを覆い隠すほどに巨大な蛇。
その姿は、金色に輝く鱗を纏い、一定間隔ごとに鋭い爪を尖らせた手がはえている。
長く伸びた背中には、馬の鬣のようなサラサラとした緑色の体毛。
先頭には巨大な口が牙を剥き、鼻先からは長い髭が優艶に漂っている。
「俺……グロースにあった書物で見た覚えがある」
レオは、その姿に見覚えがあった。
グロースの図書室に古くから残っていた神話の書物。
誰が書いたのか、いつから存在しているのか、誰も分からないおとぎ話を書いたような絵本。
それは幼い頃にレオが大好きで、何回も読み返した書物に描かれていた。
「あれは、遥か神話の世界で神を喰ったといわれる化物。龍と呼ばれた破滅の化身……創龍ヴェルモット」
別次元から現れた巨大な龍に向かい、光の玉がゆらゆらと近づいていく。
二つが交わった瞬間、脱け殻のように白く生気のなかった瞳に魂が宿る。
魂が宿った肉体は口を大きく開くと、力を発散させるように、けたたましい咆哮で天を穿ち世界を震撼させた。
創龍ヴェルモットの目覚めは、この先の世界を大きく変革させる。