第21話 神と王
(彼が……弍王ですか)
白き隻眼を灯したロランが、グラディの前に現れる。
大剣を構え、鼓楔の歌で力を完全に引き出したロランは、すでに戦闘態勢に入っていた。
それより少し遅れて現れたのは、鼓楔の歌を歌い終えたリリーであった。
「リリー、急いでロドさん達に結界を張って治療を行うんだ。三人ともかなり衰弱している。特にルディの傷は深刻だ」
ロドルフの応急処置によって止血こそはできているものの、その深い傷痕はルディの生気を確実に蝕んでいる。
青白く変色した口元は、命を繋ぐために必死と呼吸を繰り返していた。
「任せなさい! ティナみたいな癒の歌は使えないけど、それでも基本的な回復法遏はお手のものだよ!」
リリーは結界を何重にも張ると、強固な安全地帯を確保する。
颯爽と腕まくりをすると、三人同時に治療を始めた。
「頼んだぞリリー」
三人の治療を確認したロランは、再びグラディを視界に捉える。
ぐっと足に力を入れると、爆発的な脚力が一瞬でロランをグラディの目の前まで運んだ。
「さて……これはまた、随分なことをしてくれたみたいだな」
ロランが空からセントレイスの街並みを見下した。
街全体が無惨に崩れ、中心に聳えていたグロースの城は跡形もなく消えている。
一度だけ深い吐息をもらすと、それを追いかけるように強い怒りが込み上げてきた。
「よりにもよって俺がセントレイスにいない時に襲撃とは。全くもって腹立たしい」
グラディはロランの創遏に違和感を感じていた。
底から溢れる異質の創遏。
先程まで怒りくるっていたグラディであったが、その正体に気がつくと、冷静を取り戻し真剣な顔つきでロランを見据えた。
(ステラ様がもっとも警戒するように話していた二人の人間……弍王)
銀白色の創遏がグラディを包む。
美しく揺らめく創遏は、王創にも似ている。
しかし神聖が纏うそれは、人間が使う王創とは別次元の力であった。
(ステラ様は弍王との接触を極端に否定した。それは襲撃するタイミングを、わざわざ弍王が街にいない時にするほどだ)
グラディが全創遏を集中し、一つの剣を作り上げる。
それは、ルディとの戦いで見せた銀色を纏った剣よりも、遥かに強く煌めいていた。
(なぜステラ様がそこまで特定の人間ごときを警戒するのか意味は教えてくれなかったが、こいつの創遏を肌で感じて理由が分かりました)
無限創成をやめたグラディは、ただ一つの剣に全力を注ぐ。
それは創成の真髄でもあった、己の全てをのせた創成である。
「あなたにはここで死んで貰います。いえ、必ず私があなたを殺してみせる」
憎しみにも似た意思が、グラディを支配する。
銀白色に煌めく剣をロランに向けると、一瞬だけ腰を落として下半身に力を込めた。
戦闘準備が整ったグラディは、歯ぎしりをしながら目を見開いて感情を剥き出しにする。
「あなたは絶対にここで殺す!!」
怒声と共にグラディが戦いの火蓋を切った。
瞬間移動のような速度でロランとの距離を詰めると、両手でしっかりと握られた剣が、首をめがけて振り下ろされる。
グラディの超速度をしっかりと捉えていたロランは、大剣を振り上げ、その斬撃を受け止める。
剣と剣とがぶつかり合うと、その衝撃でセントレイスの空が歪む。
先程はルディが作った金糸雀色の剣を簡単に粉砕したが、今回はそうはいかない。
皎月のように美しく輝く大剣は、銀白色の剣を軽々と弾き返した。
「人間が創成の神をも越える創成物を作る。相手があなたならば、それもまた理解できる話ですね」
ロランは冷静に自分の大剣とグラディの剣を見比べると、その力の使い方を分析する。
「神を越える創成か……俺の大剣はまだそんな領域には達していない」
一つ一つの会話が成立する数秒の間も、剣と剣は激しく交差を続ける。
その度に空を舞う銀と白の光が、まるで粉雪のように宙を漂っていた。
「俺が本気をだす時。それは創成をやめ、己の拳に全創遏を集中する時……だった」
「だった? 何とも意味深な言い方ですね。そんな悠長に自分を語る余裕が、いつまで続きますか?」
グラディが一段階力を上げる。
先程まで体に纏っていた銀白色の光が、まるで王喰のように体へ流れ込む。
片目の変色こそ起きないものの、体内で凝縮された創遏は、王喰のようにグラディの身体能力を爆発的に向上させた。
「私に喰らい歌は使えない。ですが、真似事くらいならできますよ!」
明らかに速さも力も増したグラディの攻撃。
それをギリギリで耐え凌ぐロランは、戦いの最中であるのに少し前の出来事を思い返していた。
レイズに圧倒的敗北を期したあの日。
父親のように慕っていたエレリオが死に、誰よりも自分の弱さを恨んだあの時間。
今でも、その事象が頭から離れなかった。
「どうしたのです?! 防戦一方じゃないですか?! 早く拳に創遏を込めるといったのをやったらどうですか?」
少しずつ優位になっていく戦局に、グラディの口元はにやけていく。
所詮は人間と見下すその心は、どこか憎悪に取り憑かれていた。
「拳に込めるか。そもそも、それが間違っていたんだ」
ロランが大剣を大きく振り回し、グラディとの距離を確保する。
そのまま瞼を閉じると、大剣に創遏を集中した。
「拳に力を注ぐのは、本来クロエが得意とする戦い方だ。俺はクロエの力の使い方を真似していた。人が力を最大限に発揮する時は、いつも自分より強い者の真似事から始まる。それは決して間違いではない。ただ、それが自分にもっとも適した戦い方かどうかは誰にも分からない」
真っ白に輝く刀身は、ロランが集中することによって更にその色を際立てていく。
混ざりけの一切ないその白は、まさに純白の名が相応しい気高さを纏っていた。
「これもまた、お前の真似事だ。俺は……弱い。弱いからこそ、強くなるためには何でもやる。創成の真髄といったな。お前の力、俺が強くなるための糧になってもらうぞ」
弐王。
世界最強の肩書き。
そんなプライドは、いつしか己を強くするといった向上心を欠落させていたのかもしれない。
強欲に染まったロランは、この瞬間に神を完全に超越した。
創成の真髄によって完成された純白の光は、音もなくグラディに向け振り下ろされる。
「な……にが……おき……て」
咄嗟に剣を盾にしたグラディであったが、完成された大剣の前には無力であった。
その銀白色は静かに両断され、その先にいたグラディもまた、静かに両断される。
「ば……かな」
完全に力を失った銀白色の女性は、命が尽きると同時に光となって天へと消える。
その柔らかな光に向かい、ロランは頭を下げた。
「感謝する。お前のおかげで、俺はまだ強くなれる」
プライドを捨てた男の背中は、決して醜いものではない。
戦いに勝利したロランの背を、リリーは微笑みながら見つめていた。




