第20話 触れてはいけない脅威
青白い閃光がロドルフを飲み込むと、獲物を刻む斬激音が周囲に響く。
しかしその音は、肉を斬り裂くような生々しい音ではなく、鉄と鉄をぶつけたような金属音だ。
閃光が落ち着きをみせると、青柳色の結界がロドルフを守っていた。
超電磁砲から放たれた刃によって傷ついた結界は、役目を果たし崩れ落ちる。
結界が崩壊すると同時にロドルフが顔をあげると、右目が青柳色に染まっていた。
「どうした? 今ので仕留めたと思ったか?」
真創具を使い、王喰状態に入ったロドルフには、傷一つついていない。
結界を使い、超電磁砲の猛攻を無傷で凌いだロドルフを前に、グラディは少し驚いていた。
決して手加減したわけではない。
むしろ確実にその命を捉えたと確信していたため、ロドルフが無傷で耐え凌いだことを信じられないでいた。
「まさか超電磁砲を耐えきるとは。あなたを侮っていたみたいですね」
一瞬だけ動揺したが、グラディはすぐに次の行動に移る。
更に数千もの超電磁砲を創成しようと創遏を両手に込めた。
だが、一瞬の動揺。
その一瞬見せた隙は、強者の戦いでは致命となる。
「判断が遅れたな?」
グラディが動揺すると同時に行った瞬き一つ、ロドルフは見逃さなかった。
王喰に入ったことにより、先程よりも数倍にも増した速度でグラディの背を捉える。
あまりの速さに驚いたグラディは、目を見開いたまま振り返った。
「遅い!」
けたたましい咆哮をあげながら、ロドルフの巨大な斧が振り落とされる。
創成が間に合わないと判断したグラディは、右腕に活遏をかき集めると、咄嗟に盾のように身構えた。
「……くぅ」
ガキンと金属音が響く。
斧を受け止めた右腕が赤く腫れ、うっすらと斬れた皮膚からは真っ赤な血がゆっくりと滴る。
久しく感じる痛覚に顔を歪めると、歯ぎしりをしながら頬をひきつらせ怒りを露にした。
「流石の活遏だな。俺の一撃でその程度の傷しか入らないか。腕を両断するつもりだったが、鋼の塊に斧を叩きつけたような固さだ」
少しだけ優位に立てたロドルフは、得意気に斧を振り回し、挑発するように余裕を見せつける。
相手の怒りを逆撫でするのが目的であった。
そしてそれが目的とあれば、ロドルフの行動は十分過ぎる程に意味を成した。
「人間ごときが……この私に傷を……この美しい肌を……私の体はステラ様のものなのに」
底知れず吹き出す怒り。
バンビーの話を聞いた時とは比べ物にならなかった。
「貴様だけは絶対に許さない……死にたいと願っても簡単には殺さない」
無限とも思えるほどの創遏が、グラディの体から湧き出していく。
美しく透き通っていた銀色の瞳は、溢れる創遏によって濃く染まる。
サラサラと風に靡いていた髪は、重力を無視するように天へ向かって逆立っていた。
「これは……少し規格外だな」
怒りを買って隙を見いだすつもりであったが、ロドルフは目の前の変化に後悔する。
グラディの力が想像以上に膨れ上がり、今もなお上昇を止めない。
決して起こしてはいけなかった神聖の怒りに触れ、無意識に斧を握る手が汗ばんでいく。
一瞬気圧されたが、圧倒的な力に立ち向かうため、一度唾を飲み込むと自らを鼓舞するように叫ぶ。
「臆するな!! 俺はグロースの隊長。目の前にいかなる強大な敵が現れようが、その心は決して崩れたりはせんぞ!」
意を決したロドルフは、力強く斧を握り直すと、グラディに向かい駆けようとする。
しかし、何故かその足は動かなかった。
「なっ?!」
一瞬。
そう、一瞬である。
強者の戦いで一瞬の油断は致命的。
一瞬気圧されたロドルフの隙を、グラディは確実に仕留めた。
「いつの間に?!」
動かない足に目を向けると、無数のとても小さな剣がロドルフの靴に突き刺さっていた。
その剣には法遏が練り込まれ、うっすらと光を放つと突き刺したものをその場に固定する。
それに驚いていたロドルフは、自らが更なる失敗を犯したことに遅れて気がついた。
「ぐぅぁ……しまっ……た」
思わずグラディから目を剃らしてしまった。
足元に目を向けた瞬間、次は両手の平を鋭い剣が串刺しにする。
握っていた斧は地に落ち、両手と両足を拘束されたロドルフは、空に張りつけにされた。
「ぐぁあぁぁ!!」
行動を制御されたロドルフに、慈悲なき追い討ちが襲いかかる。
鋭い切先の刀身に、いくつもの小さな棘が生えたような剣を作り出すと、グラディはなんのためらいもなく腹部に突き立てた。
「まだまだ殺さない……永遠と思えるほどの苦痛をその体に刻んであげましょう」
突き立てた剣を力強く握ると、そのまま右へ左へと細かく揺する。
剣が動く度に小さな棘が内蔵を抉った。
全身に走る激痛は、その命をもてあそぶように蝕んでいく。
その感触に快感を得たグラディは、薄気味悪い笑みを浮かべながらもう一つ同じ剣を作り出す。
「がぁあぁあぁぁ!!」
先程突き立てた部位のすぐそばに、もう一本の剣も突き立てる。
ロドルフの口からは大量の血液が溢れ、立て続けに迫る激痛が、意識を失うことすら許さない。
人間らしかった悲鳴は、気づけば獣の叫びのように荒々しく変化していた。
「苦しめ……もっと苦しめ。私を傷つけた罪は、惨死でも償えない」
グラディが二本の剣を握ると、次は剣に法遏を流し込む。
微弱な電流を流し込み、ロドルフの意識が途切れるのを防いでいた。
そんな殺さないように加減された攻撃は、突然の終わりを迎える。
ロドルフの叫びをかき消すように、どこから途もなく力強い歌声が空に響く。
「なんだ……この歌声は?」
攻撃の手を止め、グラディは歌声に耳を傾ける。
同じく歌声を聞いたロドルフは、口角を上げ小さく微笑んだ。
「きて……くれた……か」
何かに安心したロドルフは、その笑みを残したまま意識を切らす。
それと同時に、グラディの遥か後方から、突如強大な創遏の塊が白き光の柱となって天を貫いた。
「なんだこの創遏は?!」
咄嗟にグラディが後ろを振り返ると、白き柱から法遏のような光がロドルフに向かって照射された。
ロドルフがその光に包まれると、体に突き刺さっていた剣が全て溶け、開いた傷口がゆっくりと閉じていく。
「なっ?!」
驚いたグラディが再びロドルフに目を向けると、その一瞬の間に一人の男が姿を現した。
その男は崩れ落ちるロドルフを優しく抱き締めると、グラディの目に止まらぬ速さでルディ達の元まで移動する。
「ロドさん、後は俺に任せてくれ」
ロドルフを寝かせると、男は白き大剣を作りグラディへ向けた。
「ここからは、俺が貴様の相手をしよう。この、弐王ロラン=グエリアスがな」




