第18話 神聖
──セントレイス東部 上空。
北や南、西方面を中心として神人や六聖が行動を起こすなか、東部の制圧を任せられたのは一柱の神であった。
地には第三部隊の隊員たちが無様に倒れ、その圧倒的な力に立ち向かう意思が残っていたのは二人の戦士のみ。
それを嘲笑うように、柔らかなブロンズの髪がゆらゆらとそよ風に舞う。
純白の美しいローブが、彼女の魅力を存分に引き立て、今にもはだけそうな胸元から見える十字の刻印は、うっすらと光を放つ。
その輝きは優しく暖かであるのに、彼女から漂う殺意はその場の誰よりも冷酷であった。
「こんな程度なのですか。意気揚々と見せた喰らい歌が形無しですね」
座禅を組みながら静かに浮かぶのは、神聖グラディ=バン=ブロス。
その姿は汚れ一つなく、戦場にいるとは到底思えない。
彼女の背には数えきれないほどの剣が規則正しく並び、兵隊のように指示を待っていた。
「はぁ……はぁ……こんな化物に……どうやって勝てばいいのよ」
グラディの視線が捉えていたのは、片目を鮮やかな金糸雀色に染めたルディとジャムである。
二人の体は既に傷だらけになっており、倒れそうな体をお互いが支えあっていた。
「以前に私が教えてあげたでしょう。無限生成を前にした有限生成は、一にも満たさない力。あなた達が半端な喰らい歌を使ったところで、神聖である私に立ち向かう権利など生まれはしません」
グラディが座禅を組んだまま手をたたくと、その音を合図に数万本の剣がルディ達を取り囲む。
ルディとジャムが直ぐに体勢を立て直すと、両手に創遏を込め、その剣と向かい合うように数万の盾を作り出した。
「なんですかそれは? 盾を作り出し、その場を凌ぐだけがやっとですか? 呆れて言葉もでませんね」
荒波のように剣が空を駆ける。
その波に飲み込まれないよう、ルディとジャムは盾を必死に創成し耐え凌ぐことしかできなかった。
「何が呆れて言葉もでないだよ! 十分ペラペラと喋っているじゃないの!」
止まることなく襲いかかってくる剣を防ぎながら、ルディは悪態をつくことしかできない。
ジャムも打開策が見つからず、焦りが額から流れる汗に変わる。
「姉さん! これじゃあいつまでも耐えられない! なんとかしないと!」
数万の剣は、数十万、数百万と無限にその数を増やしていく。
必死に作った数万の盾が全て打ち砕かれるのは、時間の問題であった。
「ジャム! 私を信じるかい?!」
「信じる?! 信じるに決まっているじゃない! 何か思いついたの?!」
「一か八かだけどね。覚悟を決めなさいよ!」
何か策を思いついたルディは、創成に創遏を使うことをやめ、目を閉じて集中する。
二人で防ぐのがやっとであった荒波は、一人が力を解いた瞬間にその本性を剥き出しにした。
「姉さん?! ヤバい!! このままじゃ……」
ルディが目を見開き何かをしようとした瞬間、数百万の剣が二人を飲み込んだ。
「……ふむ。そういうことね」
二人が剣に埋もれたのを見たグラディは、何かを察するように再び手をたたく。
それと同時にグラディの前後の空間が歪んだ。
その歪みから、突然ルディとジャムが現れる。
グラディを挟むように現れた二人は、同時に剣を振りかざした。
「くたばりな!!」
二人の剣が正確にグラディの首を狙う。
しかし、その攻撃を見切っていたグラディは、既に対策をしていた。
小さな剣の集合体のようなものがグラディと二人の間に創成される。
「甘いわね」
小さな剣の集合体が二人の剣を弾き返すと、そのまま鋭い切先で二人に襲いかかった。
「ぐぅ……」
無数の小さな剣が体に突き刺さった二人は、血を流しながら地に叩き落とされる。
二人の体力は殆ど残っていなかった。
何とか王喰を維持し立ち上がるルディに対し、ジャムの傷は深い。
王喰は自然と解除され、地に伏せたまま苦しそうに咳き込むと同時に吐血する。
「ジャム! しっかりしなさい!」
妹の元に駆け寄り体を優しく抱き寄せる。
しかしジャムの意識は薄く、目からは生気が薄れかけていた。
「空間転移を咄嗟に使い、私の隙を狙ったのは良い作戦です。ですが、そんなか細い創遏で作られた剣が私に届くはずないでしょう」
グラディは顎を手で支え、格の違いを見せつけるように空から二人を見下していた。
「しっかり息を吸いなさい! 意識をしっかり保ちなさい!」
そんなグラディを無視し、ルディはジャムを励ますように声をあげる。
不馴れな回復法遏でジャムの傷を治そうと、必死に創遏を引き出していた。
その呼び掛けに、ジャムは虚ろな瞳で答える。
「姉さん……私はいいから。ここから……逃げて」
戦いを諦めたジャムが、涙を浮かべながら震えていた。
そんな妹の手を力強く握ると、意を決したルディは残っていた創遏を奮い起こし立ち上がる。
「私はね、相手がどんな奴で、どれだけ強くても諦めない。だから……ジャムも諦めるんじゃない。戦うことを……生きて帰ることを諦めてはダメ!」
ルディが全創遏を右手に集中すると、今までに見たことのない光に包まれた剣が形を作る。
金糸雀色に煌めく剣には、グラディが見惚れるほどの力がやどっていた。
「素敵ですね。人間がそれ程に純度の高いの創成物を作り出せるなんて。だけど、一本の剣で私の無限生成に立ち向かいますか?」
グラディが右手を捻ると、数十万の剣が列を成してルディに襲いかかる。
圧倒的な数の暴力に対し、ルディは一本の剣を握り絞め駆け出した。
数十万の刃が龍のように踊る。
ルディは臆することなく、その胴体に向かって剣を振り落とした。
太刀筋が金糸雀色の光を纏い、一振りで数千もの剣をかき消す。
「……これは」
ルディの剣から放たれる創遏に驚いたグラディは、咄嗟に左手も捻り、数百万の剣で追い討ちをかける。
剣の集合体が先程よりも巨大な龍を作り上げると、グラディに向かって駆けるルディの背後から襲いかかった。
強大な力が後方から迫ってくるのは分かっていたが、ルディは真っすぐ前を向き、ただ闇雲にグラディだけを目指す。
その真っすぐな力強い瞳を前に、グラディは立ち上がった。
「間に合うものか! これでお終いです!」
剣の龍が大口を開けてルディを飲み込もうとした──その時。
突然ルディの背後に大柄な男が割り込んできた。
「ルディ! そのまま行け!!」
男が巨大な斧を振りかざすと、巨大な龍を両断する。
その強靭な力で盾となったのはロドルフであった。
「これが私の全てをこめた創成だ!!」
確かな気迫を纏った刀身が、グラディに向かい振り落とされた。