第16話 二重奏が彩る力
「この創遏……深紅の瞳。これはメル様の遺志」
王喰状態で参戦したカイトを見て、ぺぺとネスタが共に尻込みをする。
その内に秘めた絶大な力を知る二柱は、冷汗を滴しながら生唾を飲み込んだ。
「レオ、ずいぶん手こずっているみたいだな? アリスちゃんはどうしたんだ?」
カイトに叱咤されたレオは、頭をゴシゴシと搔きながら、小声でぶつぶつと呟く。
「いや、アリスはあいつらに閉じ込められて……」
「はぁ? 何をやっているんだよ!」
少し拗ねた表情でモゾモゾと喋るレオに、カイトが呆れ顔で振り返る。
その顔に苛立ちを爆発させたレオは、逆上して開き直った。
「分かってるよ!! だから今助けようとしてるだろ! 別にカイトがいなくても俺一人で助けられる!」
「お前は守り人だろ?! もっとしっかりしろよ!」
「なっ! 糞カイトは守り人になることすらできねーじゃねーか!! 偉そうに俺に文句言うなよ!!」
激しく口論を始めだす二人に、ぺぺとネスタは口を開けたまま呆けていた。
気を取り直したぺぺが槍を握りこみ、創遏を集中しながら攻撃体勢に入る。
「お……おい。お前達がいがみ合っているなら、遠慮なく攻撃を……」
「「あぁ??」」
口論を邪魔された二人は、同時にぺぺを睨みつける。
二人から放たれる王喰の威圧感に、ぺぺとネスタは完全に飲み込まれてしまった。
「元はといえば、こいつらが襲撃してきたのが原因だ」
「あぁ、そうだ。街は滅茶苦茶だ。クロエさんも俺より先にセントレイスに到着している。さっき近くで発生した黒い柱はクロエさんのだろう。こんなところでグダグダしている時間はないぞ」
カイトとレオが一気に創遏を爆発させる。
二人から沸きだす強大な創遏は、王創のように派手に広がったりはしない。
体の内側を駆け巡る創遏の一部だけが溢れ、シルクのベールのように柔らかな光となり二人を包む。
相成れない色の王喰の光は、一瞬だけ弾けるように反発をする。
しかし、信頼し合う赤と黄は、すぐにお互いを高め合うように調和を始めた。
「レオ、いくぞ!」
「おう!」
二人が同時に駆け出した。
辛うじて二人の姿を目に捉えたぺぺは、先行して迫るレオに向かい槍を突きつける。
その攻撃を予測していたレオは、体を空中で捻りギリギリのところで攻撃を躱す。
その勢いを殺さぬまま、ぺぺに向かい剣を振り下ろした。
ぺぺの危機を察したネスタは、咄嗟に手を伸ばし二人の間に閉鎖空間の壁を作る。
しかし、レオはそこまで予測済みであった。
「同じことばっか繰り返してるんじゃねーよ!」
目には写っていないが、そこに閉鎖空間があると確信したレオは、目の前に集中する。
変色した黄色の片眼が光を強めると、それに呼応するように身体能力が跳ね上がった。
「こんなもんで俺達は止められねーぞ!」
「なっ! 私の閉鎖空間が」
レオのひと振りが閉鎖空間で作られた透明の壁を斬り裂いた。
いとも簡単に閉鎖空間を破られたネスタは、驚きのあまりその場で硬直する。
「ぺぺ! 逃げて!!」
閉鎖空間を斬り裂いた余波により強烈な暴風が発生し、そのままぺぺに襲いかかる。
風から身を守るように腕で顔を隠したぺぺは、一瞬だけ二人から視界をそらしてしまった。
そして、その隙をカイトが見逃すはずはない。
「終わりだ!!」
レオが作った道をたどり、一瞬でカイトがぺぺに詰め寄る。
躊躇なく振り下ろした剣が、ぺぺを頭から真っ二つに斬りおとした。
「ぺぺ!!」
目の前で死にゆくぺぺに、ネスタは必死に手を伸ばす。
しかし、一瞬でネスタの背後に回っていたレオが無情な一撃を突き立てた。
「アリスを返してもらうぞ」
心臓付近を貫いた剣から、赤い血が滴り落ちる。
微かな呻き声を残し、ネスタの瞳から生気が途絶えていく。
ぺぺとネスタの遺体が同時に光を灯つと、その体は空気に溶けるように消え始めた。
数多の蛍のように光を放ち、ゆらゆらと空へ帰る。
それはまるで、空にある天国を目指すように。
レオとカイトは、その光を静かに見届けていた。
「カイト……敵を殺すってのは、何でこんなにも虚しいんだろうな」
「……そうだな。こんな争い、何の意味もない」
二柱の神を倒したレオとカイトは、静かになった戦場で王喰を解除する。
燃え盛る街並みに転がる無数の死体を、カイトは意味もなく無心に見下ろすことしかできなかった。
静寂な間が数秒その場を支配したと思えば、急にレオの傍で空間が唸りをあげる。
制御されていた空間は、主を失うことによって元の形に形成される。
その形が完全に戻った時、力から押し出された異物は閉鎖空間から吐き出された。
「へっ……あっ! レオ! それにカイトさん!?」
何もなかった空間から、瞬間移動したようにアリスが現れる。
レオは優しくアリスを抱き寄せ、安心したように小さくため息をはいた。
「良かった。ネスタを倒せばアリスを救えると確信していたが、確証は無かったからな」
抱き寄せられたアリスは、頬を赤く染めながらレオに笑顔を返す。
「私はレオが救ってくれるって、確信も確証もあったよ?」
「へへっ。簡単にいってくれるな」
「私にとっては簡単だよ。レオを信じることは、息をするのと同じくらい簡単で当たり前のこと」
お互いに見つめあい、ニヤニヤと笑いながら肩を寄せあっている。
そんな戯れをひたすら見せつけられ、辛抱できなくなったカイトは頭を搔きながらレオに苦言する。
「もうそのへんでいいだろ。いちゃつくのは全部終わってからにしろよ」
カイトの言葉で急に恥ずかしくなってきたアリスは、顔を隠しながら小さく何度も頭を下げる。
照れ隠しをしながら謝るその姿は、なんとも愛らしいものであった。
「少し前にクロエさんの強烈な創遏を近くで感じた。その後すぐに、街に降り注いでいた赤い柱がなくなった。たぶんクロエさんも他の神を倒したんだ。きっとそのまま、グロース本部付近にある創遏に向かったに違いない。俺達もそこを目指すぞ!」
カイト達は足早にその場を離れ、グロース本部を目指す。
そこでは、ステラが歌を歌い続けていた。
周囲の創遏が歌声に呼応し、ステラの目の前に小さな光の塊ができ始めている。
その光は、自らの意思を持っているようにうねりをあげる。
理を繋ぐ歌『生命の産声』によって、いままさに無から有が産み出されようとしていた。