第15話 神が恐れるもの
街から炊き上がる黒煙が焼き焦げた悪臭を放ちながら漂い、二人の視界の邪魔をする。
それでも、ぺぺとレオの武器は寸分の狂いもなく正確にぶつかりあう。
その度に火花と金属音が飛び交い、二人を囲う緊迫した空気が悲鳴をあげている。
腰が抜けたネスタは、いまだに恐怖で震える足を手で押さえつけ、涙を浮かべながらレオを睨みつけていた。
「貴様がネスタを泣かせた。貴様がネスタを傷つけた。貴様が俺のネスタを殺そうとした!!」
激しい怒りに任せ、ペペは一心不乱に攻撃を仕掛けた。
槍をひと突きするたびに空気が歪み、激しい風斬り音が呻きをあげる。
一撃一撃が全て、小さな町一つを破壊してしまうほどの威力であった。
しかし、ペペの槍は簡単に叩き落とされる。
王喰状態のレオは、ペペの実力を確実に上回っていた。
その上、怒りに任せた攻撃は全て直線的である。
冷静に相手の動きを見極めていたレオに、ペペは瞬く間に追い詰められていく。
「お前は、少し前の俺を見ているみたいだ。分かるよ。大切な人を傷つけられたら、黙っちゃいれないよな」
「何を分かったふうに! 俺はお前たち人間とは違う!」
ペペが少し後方に距離をとる。
右手をレオに向かって突きだすと、刻まれた十字の刻印が光を放つ。
「お前は今すぐ死ぬ!」
ペペの光る刻印を見て、レオは何がくるか分からず身構える。
しかしそのまま何かが起きることはなく、ペペ本人もそれに驚いていた。
「何故だ……俺の固有能力が効かない。喰らい歌が、俺の固有能力を無効果しているのか?!」
事態が把握できず、レオが辺りをキョロキョロと不思議そうに見渡す。
「なんだ、何も起きないぞ? お前の力は俺に効かないのか?」
「そのようだな。俺の固有能力『嘘の理』は、俺の虚言を真実に変える力。制限こそあれど、本来なら人間一人くらい一瞬で殺せる力だ! その忌まわしき喰らい歌が、俺の力を無効果しているんだ!」
レオは目を閉じて右手を握りこむ。
内から無限に沸きあがる力を感じると、王喰がいかに王創とは次元の違う力かと実感した。
「確かに、王喰がこれ程だとは思わなかった。いつも手合わせしているロラン兄達は、とんでもない手加減をしてくれていたんだな」
普段の修行や、リストレア闘技大会でクロエと戦った時のことが頭を過る。
自分と戦っている時、二人は一度も王喰を使ったことはなかった。
そんな思い出に浸っていると、ペペは口を大にして声を荒げた。
「その力がいかなものか理解していないのか?! その力は、本来人間になんぞ絶対に使えない力! 分かるか? 神ですら、その力を使えるのはメル様とハイネン様のみ。そもそも、メル様やハイネン様が使えることも異例なのだ! それは始創が神を喰らう力。神喰らいの歌が根源なのだぞ!」
「始創が神を喰う? お前達の話を急にいわれても、俺は何か理解すればいいのか? それよりも重要なのは、お前達が俺達の敵ってことだろ」
再び剣を構えたレオは、足に力を込めて空を駆ける。
一瞬でペペとの間合いをつめると、剣を横凪し横腹から胴体を真っ二つに斬り裂こうとした。
「お前の攻撃は当たらな……」
「当たる! 俺の攻撃はお前に当たる!」
虚言を吐こうとしたペペの声を遮るように、レオは声をあげて威圧する。
途轍もない気迫がこもった剣にペペは自分の死を悟り、固定能力の使用を止めて咄嗟に後ろへ飛んで逃げた。
「はぁはぁ……避けていなければ、俺は殺されていた」
切先が掠めた腹部にうっすらと血が滲む。
ぺぺはレオとの実力差を感じると、覚悟を決めて息を飲んだ。
レオが纏う異質な力。
喰らい歌の力に、ぺぺは恐怖する。
「俺は、俺が死んでもネスタだけは守ってみせる」
「……ぺぺ」
震えを圧し殺し、勇敢にレオの前に立つ。
そんなぺぺの後ろ姿を、ネスタはその目に焼きつけていた。
「たく。これじゃあどっちが悪役か分からねーな。いいよ、かかってこいよ。俺が悪役でも構いはしない。お前達を殺して、アリスを救いだす」
ぺぺが槍を握り直すと、叫び声と同時に己の創遏を限界まで高めた。
「いくぞ人間!!」
相変わらず直線的に槍を突き刺すペペの攻撃を、レオは余裕をもって躱そうとする。
体を横に流し、槍を避けると同時にぺぺの胴体を斬るビジョンを頭に思い浮かべた。
「ここだ!」
ぺぺの攻撃の隙を見極めたレオは、頭に浮かべた通りに、横へ体を流そうとした。
その時、レオの体を違和感がはしる。
「これは?! しまった!」
横移動しようとしても、何かにつっかえているように動かない。
いつの間にか、レオの周囲に見えない壁ようなものができており、それによって行動を制限されていたことに気がついた。
「私だって、ぺぺを救いたい!」
焦るレオに向かい、ネスタが手を突き出して固定能力を発動していた。
「これはネスタの?!」
任意の空間を閉鎖し、レオを囲うように無の閉鎖空間を作り出していた。
それは完全な無。
異空間でも異次元でもない、ただ何者も干渉することができない無が牢壁のようにレオを拘束する。
「人間よ! これが神の力だ!!」
両手で力強く槍を握り、渾身の力でレオの体をめがけて突きつける。
体が閉鎖空間に押さえ込まれ身動きがとれないレオは、向かいくる槍に少しでも抵抗するため、歯を噛み締めて力をこめた。
すぐに鈍い金属音が辺りに響きわたり、衝撃が辺りを駆け巡る。
その音は、槍が人を貫いた音とはまるで違っていた。
ぺぺの矛先がレオの体を貫こうとした時、深紅の剣がその槍の勢いを止めたのだ。
「よぅレオ。お兄さんの助けが必要か?」
見慣れた後ろ姿に、相も変わらない嫌みな言葉。
それは、とても憎たらしく、とても腹立たしい。
そして、とても心強く、誰よりも信頼できる友の背中。
その背中に、レオは微笑みを浮かべながら悪態を返した。
「けっ、別に助けなんていらねーっての。糞カイト」
茶色の髪を靡かせ、窮地のレオの前に降り立ったのは、深紅の片眼を滾らせたカイトであった。