第14話 黄色と黄土色
ネスタが両手をレオに差し向けると、背に刻まれた印が再び光を放つ。
それと同時にレオの視界が歪み、平衡感覚に異変をきたす。
「なっ……視界が……何が起きているんだ」
「頭がおかしくなりそうでしょ? あなたの周りの空間をねじ曲げたわ。立っているのも辛いでしょう」
吐き気と同時に、強烈な倦怠感が込み上げてくる。
目の前がぐるぐると回り、足の震えが止まらない。
視力から得る情報が異常をきたすだけで、人間の体は簡単に退化する。
「くっ……そ……」
何とか体勢を整えようと、レオは震える足を押さえる。
しかし、少し頭を動かしただけで視界の揺れが何倍にも膨れ上がった。
そのままよろめいて膝を突いたレオは、倒れないように剣を地面に突き立て体を支える。
苦しそうに額に汗を流すが、ネスタを睨みつけるその目には闘志がしっかりと滾っていた。
「苦しいですか? 誇りに思っていいのですよ。本来なら、人間の体ごと空間を歪め、ボロ雑巾のように絞りかすにできるのです。ですが、あなたが纏う強大な創遏がそれをさせてくれない。神の力にただの人間がそこまで歯向かえるなら、それは称賛に値しますよ」
レオは目を閉じ一つ大きく深呼吸をした。
心を落ち着かせると、そのまま右手に力を集中する。
人差し指にはめられていた真創具がレオの創遏に反応し、黄色の王創がみるみるうちに吸い込まれていった。
「その力……なぜただの人間が喰らい歌を使える? ステラ様はこのことをご存知なのか?」
王創が全て吸い込まれると同時に、レオの右目が黄色く染まる。
創遏の質が変化し、先ほどとは別人のような創遏量を漂わせるレオにネスタは動揺する。
ゆっくり立ち上がり、そのまま視線をネスタに向けると、鋭い殺気で威嚇した。
「やっぱ王喰を使わないとダメか。本当、エルマン隊長の研究が間に合って良かったよ。これがなかったら間違いなく負けていた」
レオから放たれる無意識な創遏がネスタの力を打ち消し、ねじ曲がった空間が元の形に戻る。
視界は元通りになり、その先には顔をひきつらせたネスタが立っていた。
「道具に頼るなんて……そんな力、反則じゃないですか! 私は神聖でなければ六聖でもない。喰らい歌に対処する力を、私は授かっていない!」
先ほどまでの余裕な表情はうって変わり、ひきつった頬からは焦りと、それ以上の怯えが滲みでる。
「分かっていますか?! 私達は神なのですよ? 神は輪廻の理を継ぎ、世界を作る礎。人間ごときが創生者である神に歯向かうなんて、許されないのです! 許されざる力を手にし、反旗をひるがえす。審判の刻を間近にして、そんな不条理な考えを人間ごときが持つから! だから私達は!!」
両手を広げ、早口で喋るネスタを突如強い衝撃波が襲う。
咄嗟に腕で衝撃波を防ぐが、その威力に口が止まってしまった。
衝撃波の正体は、レオが軽く振った剣から放たれたものであったのだ。
「さっきからよく喋るな。創生者? そんなことはどうでもいいよ。お前達が始めた戦争だろ? 人間舐めてんじゃねぇよ」
レオが剣を構え直し、今にもネスタに斬りかかろうと力を込める。
危険を感じたネスタは、すぐさま周囲の空間を圧縮し、透明の結界のように自分を覆う。
さっきまでレオの攻撃が直前で止まってしまったのは、この圧縮空間が原因であった。
「その力が強大といえど、空間を斬り裂くことはできないはず! この力があるかぎり、あなたの攻撃は私に届かな……」
ネスタの言葉が終わる前に、レオの剣が振りかざされる。
そこから放たれる創遏を直に感じ、ネスタは無意識に後方へ飛んで逃げた。
「はぁ……はぁ……そんな、馬鹿なこと」
間一髪のところでレオの剣をよけたが、その剣圧によって額が薄く裂け、血が滴り落ちる。
自分を守るために作った圧縮空間は簡単に斬り裂かれ、レオの王喰の前では一切の役には立たなかった。
「さっきまでは全く刃が通らなかったが、王喰ってのは凄いものだな。ロラン兄達が恐ろしく強いわけだよ」
レオ自身も力の上がり幅に驚いていた。
王喰とは、自らの潜在能力を高めた王創を更に凝縮したもの。
使い手が強さを秘めていればいるほどに、力の上げ幅も大きくなる。
レオ=バルハルトの潜在能力が、神の力を上回っていたということだ。
「嫌だ。その力は……嫌いだ。そんな力、私は認めない」
恐怖で腰が抜け、ネスタはその場で無防備に震える。
先程までの威勢はみる影もなく、ただの無力な一人の女性になっていた。
「こんな無防備な女性を斬るのは気がひけるが、これは戦争だ。悪く思うなよ」
黄色に輝く瞳が、ネスタに更なる恐怖を植えつける。
止めを刺そうと構えたレオに向かい、ネスタは必死に口を開いた。
「そうだ! 私を殺したらお前の女は助からない! 閉鎖空間は私の力がないと解除できない!」
震えながら訴えるが、レオには全て見透かされていた。
「舐めるなっていっただろ。お前の言葉が真実なら、その切り札はとっくに使っている。お前を殺せばお前の力は解除される。もしも本当に解除されなかったとしても、俺は必ずアリスを救いだす」
ネスタが咄嗟に放った言葉は、レオのいう通り嘘であった。
固定能力は、使用者が死ねばその力は同時に効力を失くす。
軽い嘘で騙せるとふんだネスタは、レオの強い意思に涙を浮かべた。
「三千年ぶりに再臨できたのに。死んだらもう二度と再臨できない。嫌だ……死にたくない」
泣きながら崩れ落ちるネスタに、レオの剣が容赦なく振り落とされる。
体が真っ二つに裂かれ、ネスタが絶命したと思われた──瞬間。
「お前の攻撃は当たっていない」
男の声がどこからともなく聞こえてきた。
レオがその声に気をとられ、一瞬だけネスタから目をそらす。
すると、間違いなく斬り裂いたはずの体が元通りになり、無傷のままその場に座り込んでいた。
「あ……生き……てる?」
「なに? 確かに斬ったはずだ。なんで無傷で生きている?」
ネスタ本人も何が起きているか理解できていなかった。
しかし、レオの後ろから現れた男の姿を見るや急に立ち上がり、涙を流したまま笑顔を浮かべる。
「ぺぺ! 来てくれたの?!」
「ギリギリだったな。大丈夫かネスタ?」
レオが振り返ると、大柄な男が右手を突きだし立っていた。
その手の平には十字の刻印が光り、黄土色の瞳でレオを睨みつける。
「こいつも神か」
「ああ。俺は虚言の神ペペ=インディ=ローダス」
黄色の瞳と黄土色の瞳が火花を散らす。
王喰を維持したまま、レオは切先を男に向け攻撃体勢に入る。
「貴様はネスタを殺そうとした。俺は貴様を絶対に許さんぞ!!」
ペペは右手に巨大な槍を作りだすと、レオに強い殺意を向ける。
レオの剣とぺぺの槍が激しくぶつかり、辺り一面に衝撃が駆け巡った。