第12話 黒の憤怒
セントレイス各地を火の海に変える赤い光柱。
それは、豪炎の女神スルト=エミ=レンティアの固有能力『熱暴走』によるものであった。
無数の赤い光柱は、逃げ惑う住民達を焼き殺し、セントレイスの街並みを崩壊させていく。
グロース本部があった場所から少し離れた上空で、スルトは創遏を高めたまま、火に飲まれる街を見下ろしていた。
「燃える……燃え盛る……燃え尽きる……また燃える」
朱色の瞳に刻まれた十字の刻印が光を放つと、新たに無数の光柱が降り注ぐ。
火の海に変化する街並みを見て、スルトはぶつぶつと一人呟きながら笑みを浮かべていた。
「痛み……苦しみ……死……無力……哀れ……」
半端に焼け焦げた人々はその場にのたうち、永遠と感じる地獄を味わっていた。
熱により皮膚がただれ、剥き出しになった筋肉がねちゃりと地面に接着する。
痛みに耐えきれず動くと、その度に傷が悪化。
それでも死ぬことを許されない苦痛が、情弱な悲鳴となって街に漂っていた。
「弱者……権利……傲慢」
弱者の悲鳴を楽しむように、スルトはあえて止めを刺さないよう加減して攻撃を拡散する。
「悲鳴……歓喜……神……絶対……」
力加減をしたまま創遏を高めると、スルトは更に新たな光柱を作り出そうとした。
しかし、急に聞こえてきた歌声にその手が止まる。
「これは……傷が治っていく」
「痛みが消えていく……痛くない」
「この優しい歌声……女神様が、女神様が来てくれた」
荒廃した火の海に、柔らかな歌声が響きわたる。
その歌を聞いた人々の傷は瞬く間に治り、荒れた心に安らぎを与える。
創遏を使い広範囲に届いた歌声は、癒の歌であった。
「無意味に人々を傷つけ、その悲鳴を楽しむ外道が神ですって? 随分と性根の腐った神様ね」
桃色の王創を纏い、双剣をたずさえたティナがスルトの前に歩み寄る。
その瞳には強い殺意が宿り、普段の温厚な姿はみる影もなかった。
「グロースに真創具をとりに来ただけだったのに、こんなことが起きるなんて。あなた達が何を考えているのか知らないけれど、これ程の怒りを覚えたのは何年振りかしら」
「歌……目的……排除」
スルトはティナの姿を確認すると、街に向けていた全ての熱暴走を一つに収束させる。
そこから作り出された燃え盛る刀を手にとり、ティナに向かい振りかざす。
太刀筋に炎を残しながら振り下ろさせた刀を、ティナは双剣を交差させ受け止めた。
その衝撃で炎は更に荒ぶり、周囲の気温が急上昇する。
五十度を軽く越える体感温度の中、ティナは汗一つ流さず冷たい瞳でスルトを睨みつけた。
──冷血な歌姫。
ティナがグロースの隊長になる前についていた通り名。
感情を表に出さない、氷のような冷たい瞳が由来である。
今でこそ温厚で軟らかなイメージが強いが、スルトの残虐な仕打ちに昔の血が滾っていた。
「歌姫……優先……対象」
「私たち歌姫が狙いなの? だったら初めから私たちだけを狙いなさい!!」
ティナの剣舞がスルトに牙を剥く。
雪解け水のように優しく、春風のように軽やかに舞いながら繰り出される剣技は、相対する敵をも魅了する。
「歌……力……破滅」
「破滅ですって? あなた達は人間に何を求めているの? なぜ私たちを襲うの?!」
ティナの質問に対し、スルトは歯を噛み締めて感情を剥き出しにする。
その表情は、まるで仇を見つけた被害者のように憎悪でみちていた。
「人間……危険……神……滅び」
「神が……滅びる?」
スルトが創遏を一気に高めると、背後に炎で作られた輪が現れる。
ゆらゆらと燃え盛る輪は神秘的に輝き、ティナの視線を釘づけにした。
「人間……殲滅……神……運命」
次の瞬間、炎の輪が二羽の火の鳥に変化を遂げる。
目にも止まらない速さで飛びかう火の鳥は、嘴をティナに向け猛スピードで突撃した。
「くぅ……」
ティナは咄嗟に双剣を振りまわし、火の鳥を一羽ずつ斬り裂いていく。
しかし、火の鳥は斬ったそばから分裂し再生を始めた。
二つに別れた火種は、それぞれが瞬く間に元の形に戻る。
斬り裂くほどに数が増え、再生したものは休む間もなく再びティナの命を狙った。
「数が……多すぎる……」
二羽だった鳥は、あっという間に数十羽ほどに増える。
それでも抵抗する度に数が増え続け、ティナの手では捌ききれなくなっていた。
「隙……」
火の鳥の対処で手一杯だったティナに、スルトの刀が容赦なく振りかざされる。
何とか刀を右手の剣で制止するも、がら空きになってしまった横腹に一羽の火の鳥が嘴を突き立てる。
「つぅ……」
刺傷と火傷が同時に襲う。
頬を噛み締めて痛みを誤魔化すが、身体中を駆け巡る激痛にティナは顔を歪めた。
囲まれていては危険と判断し、痛みを堪えて活遏を足に集中する。
距離をとることだけに全力を注ぎ、思いっきり空を蹴ると、一瞬でスルトの包囲網から抜け出した。
「はぁ……はぁ……」
左手で傷口を抑え、創遏を集中し止血する。
それでも痛みそのものが消えることはなく、肩で息をしながら辛そうに汗を流した。
「人間……危険……排除」
スルトが再び刀を構えると、火の鳥も同時にティナを見定めた。
力の差に圧倒されるも、ティナは諦めることなく、よろめく体で剣を構える。
「終演……」
今にも火の鳥が襲いかかる──その時であった。
スルトの後方から激しい爆発音と共に、黒い柱が天を貫く。
「異常……異常……異常」
黒い柱を中心として暴れ出る創遏に、スルトは強い恐怖を感じる。
恐怖した理由は、力が強大であるからではなく、それが異質だったからだ。
「危険……危険……危険」
黒い柱から男性の人影が現れると、怯えるスルトに向けゆっくりと近づいていく。
その人影を見るや、ティナは強い安堵に思わず笑みをこぼしてしまった。
「あぁ……そうだ。今の俺は危険だ。どうしようもなく機嫌が悪い」
王喰を発動し、片目を黒に染めた男が怒りに震える。
その激情に周囲の空間が媚びへつらう。
この男の逆鱗は、世界をも支配するのだ。
「俺が今から貴様を排除する」
漆黒の長刀を肩にかつぎ、怒りを振り撒きながら姿を現したのは、クロエであった。