第11話 狙われる理由
メルトームから放たれた光は、一瞬で辺り一面の闇を喰らう。
カシミスは咄嗟にメルトームから離れたので影響は無かったが、その光を恐れるように身を縮め震えていた。
「カシミス、もう終わりましたよ」
眩い光がゆっくりと薄らぎ、その中央に立っていたメルトームがカシミスに声をかけた。
震える少女は、恐怖に顔をひきつらせながら小さな声で返事をする。
「姉様。どうか、姉様の固有能力をお使いになられる際は、事前に教えて頂けると」
「何を言っているのですか? 私が何故そんな気遣いをしないといけないのです? 虚無の言霊に巻き込まれたら、それは貴女に責任がありますよ」
明らかに不機嫌な物言いのメルトームに、カシミスは俯きながら目を泳がせていた。
「も……申し訳ありません」
カシミスは、俯いたままそっと視線をグラス達に向ける。
メルトームから放たれていた光が完全に消えると、寡黙な時間が場を支配する。
その場にいたグラスとステイン、そして第五部隊の隊員達は、糸が切れた人形のように脱力し、ただ意味もなく地を見下ろしていた。
(虚無の言霊に飲み込まれた者は……知性を失い、廃人となる。今まで当たり前にあった、全ての知性が一瞬で失われる。命こそあれど、それは死んでいるのと変わらない。その役割を失くした脳は、思考の行き場を失い、そのまま静かに自壊する)
カシミスは、もし自分が巻き込まれていたらと考え、生唾を飲み込んだ。
「姉様、この者達はどういたしま……」
肉の塊となったグラス達の処理をメルトームに尋ねようとした時、突如巨大な二つの掌が現れ、蝿を潰すように勢い良く合掌をする。
その間にあったグラス達は、全員まとめて磨り潰されてしまった。
「何を呆けているのですか? 次にいきますよ」
巨大な掌を作り出したのは、メルトームであった。
思考を失った肉体に躊躇なく止めを刺したメルトームは、ゆっくりと次の戦場に向け歩みを進める。
あまりの冷酷な行動に、カシミスの額から汗が落ちた。
「姉様、一つだけお聞きさせて下さい。もし私が巻き込まれていても、同じように止めを刺しましたか?」
メルトームは振り返ると、不気味な笑顔で即答する。
「当たり前でしょう?」
冷たい笑顔に秘められた鋭い殺気が、カシミスを支配する。
改めて六聖との違いを思い知った神人は、頭を下げて謝罪した。
「つまらぬことを聞き、申し訳ありませんでした」
第五部隊を壊滅させたメルトームとカシミスは、近くの創遏を探り、次の獲物に標的を定める。
ここからそう離れていない場所でぶつかり合う創遏を見つけると、メルトームは次元の裂け目を作り移動の準備をした。
「近くでネスタがやっていますね。仕方ないですが、加勢に行ってさしあげますか」
二柱が次元空間に入ろうとした瞬間であった。
後方から飛び散った血しぶきが、メルトームの真っ白なローブを赤く染める。
突然の出来事に驚いたメルトームが後ろを見ると、予想だにしていなかった光景が飛び込んできた。
巨大な斧が、カシミスの胴体を真っ二つに斬り裂いていたのである。
「ねぇ……さ……ま」
上半身と下半身が別々に地へ転がり、カシミスはそのまま白目をむいて絶命する。
命を失った体は、そのまま蒸発するように消えていく。
メルトームはそれをただ見ていることしかできなかった。
「やれやれ、この街は本当によく襲われる。その度に考えさせられるのは、ウンザリなんだがね」
血濡れの斧を肩に担ぎ立っていたのは、エルマンであった。
エルマンから放たれる創遏に違和感を抱いたメルトームは、咄嗟に後ろへ下がり距離をあけた。
「貴殿は……エルマン=サーチス。いったいどこから現れたのですか? 貴殿の創遏、今のいままで全く感じることはなかった。それに、貴殿はクリエルと共に転移されたはず」
「歓喜の女神クリエル=ボーマンド=トルティーだったかな? 彼女には消えてもらったよ」
笑いながら答えるエルマンに、メルトームは額にシワを寄せ苛立ちを剥き出す。
「クリエルを消した? 彼女も私と同じ六聖。貴殿ごときに負けるなんて考えられない」
「なに、どう考えてもらっても構わない。私が今ここにいることは紛れもない事実。それだけで十分であろう」
あまりにも不気味なエルマンに危機感をうけたメルトームは、自らの最大限の創遏を練り上げる。
その力によってメルトームの周囲の空間は捻れ、溢れでる創遏が緑色の光になって体を包み込む。
その姿はまるで王創のようであった。
「やる気になったところに申し訳ないのだが、君たちの目的はナナちゃんだろ? 何故すでに目的を達成したのに、セントレイスを襲うのかな?」
「ステラ様の体の回収は目的ではなく、過程です。我々の目的は人類の殲滅」
エルマンは不思議そうに腕を組み、さらに質問を投げかけた。
「ふむ、その答えには疑問が残るな。人類の殲滅が目的。それだけが目的であるなら、圧倒的な力を持った六聖やその上に位置する神聖がいれば、ステラが完全に再臨していなくてもできそうなものだが」
メルトームはエルマンの推測を聞き、納得したように笑みをみせる。
「流石に察しが良いですね。確かにステラ様の完全な再臨は過程でありますが、それは本来の目的を達成するためには必須であります。ステラ様の母体となったナナ=ルールラの体には、破滅が眠る。この破滅こそが我々の生き残る手段でもあります」
謎めいた答えに、エルマンは顔を隠すように俯く。
その口元は、何故か少し笑みを浮かべているようであった。
「さて、察しが良いのは貴殿だけではありません。突然どこからともなく現れた貴殿の創遏。貴殿のような者がこんな場所にいるとは。私の推測が正しいなら、貴殿の……」
何かを話そうとしたメルトームの口が閉ざされる。
一瞬で間合いを詰めたエルマンは、人差し指でメルトームの唇をおさえ、耳元でそっと呟いた。
「知の女神メルトーム=セル=レトームよ。やはり君は少し知りすぎている」
エルマンの両目が薄い茶色に染まり、禍々しい創遏がメルトームを包む。
その無尽蔵な重圧に、メルトームは目を見開いたまま固まり、恐怖で小刻みに震えていた。
「私たちはね、もう少し準備に時間がかかる。それにまだ審判の刻もきていない。あまり知性を振り撒いてもらっては困るのだよ。察しが良い君なら分かるね? 私が君を狙う理由が……」
エルマンから放たれた創遏は、茶色い光となって辺りを照す。
その光はこの場にあった痕跡を全て飲み込むと、満足したように消えていく。
光が完全に無くなった時、そこにはメルトームの姿もエルマンの姿も無くなっていた。